30.映画みたい。見てる側がいいけど。
先程の店の前で、やはり二人はまだ飲んでいた。
通り過ぎる私たちに気づいて、モルさんとハリーさんが一瞬目を鋭くしている。
素知らぬ顔で後ろ手に追っ手を指すと、即座に立ち上がるのが見えた。とりあえず大臣への連絡はこれで確実に入ったと言っていい。後は助けが来るまで逃げ切るだけだ。それが一番、面倒だけど。
馴染みの店が多い通りに出向けば、既に連絡網が回っていたらしい。
通りに置いた椅子に座る酒屋のキャントルばあさんに麦酒が詰まった樽の後ろに布をかけて隠され、追っ手が行き過ぎると、反対側の通りにある鍵屋の青年オーケンが手招きする。
小さな鍵屋の窓口に走りよると、中から彼の親父さんであるトールじいさんが抱え上げて2人共店の中に入れてくれた。じいさん、と呼んではいるが、がっしりした体格なのだ。麦酒ばかり飲んでるのに。
「災難だったな、ヤン」
「ありがと、トールじいさん!今度一曲サービスするよ!」
「いい、いい。そんなことより、またユトリロで怪談を流しとくれ。鍵屋が儲かるようなのをな」
「いいよ!とっておきを出しておく!」
「明後日は休みだから、4日後くらいに頼もうかな」
ちゃっかりしていやがる。だがその程度はお安い御用だ。無意味に深夜鍵をがちゃつかせて、ゆるみがないか確認される普通に恐いのを流してやろう。
鍵屋の裏口から出れば、少しばかり高級な店が立ち並ぶキルケーリアの大通りに出た。まだここが王都であるという面目を保つ、数少ない場所である。
当然吟遊詩人と踊り子などという場違いな組み合わせは目立ったが、幸いに小さなカップルが背伸びしている、といった視線だ。すれ違った騎士から、明日の朝までは身を隠せ、城には近寄るなと書かれた大臣からのメモを受け取る。
………大変気は進まないけど、ここからならホーリィの仕立て屋が近いかな。明日の朝までなら、店のゴミ捨て場近くに間借りさせてもらいたい。あそこはごみはほとんど端切れとか、紙ゴミとか。汚れないものが多いしね。人目を忍べるから、ジーンは着替えて帰すこともできるだろう。
しかしなんとか店員レベルが捕まればいいなぁ……ホーリィさん、出張行ってたらいいのにな。
あのひと、ユトリロで初めて会った時に、取り巻きと一緒に囲んで全身採寸してきてから苦手なんだよなぁ……。
報酬の出るシゴトならともかく、趣味で誰かのための服を作るのが好きそうには見えないのに。やたらと呼び止められるのだ。
関わりたくはないのに、よく大臣にお使いを頼まれるのが困る。一回捕まると半日は帰してくれないから、予定が狂ってしまう。
「や、ヤン様、私が案内を……」
メモを見て物思いにふけったのを、当てがないと判断したのか。控えめに声をかけるジーンに、首を振って通りにある店の炉で大臣からのメモを燃やした。
肌寒い日が続くから、燃やせる場所に事欠かないのが楽だ。
「いや~悪いけど。僕の周りは身勝手でして……ちょっと貴方の存在をどうとるかがね、さっぱりわからない。もののついでに処分されそうなのは、貴方も同じなんですよ。だから今のところは、僕に巻き込まれてほしい」
カメリアの一族に会った、っていうのは当然大臣にも伝えていた。ちょっとやんごとない事情で名前をつけたというのも、しっかりと説教を受けた後だ。
そこでふっつーに話を聞いていたトルドーさんから、始末するかどうかって話が出たからね。恐いね。大臣が止めてなかったら、多分その日の内に実行していたはずだ。
まあ、今度会ったら出会い頭にアクセサリー渡すって提案したけど。大臣からもう遅いわとめっちゃ怒られた。
なお拗ねた大臣が小走りで去っていったので、カメリアの一族の詳細は未だに不明である。その後聞くのを忘れたとも言える。
「頼むよ、ジーン。私についてきて」
名前で読んでやれば、すっごく嫌そうな顔で、彼はエスコートしていた私の手を握り直した。
「もしかして、オルトロイのおとぎ話から名前をくれたの?趣味悪いね」
「まともな名前の方がよかったかな?一か月前に言ってくれたら検討したけど」
「そんで一か月経ったら忘れてたわって言うんでしょ。分かってるんだよ、アンタの手は。だからそれでいい……うん、それでいいんだよ」
なんか意味深に頷いているけど。つけたのは昔読んだのに似てる話が咄嗟に出たからに過ぎない。深読みは止してほしい。
ちなみにオルトロイの愚神。ここから遠い砂漠の国のおとぎ話だ。
アラビアン・ナイトをご存知だろうか。私はうん、なんだっけあの、ランプ!とか、指輪もあったっけ?こすったら願いを叶える不思議な魔神がでるやつ。
そう、冒険の果てに願いをみっつ叶えるランプを得た青年が、色々あって王様になる程度のふんわり感で覚えていた。まあ、他にアニメとか、漫画で題材にしたものあるよね。
私はどっちかというと日本の昔話とかで育ってきたので、それぐらいのふんわり感である。
今回こちらの文字を覚えるにあたって参考にしたのは、何も歴史書ばかりじゃない。
最初はそれだけだったんだけどね。食客として世話になっている内に、大臣が貴方はもっとこう…感受性を養うべきだ!!!って合間を見て読み聞かせをしてくれたのである。無礼じゃない?
