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29.食後の運動には適さない

やや暮れかけた街は、これから夜の時間である。


踊り子に手を引かれて走り過ぎる店の前で、それぞれの店員たちが夜用の看板に変え、あるいは寝ている客を起こして外に出していたテーブルを片付けていく。


目撃者が多い昼ならともかく、酔っぱらい共が倒れ込んで壊したまま逃げることがあるから片付けるのだと、ユトリロのマスターは言っていたっけ。


そういった酒場の何人かは、仕事で関わりのあるひと達だ。テアドール師匠にくっついて学び、あるいは一曲だけでも披露するのを許してくれた。痴話げんかか、と野次を飛ばす店員がいて、似たようなものと返せば、握られる手の力が強くなる。


中にはユトリロの常連もいて、うっすらと追われているのに勘付いたのか、騎士に伝えるか、とジェスチャーする人もいたので頼んでおいた。


人混みの多い通りを見つけて速度を緩める。まだ小さな私たちは、十分に大人の人ごみに紛れることができた。踊り子は緑色の目で警戒しながら、私の腕に絡めるようにして抱き付いてくる。


飛び道具でも警戒しているのかと思ったけど。……これ、歩くの介助してくれているのか。


恋人が甘えるようなそれで、わずかながら私の体重を負ってくれている。同じくらいの背丈だから、あんまり不自然に見えていない。


情けないけど正直すごい助かる。


走るとか走るとか走るとか、出来れば避けたいTOP3の行動だからね。


大臣のお陰で体重は戻ってきたけど、餓死寸前までいった子どもの持久力なんて、そんな簡単につく訳がない。


荒い息を整えながら歩く中で、ようやく手を引く相手を観察する余裕もできてきた。


以前薄暗い中で会ったから自信はもてなかったけど。やっぱり、踊り子はジーンである。


ただ、下ろした黒い巻き毛が背中までたらされて、ふんわりとした濃い青の服に、随所に絡むやすっちい金のアクセサリー。がっしりとした筋肉も隠れて、軽く化粧を施していたから、本当にかわいい踊り子と言った風情だ。


ただ腕に抱き付かれてるから分かるけど、服の隙間と言う隙間に何がしか仕込んでいるようで、たまに当たる感触が硬い。


いずれにせよ、これなら吟遊詩人と踊り子のカップルにしか見えないと思う。珍しくはない組み合わせだ。


さっきからすれ違う顔見知り連中が、小指立ててニヤついているしね。そんないいもんじゃないけどな。


「……で、僕ら何から逃げてるんです?」


「……! ヤン様が、告発して来た悪徳業者連中ですよぉ!」


ヤンとして振る舞えば、即座にかわいらしい異国の踊り子が応えた。ノリがいいなぁ嫌いじゃないよそういの。


しかし、話はより面倒くさい。こうした連中は以前にもいたし。大臣も仕事を頼む以上は予想していて、絡まれたら所定の手順を踏めと言われている。必ず知り合いの騎士に伝えてその場を逃げろ、ってね。


「んー……りんご?糸つむぎ?」


「りんごの方ですっ!」


「ああ、あれはレース編みの婦人が贔屓にしてくれたからなぁ。描写を張り切り過ぎました」


あれは最初からエアマンドリンとかの一発ネタに頼ってきたせいで、この国の馴染み薄い古典につまづいた私が、創作話って案外稼げる?ってなった最大のきっかけだったかもしれない。


きっかけは一時期、りんごの粉末が馬鹿みたいな値段で高騰したことだ。


扱いはいわゆるけんこうしょくひんとして。健康にいいりんごを百個分濃縮した粉末を毎日ひと匙取れば、病知らずと言われていたのだ。もちろんそんなことは起こり得ない。業者はしねばいいと思う。


まあ個人的にそんな殺意がこもりまくるのには、比較的あさーい訳がある。


ひとり親戚に、手術だとかの積極的治療を行わなくても、すすめたけんこうしょくひん食べて自身の免疫を上げれば、いずれがんが皮膚の表層に出てきてぽろっと取れるよ、というよくわかんない医師の言葉を信じて死んだおねえさんがいたのだ。


