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4.案外かわいくて詰みそう

ランプの明かりが灯る店内は、ゲームの酒場を思い出せばそれに近いかもしれない。


樽のテーブル、少し曇ったガラスの瓶を、楽し気に煽るひとたち。色んな料理に舌鼓を打つ人も多い。スープで煮込まれた米のような…あれはリゾットかな。パンにチーズと、卵焼きみたいなのを載せて食べてる人もいる。バターの匂いは、どこからかな……


少しでも切り詰めるつもりだったけど、おいしそうなものがあるなら話は別だ。うんうん、英気を養うのにちょっとお腹に入れておきたい。ああでも、しばらくろくなもの食べてないから、リゾットとかの方がいいんだろうか。


何を食べようかときょろきょろしてたら、ローエンに顔をわし掴まれた。じたばたしてると、耳元で低くささやかれる。


「厄介なのが混じってることもあるから、人と目を合わせるなと言っただろ……」


「すいません旦那! だってどれもすっごくうまそうなんですよぉ!」


「本当にお前は……いったい何日飯を抜かれてたんだ?」


「2、3日ってとこですかねぇ?まあ出てもこういうのですけど。食えないですよいくらなんでも……」


「うげぇ!なんだそりゃ……!」


「あ、やっぱりおかしいんですね。お目汚ししちまいましたね」


「お、お前、それ…っ!」


一応、こういうカビパン自体が商品としてあるのか確かめるのに、薄い1枚だけ取っておいたのだ。こっそりハンカチに巻いたのを見せるとぎょっとさせたらしい。


あ、やっべ話の流れで出したけど、ここ普通に飲食店だわ。流石に非常識が過ぎた。慌てて詫びてしまおうとしたら、ハンカチに載っていたパンが誰かの指先に摘ままれる。


怪訝な顔してパンを見たのは、染みがついたエプロンを巻いた中年女性である。あの、と声をかける間もなく、少しばかり開いていた窓からパンがとんでいった。


「……へ?」


繰り返す。パンが飛んだ。


子どもの掌にすっぽり収まるサイズのカビパンで、フリスビーもかくやの投擲を見せた女将らしきひとに、首根っこを掴まれてカウンターの席に下ろされた。


腕を組んだ女将は、大変眉間にしわがよっている。


「……ご注文は?」


「しょ、消化に良くておいしくてやすいやつ!あと水を!」


「いいよ、座ってな」


遅れて呆気に取られていたらしいローエンが隣に座る。排除系ヤンデレの印象がつよすぎて、何かすっごい怒ってるのに理由がよくわからない。


「おま、お前な……!」


「あっすんません…!店で変なもんだして、旦那の顔に泥塗るとこでした!」


「そうじゃない!お前、名前は何でどこの所属だ!その…うち、の名前を出せば……!!」


「下手に口出すと、旦那の家の全員、首が飛ぶようなとこですね!」


「な……」


「気にしなくていいんですよ、いつか絶対に落とし前つけさせますんで!あ、旦那は何食べます?助けてくれたんで、ご馳走させてくれません?」


「……いい。城で俺より小さいやつ、初めて見たんだよ。なら俺が面倒見るのが筋だろうが。マスター、乳粥ひとつ」


そう言って面白くなさそうにふくれているのが、柴犬の花ちゃんに被る。えっ…何かローエン君、めっちゃかわいいな…?さっきからついて来てくれてるの、年上ゆえの責任感だったのか。


ああ。ゲームでも思っていたけれど。なんて、なんて…!


「ありがとうございます、旦那…!」


なんて生きづらそうな子なんだ…!


私が言うのもなんだが、大抵先輩として利用されるだけされて、面倒くさくなったら部署とか仕事変えて関係切られるから報われないもんだぞ、そういうの!もうちょい人を見てから、目をかけるか決めよ?下働きの少年とか、ある日いきなりいなくなる定番でしょうよ。


いやしかし…こんな面倒見よくてかわいい子が、あの歳になるまでに結構歪んで成長してたの、一体何が原因だったんだろうな。


面倒見過ぎて失敗したり、友達に独占欲持ちすぎて嫌われたりって、普通に幼少期にはよくあることだ。そういう失敗を重ねて人付き合いを学んでいくものなはず。


ゲームだとローエンの独白でしか触れられてなかったけど、家の関係だけであんななる?修道女になるよって子、雨の中を馬で追い詰めてかっさらって閉じ込める系騎士だよ?


