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第七話:父子二人

陸奥大むつだいはB判定? ダメだよ、国公立でもそんな遠いとこ」


 お父さんの眉間に皺を刻んだままグラスのミネラルウォーターをゴクリと一口飲むと続けた。


「普通は男の子は親元にいて少しでも負担掛けないもんなんだよ」


 お姉ちゃんには掛けられなかった制限だ。いや、抑圧だ。


「じゃ、どうすればいいの」


 お父さんがじっくり煮込んでくれたビーフカレーなのに、普段は好きなメニューなのに、ちっともおいしくない。


 飲み込むと、口の中に限りなく痛みに近い熱い辛さが残る。


「私立は金かかるし、点数操作で落とされるし、国公立で確実に受かりそうなのはそこくらいだよ」


 国公立も不正をやっていないという保証はあるのだろうか。


 自分のグラスを取り上げてミネラルウォーターを一口飲むと、口の中の熱さが紛れる代わりにひやりと体の中を冷たいものが通り過ぎる。


「やっぱり浪人しても男の子は伸びないのね」


 父さんは息を吐いた。これは僕のために嘆いている体で実は追い討ちをかける言葉だ。


「女の子は後からぐっと伸びるから結局追い越されるし」


 カッと腹の中に火が点いた。


「そんなの人に拠るよ」


 ガシャンとスプーンを皿に叩きつける。


「ちょっと、お皿が割れたら……」


 なおも言いかけるお父さんに僕は立ち上がって見下ろす格好で言葉を継いだ。


「お姉ちゃんなんて僕よりずっと悪かったじゃん。今頃の模試でも陸奥大なんかD判定だったよね。女の子だからいつぐっと伸びたって言うんだよ?」


 それでも、お姉ちゃんは合格して、僕は落とされた。


「本当なら僕だって浪人する必要なかったのに」


「落とされたんだから仕方ないじゃないの」


 お父さんは苛立ちが消えた代わりに疲れたやりきれない顔で俯く。


「お父さんも昔、中国文学の研究者になりたかったけど、博士過程の試験で落とされたよ。ま、私の場合は力が足りなかったんだろうけどね」


 テーブルの上に組んだ自分の手を見下ろしながらお父さんは続けた。


「同期で残った人たちは今、教授だけど、目立って名前が出てくるのは女性ばかり」


 年の割には小綺麗だが、もう若くはない手だ。


 僕とお父さんは顔はさほど似ていないが、節高い手指や縦に四角く長い爪の形は良く似ている。

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