6.サブキャラまで病んでるって詰むしかなくない?
近くで見た吟遊詩人トルドーさん、外国の方なんで年齢がさっぱり分からないけど。
少しばかり苦労人気質っぽい糸目の男だ。くすんだ金髪は丁寧に整えられていて、体つきがよくて、いい具合に疲れているので、大変女性にモテそうな方のおじさんだ。
「悪夢だ……!!!!」
でもなんだか母に生き写しと称されるシャロンの顔に、この世の終わりとばかりにのたうち回っている。
周囲はちらりと視線を寄越したが、何事もなかったかのように会話に花を咲かせ始めた。どうかしてる。なに、よくあることなの?異常だよ?
でも本当、このひとはシャロンとどういう関係なんだろうね。
ゲームは基本城の中の愛憎劇に終始していて、シャロンの生い立ちもさっくりだし。ヤバ王基本的にシャロン母…シャーロットしか受け付けないから、本当の父親の情報なんか入るはずがない。
さっきトルドーさんが血相変えてきた理由の楽器、持ち主は男のひとだったし。母の顔も知っているなら、生前のシャロン両親の知り合い確定かな。どう見てもろくな関係じゃなかったみたいだけど。
「お、女将さん……トルドー、さん?大丈夫なんですか?」
「酒も入ってないのによく錯乱するんだよ。この店以外で見かけても、こっちから声かけなきゃ大丈夫さ。なんかあったら脛蹴ってやりな」
「おい、女将さん……こいつ、なりはこうでも女の子だぞ」
「この子が危なくなっても、傍で突っ立ってるつもりかい?」
「……まさか」
ちょっと待ってローエン君、懐確かめないで?なに、刃物でも持ってんの?仕舞っておいてよ。
様子はおかしいけど、そう悪そうには見えないひとっていうか。気風の良い女将さんが推薦するからには、きっと何がしかの理由があると思うよ?
「嘘だろ嘘だろ嘘だろシャーロット君まさかマクラーレンを裏切ったのか?ふざけるなよそんな過ちを許せるものか」
あっごめん気のせいだったわ。どうしてこの国の顔がいい人って、揃いも揃って情緒不安定が過ぎるんだろう。
うっすら聞こえたマクラーレンって、確かヤバ王の名前だけど。……なんかなぁ。嫌な予感がするんだよなぁ。
ローエンは止めとけって引き止めてくれたけど。床に伏して、頭を掻きむしっているおじさんに聞かねばいけないことがある。
「ねえトルドーさん、僕の父親を名乗ってる人、目の色が緑なんですけど。誰かと間違えてません?母の肖像は、目の色が茶色でしたよ」
そう。シャロンが王の子どもではないという説得に、必ず上がる理由である。
この世界でも普通に親に似てるか似てないかで血のつながりを見るし、親に似つかない色の持ち主は当然のように不貞を勘繰られる。
目指した職業柄、病気の遺伝のしやすさがどうとかしか、覚えてないから断言はできないけど。突然変異だの隔世遺伝だの、そちらの知識は詳しくない。
「………はあ?」
うわがらわる。
おいおいおいおいおいさっきの朗らかな歌声はどこに捨ててきたんです。地獄のような低音だ。
きろりと糸目を見開くようにしているので、下から威嚇されると三白眼が大変お映えになりますね~こわ~い。
「そんな組み合わせで、生まれる訳ない色なんですよ、青なんて。……ほら、見えますか?」
「……ちょっと屈んで。ああ…そうか。そうだな。その色はちゃんとマクラーレンの色だ。見間違えるはずがないのに。すまないね、いま落ち着いたよ。無様なところを見せたね」
人の顎を掴んで、まぶたを抑えて目を覗きこんでくる。あんまりに遠慮がないので、ちょっとばかり痛いし。もういないけど大事な友人だったから、とこぼすトルドーさんが憔悴しきっているのが怖い。
穏やかそうに見えて、案外メンタルやじろべえだぞこのひと。ちょっと何かあるだけで、予想外にぐらんぐらんしてくる。何か少しでも対応間違うと私の目玉がやばそうだったから、すぐに手が離れてほっとした。
「でも、君はどうしてここにいるのかな?」
「死にそうだったんで、食い扶持稼ぐのに一度抜け出してきたんですよ~!夜明けまでに戻りますけど!」
「へぇ、お城で飼われてるのかい?お嬢さん」
「まさか! 餌もろくにくれない飼い主なんてごめんこうむりますよ!」
とろけそうな笑顔で年齢一桁台になんてこといいやがるのこの人、と思うけど。まあ酒場だ。軽口程度は聞き流してやるよ。
そんなことよりマクラーレンという男、このひとの口ぶりじゃ、もう死んだ人のようだ。そして決して、城にいるマクラーレン王(ヤバ王)を指してはいないだろう。
となると、成り代わり、なんていやな話まで浮かんできた。
……場合によっては、このよくわからない男に尋ねるだけでも、結構立場が危ないんだけど。そこまでする価値は、この情報にあるのかな。