一応成人寸前だった身ではあるけど、彼らからしたら壮絶な虐待を受けた上にけろっとしている系幼女の精神面は、たいへん不安になるらしい。気持ちは分かる。でも私はたとえ目の前にいたとしても、きっと何もできないから彼は立派だ。
大臣曰く、今後も未熟な考えと印象だけで行動するなら、いずれ結構手痛いしっぺ返しがくるぞと繰り返し。
いや、失礼じゃない……?と思ったけど。私がノリで決めたこと、だいたい後で大臣が青ざめているので何も言えない。
墓守少年の件だって、まやくっぽいのも含めてあれだったからね。
お前は私に何の恨みがあるんだって言った大臣、めっちゃしぼんでたから後日厳選した菓子折りを用意した位だ。
なお許された。決まり手は滅多に店に出ない、ユトリロマスターのお母さんが焼きあげたパンプキンパイ……話を戻そう。
とにかく用意してくれた物語の本も、真新しい本ばかりだったし。大臣は妻帯していなかったので、多分私のために買ってくれたのだろう。その中にあった、アラビアンナイトじみた砂漠の国の物語に、指輪に封じ込められたジーンと言う気まぐれな魔神がでる。
これがまあ願いを叶える手段を選ばないので、主人が窮地に陥る系の話だ。
怪談で言うと猿の手みたいな?ただ、口は利けるので余計に厄介な魔神だ。
あれが欲しい、と言ったら、考えうる限り最悪の場所から盗んでくるし、主人による犯行として露見する。
ただ、その後心を入れ替えた魔神が、立派な従者となる辺りハッピーエンドだろうか。
お前最初からそうしとけよ、ないしお前と会わなかったら味合わずに済んだ災難が百はある、系の大団円。
うん、砂漠の国っぽい格好してたから、つい名付けたけど。これろくでもない働きをするだろ、って疑念満載な酷い名前だなぁ。語感がよくて考えてなかったけど。
「呪いがどうとか言っていたね。これまでの礼に装身具を買うことぐらいはできるよ?」
そうしたら私はこれ以上話がややこしくなる誰かを近くに置かなくていいし、彼も呪いがとけるだろう。
あの王や貴族だのが集まる広間で、自害しようとした女の手から短剣を弾きとばした時点で、義理は果たしているように思うんだけど。悲し気に少年……ジーンは首を振る。
「ううん……駄目だよ。アンタ、まだ私を信じていないから。それに、私も何故アンタじゃなきゃ駄目なのかわからないし。それじゃあ私の呪いは解けない。だから、傍においてよ」
「……カメリアってのは難儀だなぁ。運命が相手次第ってのは」
意味深なこと言っちゃったけど、カメリアって聞いてもよくわかんない一族だよね。
あとで歌ってたテアドール師匠に聞いてみよ。この子の話だけじゃ不安だ。
「アンタに言われたくないよ!あと、カメリアってのは吟遊詩人が言い出したうそっぱちだから!私の一族の名前はランプ!」
「わかったよ、ジーン・ランプ。給料とかの細かいくだりは後でね」
「うーんこの!軽いんだって!」
そりゃそうだろう。
使い捨てられたこの国の姫と、仕えた国を滅ぼした末裔のこの組み合わせでは、どうやってもただのおままごとだ。
「何がしかの裏切りがあった際はトルドーさんけしかけるからね」
「……………肝に銘じておくよ」
たっぷり黙り込んだ後で、絞り出すように言われた。あの人、裏でなにしてるんだろうな。




