28.人の奢りはいつだって嬉しい
幸薄な女性たちに情報提供して、管理人に稼ぎの1割に、ちょっと色付けしたのを渡した後は昼食である。
街に来たばっかりの時は、祭りの屋台が楽しくて色々買い食いを楽しんだけど。今日はメニュー的にあまり変わり映えしないので、贔屓の屋台で羊の串焼き一つ買ったら帰ろうかと思ってた。
祭りはあんまりいると、お好み焼きとかが食べたくなって駄目だ。ここで隅々まで見渡したって、そこに焼きそばも焼き鳥もないんだよぉ!何故かすっごく高いりんご飴はあるけどね。あれ、世界中に似たようなのあるんだっけ?お姉ちゃんが何か言ってた気もする。
まあ屋台だけじゃなくて、労働者向けに酒場だのが昼から開いているけど。
他の吟遊詩人の縄張りだったりとか、おいしいもの食べたら抒情的に語らなきゃいけない吟遊詩人の生態的に、知らない店は面倒くさかったし。年齢ヒトケタ台で一人で酒場に踏み込むなら、事情を薄々察してくれてるユトリロ以外は恐かったしね。
だからきっちりと借り物のマンドリンはレース編みの老婦人が作ってくれた、すごい…なんかすごい刺繍が入ってる袋にきっちりとしまった。しっかりとした皮のベルトがついてるから、背に背負う形で体に締め付けておけば、ひったくりにも遭いにくい。
これ本当すごくてね。深い青から朝焼けみたいな赤に移り変わる布地で、青い部分にこの世界の星の分布をそのまま縫い取ってる。
正直大枚はたいても足りない位の一品だったんだけど。どういう由来なのかも知らないし、どういうつもりでくれたかもわからない。何せ貴方のおかげで命拾いしたからもらっておいて、としか言ってくれなかったのだ。当然こちらは全く心当たりはない。代金だってもらってくれなかった、し……。
……いや、一応お礼に一曲、リクエストがあって歌ったかな。
何言ってるかよくわからない古典で、訳したら夜明け唄みたいなタイトルのやつ。
歌の出来にテアドール師匠を初めとして散々酒場の皆に笑われたけど。
レース編みの婦人だけは、ちゃんと続けていればいつかうまくなるよと頭を撫でてくれたんだった。
「おーい、ヤン!お前もう飯は食ったのか?」
「ヤン君やっぱり来てたか~」
「モルさん!ハリーさん!これからなんですよ!」
「よっしゃ来い、奢ってやるよ!」
「やったぁあああ!ありがとうございます!」
一番最初に抜け出す時、大変助けてくれた門番のモーリッツ…モルさんと、ハロルド…ハリーさんが、路面にテーブルを出してる店で飲んでいたらしい。
もう自分で稼いでるし食客だから食費は浮くといえど、ひとの奢りはいつだって嬉しい。それに彼ら二人が呼んでくれるお店って、すごくおいしいので逃す手はなかった。
なんでか紹介してくれた店、次に行くときからは、どの店も死ぬほど混んでるからね。多分ふたりとも、誰も知らないけどおいしい店を見つけるのが相当うまいのだ。もしかしたら、こうやってひとに奢って紹介するから、広告塔みたくなってるのかもしれない。いいお店のレビュワーみたいな感じで。
「えっ……全部おいしそう」
「だろ?ここ最近の一押しだ。まだ何品かしか頼んでないけどな。好きなの頼みな」
「これとかおいしかったよ、揚げ卵のせ…ぴ、ピラフ?っていうらしいよ。まあ冒険しない野郎二人だと、ちょっと変わったのに手が出ないんだよね。面白そうなの頼んでよ」
「ぴらふ……」
あれってこう…いざ聞かれるとどこの国から発祥かってよくわかんないけど。スープで炊いた米に、色々具材入ってる系のおいしいやつってことだけ知ってるから十分だ。海老のやつが大好き。というかそれくらいしか見つけたことはない。
ってことは結構違う国の料理を取り扱っているのかな。違う国から越してきたのか、ここら辺では見慣れない料理名が多いんだけど。
んん、この国だと芋しか揚げないところを、結構卵も肉も揚げてるところが最高に近い。料理の説明が丁寧だから、私が元々知ってるのをもじったような、よくわかんない料理名でも困らない。
……えっ鳥軟骨の唐揚げっぽいのがある~!マヨつけて食べるのが最高なやつがある~!頼もう。あとなんか米食べたい米。野菜はちょっと豆以外高いかな?卵は今日、大臣の家の夕飯がキッシュだから駄目だ…。
「すみません、この揚げ物…フル?鳥軟骨とモモ肉、を一皿ずつ。それと、はまきたばこパイ?あとひよこ豆のぴらふをお願いします」
「はいよ」
ちょうど外で煙草吸ってた店員さんに頼むと、さっさかと店に戻って何かしている。
……なんでモルさん達、店に客いないのに店外席で食べてるんだろ。そりゃ食い逃げ疑って店員も外に出るよね。
「鶏か……固くてまずくないか?ユトリロで食うならともかくよぉ」
「いや~だって結構上の方に名前ありましたし。おすすめかもしれませんよ?」
「そうそう、何でも試してみるもんですよ。まずかったら俺が食いますしね」
「お前には奢らないぞハロルド。散々昨日カードで持ってったろ」
「あ、聞きましたヤン君?こういう大人やですね~けちで。こんな大人になっちゃだめですよ」
2人ともつき合いは長いのか、城で見る騎士同士より対応がフランクだ。どういう関係で仲良くなったんだろうね?
