3.同行者が出来る辺り詰んでる。
ローエングリンと呼ばれた少年の背中を追えば、程なくして腰まで生い茂った草むらの前で立ち止まった。
食べられる野草を育てて、敢えて籠城の際の食料に、なんて考えちゃいないんだろうな。なんかもう廃墟?って感じだ。手入れなんか、忘れてしまいたいような場所になっている。
ゲームに出てくるキルケーリア王国の城は、王宮と言えば聞こえはいいが、実際は王とその側近による独裁体制の末に荒れ果てていた。
遣り甲斐のない職場だから、やる気だすほどいらない仕事も増えるからそうだよね。日々適当にやり過ごせて給料が手堅いのが理想、とくればうるさいやつの目に入らないところは、徹底的に手を抜くものだ。誰もめんどくさい上司の為に、給料以上にあれこれ気を回したりしたくないしね。
城壁沿いに草が深い場所、なんて敵が入りこんでも分からなくなりそうなもんだけど。兵にとっては、気軽に出入りできる抜け道が隠れてちょうどいいらしい。
わーすっごいどうかしてる。これ革命起きたらひとたまりもないよね!てかもう準備始まってない?大丈夫?馬鹿なこと考えてたら、ローエングリンが何かの小瓶を放って来た。
「……おい、これふりかけろ。足元を中心にな」
「ん?……薄荷油?」
「ここは毒虫も多い。突っ切るなら必ずつけろ」
蓋を開けて嗅いでみれば、突き抜けるような爽快感。大抵どこにでもある北海道土産である。確か虫除けになるんだっけね。何だかさっきの門番もそうだけど、数日ぶりに人扱いされた気分だ。
「ありがとうございます!いや~助かります!ここ、抜けようにも虫すごくて諦めてたんですよ!」
「………お前、本当にこの城の下働きか?いくらなんでも物を知らなすぎるだろう」
「ははは……ここの出来が悪いもんで、よく叱られて飯ぬかれちまいますね」
ぺん、と額をはたけば、だから骨みたいなのか、とローエングリン少年、直球に憐れんでくる。鍛えてる君と餓死一歩手前を一緒にされても困るけどね。
たまに廃墟近くでサボってる下働きっぽく、へらへらと口調を緩く応対すれば、あからさまにため息が返った。
「………モーリッツさんが、いくらかくれた意味は分かっているのか?」
「ん?んんん……ふふ、僕は久しぶりに温かい飯が食えそうでうれしいだけです」
裏事情なんかさっぱりわかんないから、意味深に言ったって伝わんないって。もうちょっとフォーカス絞って話してほしい。うっわ、その柴犬みたいな顔で、可哀想なものみたいにみられると堪えるからやめてほしいんだけど。
「……城勤め、向いてないんじゃないのか。それだけあれば、少しくらい余裕も出るだろ。お前ひとり、いなくなったところで探す奴はいないぞ」
そうだったらどんなにか話は単純だったろう。
何かあの髪切り事件から、ヤバ王の呼び出しはないけど。それでも執着されているのは確かだ。……逃げたとばれたら、門番達の首は落ちるんだろう。とにかく今は最低限の体力を維持したい。
「いやあ、あなたも親切な人だ。なぁに、まずくなったら真っ先に逃げますから」
「そうかよ。……そこ、まっすぐ行くと板が置いてある。そこから抜けろ」
「うわけいびざるじゃんふっざ!」
ようやくたどり着いた城下街は古めかしい石造りだけど、橙に灯るランプの光が美しい街だ。すっかり日の落ち切った時間でも、酒と飯を求めるひと達で、表通りはにぎわっている。
今はなるべく日持ちする食料と、何よりも水が欲しい。水筒なんかは売ってるだろうか。いっそのことただの瓶でもいい。お金の単位も分からないから、下手に物は買えないのだけど。
屋台でちょっとした串焼きやパンを買う人が払う硬貨の形は、持たされたものより小さいから。多分もうちょっと切り詰めれば、数日は手持ちで暮らせるはずだ。使い切る前に、稼げる方法を探さなくては。
「おい、こっちだ」
「いやねローエングリンさん、なんであなたまで?」
「街ではローエンでいい。お前のせいで変な時間に起こされたから、目が冴えてるんだ。少しつき合え」
予想外と言えば、ローエングリン……将来銀槍の、と謳われる予定の騎士見習いがついてきてしまったことだけど。
このローエングリン・ウィンステン君、今のヤバ王に自分の息子を仕えさせたくない貴族が養子に迎えた平民である。普通に元気な長男は留学と言う形で他国に送り、何かあっても問題はない子を金で買ったのだ。
もうこの時点で旗がはためいている。
大抵この場合、自分がスペアであるとか、誰にも自分自身は欲されていないとかで思い悩むものだ。
そして唯一危ないのをわざわざ突っついて微笑んじゃった系の子に惚れて、その子が他人に頼ったりした時によく病む。
偏見だって?そうかもね。でもゲームでの彼は、そういう経緯だ。花畑で会った儚い白鳥みたいな主人公に、自分だけが守ろうと思ってやれる可哀想な子、と一目惚れした。
彼のルートは、基本独占欲に満ちて、誰かとの共有を欠片程にも許さない。主人公に姫、という立場があれば彼女の騎士として自重するが、平民に戻った時が最後になる男だ。
「安くてうまい店があるから連れて行ってやる。……城の連中は小汚い店だと好まないから、お前を見咎める奴もいないだろ」
掌で背を押すようにされれば、ただでさえ弱い身体がくるりと向きを変えて、彼に着いて行くより他ない。
相変わらず泥でも澱んだような黄色い目は、似た匂いでも感じているのか比較的同情的だ。だからこんな状況で世話焼かれるの、実は案外恐いのだ。おともだちの嫉妬、ってやつも、結構燃え上げれば大惨事になりやすいからね。気をつけるに越したことはない。
だが今日ばかりは、好意に甘えたい。……助かるのは本当だ。ありがたく思うのも。だってこの国のこと、冗談抜きで何も知らない。
「おお!それはありがたい!なんて店です?」
「ユトリロの酒場だ。リゾットがうまい。……裏通りに入ったら、ひとと目を合わせるなよ。なるべく早歩きで、視線は下に向けても広く見ろ」
「あいよ!…あ、いざって時は頼んますよ旦那!」
「調子のいい奴だな…」
「ははは、よく言われます」
人通りの多い道から一本外れただけで、一気に道が薄汚れた。瓶を片手に酔っぱらい連中が点々と潰れていた。なるほど、治安はあまりよくない。一人で来ない方がいいだろう。
言われたとおりにローエンの背中に着いて行けば、程なくして足が止まる。分厚い木の扉を開いたら、ぶわりとバターのような匂いと、人の喧騒が漏れ出してきた。