国随一の騎士、なんて謳われていたのに、何であんなに自己肯定感低く育っちゃったかな。家の方だって、手駒は懐柔した方が使いやすいだろうに。


油断はいけないのも分かるんだけど、今めっちゃ…見た目も中身もしばわんこだから…中身が蛇系になるの予想つかない。


「…おら、出来たよぼっちゃん方!」


考え込んでいたら、素朴な木造りの器がカウンターに置かれた。匙を添えられたそれは、少し甘い匂いでうっすらと湯気が上がっているのは、注文通りのミルクリゾットだ。うん、言葉を直訳すれば乳粥だよね。


何だか久しぶりにお米を見た気がする。白い…牛乳か、チーズだろうか。黄色いオイルみたいなのが、線を引くようにかかっている。でも何で甘い匂いなんだろ。


馴染みは薄いけど安全な食べ物に、我慢できずにくるりと腹が鳴る。


「う、ぉおおいしそう…!」


「ここ名物の乳粥だ。安いけどうまいよ!ほらローエン、アンタ弟分にナプキン巻いてやりな!」


「…ああ。ほら、あんまりがっつくなよ?」


「ありがとうございます!兄貴!」


「なっ……!!」


匙ですくった乳粥は、とろりと舌に馴染んで温かいまま胃に落ちた。かかっていた黄色いのは蜂蜜だったらしい。少しばかり削ったチーズが混じって、粥の熱にとろけている。


「……うまいんだな?」


なにか聞かれた気もするけど、答える間に乳粥が冷める方が重要だ。こくこくと頷くだけで返して、次のひと匙を含む。なんだろう、ただしょっぱいのだと満足いかなかったかもしれない。やっぱ人間って糖分もいるわ。ちょっと頭が回るような気がする。


がっついて腸閉塞なんて冗談にもならないので、頬張ったのをなるべくよく噛んで飲みこむようにしてたら、ローエンに少し手荒に頭を撫でられた。


なんだなんだどうしたんだ。口に入ってると喋れないのに、ついでに鼻まで摘まんでいくんじゃない。


「可愛がれる弟分が見つかってよかったじゃないさ、ローエン」


「うるさいよ…」


多分下働きの少年として、ローエン君の前に出られることはそうないと思うけどね。だから早めに歳が近い友達が出来るといいんだけど。よく俺のことを理解できるのはお前しか、って感じで病んでたから普通に心配。


ゆっくりと皿を空にして、匙を置いたらちょっと人間に戻った気がする。やっぱ光合成じゃ生きていけないわ。知ってた。いずれちゃんとした肉とか食べたい。


「あ、そうだ兄貴。この辺、あんまり時間かからないで、小銭稼げるような仕事ってないですかね?パン一個買える程度でいいんですけど」


となれば今後の金稼ぎだ。もらった小銭ではあっという間になくなりそうだ。リハビリの専門学校だったから、持ってる技術はあまり役に立ちそうもないし。今日みたいな日がそうある訳でもないから情報収集したかったのだけど。ローエン君はまた酷い顔をしている。


「お前、給料……なんでもない。お前は体力なさそうだし、文字が読めないだろ。代筆とか大道芸人は無理か……酒場だと吟遊詩人か?下手だと酷い目に合うしな……」


「ぎんゆうしじん…」


「マスター、こいつ短時間だけでも皿洗いに雇えないか?」


「毎日来れないんじゃ当てにならねぇな。人手は足りてる」


「なんだ、坊ちゃん。吟遊詩人見たことないのかい?」


「はい、酒場も今日が初めてです!」


ああいうのだよ、と女将さんが指差した先。ちょうど…なんだあれ…琵琶?みたいなのをじゃらんと鳴らすお兄さんがいた。ちょうどなにか始まるみたいだった。

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