普通薬が持つ効果を、気軽に手に入る食品が持ってちゃダメなはずなんだけどね。大変不安がある中、いいとこのせんせがあんまりお話を聞いてくれないまま、次々と手術予定が決まって追い詰められたそうだ。


当然選択を後悔した頃には手遅れだった。けれど細胞を侵食したがんによって皮膚が自壊しても、その医師は最後までこれは良くなる徴候と言い張っていたらしい。家族は治ると信じて最期まで過ごせたからいいと言うし、特に告発もしないままだとか。


一回くらいは正月の時に遊んだこともあるお姉さんだ。身近、と言っていいのか分からない遠縁の彼女の死に、完全部外者な私とお姉ちゃんはほへー、とせんべいを食べながら母から聞いて、アンタたちも金づるにならないように気をつけなさいねと忠告された。


それをきっかけにあれこれ調べてから、けんこうしょくひんってのを捻くれまくった偏見で見ている。あとはこれだけ食べてればOK、って感じの一品目にこだわった紹介とかね。


そんなものを信じた親戚のお姉さんを馬鹿だと父は言ったし。ちゃんと話を聞かないままだった、大きい病院の先生が悪いとお姉ちゃんは言った。母は……どうだったろうな。正論でも、家族でも、止められないことはあるとだけ言っていた。それは大変不幸なことに、珍しくはないのだと。


でも私は、親戚のお姉さんの悩みを全肯定して、これなら治るからと、商品をひたすら買わせた詐欺野郎が一番気に食わない。洗脳に近いじゃないか、そんなのは。


本当に自分に必要なものか調べて、信頼できるものだけを選ぶ。使う上で大事なのはたったこれだけなんだけどね。


これを用いれば健康にいい、を達成するまでに、踏むべき手順が多過ぎるんだよ。最終的に手軽に健康になりたいなら、三食バランスよく食べて、睡眠取って、運動してろって話になる。そして足りてない栄養を補うくらいで、手術が必要な病が完治することは絶対ない。


だからといって、買う人を全否定してはいけないのは分かってはいるんだよ。人の勝手だ。夢を買ってるようなものだし、いずれ醒めるものにしろ、それで得られる安らぎもある。


私に無理やり飲みこませたり、法外な値段で売りつけたり、勝手に治療をそれで行う、と決められたわけでもないんだから。口出しだってすべきじゃない。その人がそれを求めた気持ちとその解決に、最後までつき合う気なんかさらさらないんだから。


だから大枚はたいて少し買ったと自慢気にしている何人かの客を尻目に、条件反射でうっかり舌打ちしたのは吟遊詩人としちゃよろしくない。


聞きとがめたレース編みの老婦人に、何がそんなに気に入らないのか、と詳しい話を求められた。それで知り合いの話として歌ったのが即興創作りんごのお話だ。これは、歌はつけないで普通の昔話として語ったはず。


あらすじとしては偏屈じいさんが、街で流行ってしまったよくわからない粉末に、次々難癖をつけていく話である。ノリとしては、お前口に入れてる製品が何使われてるかも、どうして効くのかも知らないで、金積んで得意げになってんの?と皮肉りまくる内容である。


今ならきっと知恵を巡らせた陽気なじいさんが、遠まわしに現場を見に行くように煽動して、現実を見た連中が悪徳業者を告発する話にでもするんだけど。何せ考えてる時間がそんなになかったから、その時は思い出した業者への殺意が全開だった。


それを買い求めた人の気持ちを考えず、最終的に人を馬鹿にした正論しか吐かないじいさんは、人々に煙たがられてひとりぼっちで街を追い出されるし。一人愛好家が心臓を抑えて死んでからは、何事もなかったように街から稼ぎまくった業者とりんご粉末が消える。なんて最低に後味悪い終わりだ。


言いにくい話なら私だけに小声で歌ってごらん、とレース編みの老婦人には言われていたのに、最終的に酒場の皆が聞きに来た。中には当然、財布をひっくり返してりんご粉末を買った人もいる。終いにはなんか空気が、まだお通夜の方が和やかなんじゃないかって感じだった。


……うん、あとで怒られた。テアドール師匠に、酒場の空気悪くしてどうすんのってね。


いや別に、嘘はひとつも言ってないよ?一つくらいは言ってたら、口当たりがよくなってたかもしれないけどね。それがきっかけかは知らないけど、ユトリロの酒場でりんご粉末について話す人はいなくなった。


りんごのお話もその後テアドール師匠に直してもらったのを、頼まれてレース編みの老婦人と、大臣の前でお話ししたくらいかな。


だいたい元の時代でも効果がこじんのかんそうです、で売られているようなもんだ。それだって禁止されてるはずの広告なのにね。この時代の何の規制も検査も研究もなく作られたけんこうしょくひん、どう考えても健康被害につながるからなぁ。


「えーえー!張り切り過ぎでしょうよ!一週間後には目ぼしい連中が血祭りでしたもの!」


「ん?何でたかが吟遊詩人の与太話がそんなことに?……因縁つけられて殺されたら、そりゃあ怒られちゃいますね。まいったな」


「それは心配ないですよ。あんまりひどい貴方のお話が、そっくりそのまま薬屋の実態だったんですもん。謳った効果を出すために粉末に他の薬草をすり混ぜて、収穫時期もへったくれもなく集めたりんご百個ですよ?粉にする前は、ちっちゃかったり、痩せてたり、落ちて腐りかけてたり、虫食いしてたり……貴族にも売り込んでたみたいですけど、色をよくするために入れてた草も多量に取ると毒になるもんでした!さっさと騎士連中が詐欺で貴族の暗殺を謀った、って理由で皆殺しですよ!」


「あ、やっぱり~?よかった、確かめてくれた後で。……いや、誰がそれを確かめに行ったんです?」


「……なにもよかないですよ!元がよくない連中の資金源だった連中ですよ?見せしめにたかが吟遊詩人と思って、ヤンさまを殺しに来てるんですから!ていうかなんであんなこと知ってたんです?」


「お。ごまかしますねぇ~!ああ、冒険者連中の中には、資金の調達に霊験あらたかなる薬草を手に入れた~!って、ふっつうの薬草を高値で売りさばく奴もいますからね。安易な話に騙されるかは自己責任だが、そうした商売を本腰入れて始められると住みにくくなる」


ろくでもない連中に資金が集まり、健康被害が続発して働ける人間が少なくなれば、長期的に見れば街が衰退しそうだ。こういう何か一品摂取することで健康になるなんて与太話、民間に根付く前に燃やした方がいいとの素人考えである。私の話程度じゃ火力が足りない?知ってる。


「ちなみに、ヤンさまはどういう経緯でそんな話を?」


「喰い詰めて一攫千金狙った冒険者が多いですからね。餓死寸前の孤児を、身内のように思って割りの良い儲け話を教えたくなるんでしょう。多少口が緩むんです」


まあこれはりんご粉末が駆逐された後で、他の冒険者連中が似たようなことをしたと武勇伝のように語っていた話だから。事実関係はないけどね。


しかしそうか。大変ぷんすかしてるジーンくんには悪いが、そうであるならエスコートすべきは私の方か。絡められている腕をぽんぽんと撫でれば、びくりとして離れたので、そのまま腰を抱いて引き寄せる。


「……あそこで合流できるってことは、私の昼食時はみていたのかな?」


踊り子の衣装だ。あの大道芸人が集まる広場では、容易く紛れ込めたことだろう。


緑色の大きな目をみはって、ジーンはもくろみ通り頷いたので、あの店に、と声をかけて歩く方向を変えた。


運が良ければ、まだもう少し飲むと言っていたふたりがいたはずだ。


この話はフィクションですよと書いといた方がいい気がしました。

ゴールデンウイークに六連勤なんてするもんじゃないですね。

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