キルケーリアの正門の守り役って、変な奴が来たら適当に相手して追い返すのが役目なんだけど。基本はそれよりも前で追い返されるから、清掃くらいしかやることはない微妙な閑職だ。一緒に不祥事でも起こしたんだろうか。
ちなみに騎士の先輩であるモルさんが茶色い巻き毛で無精髭の、ちょっとごっつい経験豊富そうな気のいいおじさんだ。
金払いがよくて細かい説教をしないので、よく酒場のおねえさんにモテる。一時遊ぶには大変気楽なタイプだそうだ。
騎士後輩のハリーさんが一見線が細く見える、くすんだ金髪ストレートの気弱そうなお兄さんだ。町娘にモテるけど、困ってそうな顔して結構遊んでるヒトだ。
ああいうタイプはとにかく煮え切らないから、結婚相手にするなら気をつけなさいねと、散々酒場のおねえさんに言われたな。実感がこもっている。
まあ、うん。酒場のおねえさんからの評判はともかく、物騒なひとたちなのは確かだ。
吟遊詩人の仕事初めて街をうろつくようになって、結構気遣って声かけてくれたから。2人とも非番仕様のラフなシャツとズボンだけど、職業柄なのかいつもナイフくらいは持ち歩いているのを知ってる。
前に奢ってもらって変なのに絡まれた時、ナイフで朗らかに事故装って暴漢の指を落としてたからね。何の変哲もないタイミングで実行するからこわいね。
小指が切れると、柄がしっかり握れなくて、次会った時も武器を弾きやすいんだってさ。訊きたいのそういうことじゃないんだ。落ちてたの小指どころの騒ぎじゃなかったし。
まあ困ったら声かけてくれって、いつも念押ししてくれるいいひと達である。
「しっかし、ヤンも結構稼ぐようになったなぁ……あれから一年経ったか?独り立ちが早すぎるだろ」
「俺も結構ヤン君の評判聞くよ。話し聞いてると無暗に腹が減るー、とか。飲み過ぎて帰ってからかみさんにどやされる、とか」
「吟遊詩人冥利につきますねそれは?テアドール師匠がよくしてくれるんです!僕も頑張らないと!」
どうやらうまいこと一市民に擬態できているようだ。そこそこ聞ける吟遊詩人として…とはまだ言い切れないけど。もう少し慣れたら、他の国でも歌えるかなぁ。
前こっそり隣町の港に行ったときに話を聞いた船頭さんからは、乗船賃代わりに吟遊詩人として働くってのもアリとは聞いている。
アンガーマン伯爵に聞いたら国境を超えるには手形がいるらしく、私くらいの歳だと発行が難しいらしいし。目安は成人する16歳くらいとのことだ。もう少しここで路銀を稼ぎながら、腕を磨くのもありかなと思っている。
「できたよー」
「ふぉぉお…!」
「はぁ……こりゃまた豪勢だな」
来た皿は三つだ。
こんもりと盛られた豆が入ったピラフ、揚げたてなのかしゅんしゅんと音を立てている軟骨と鶏ももの唐揚げ、はまきたばこパイは名前通り葉巻の形にチーズを巻いたものらしい。
熱いうちに、と銘々フォークを取って、まずは肉に突き刺した。
こちらの庶民に回る鶏肉は、卵を産まなくなった鶏なので、基本痩せてあまりおいしくない。なのでミンチにして肉団子、そして煮込んでスープがお決まりなのだけど。
「おいっしい……!」
これ、肉自体が油のってぷりっぷりなやつだ…!塩とハーブを混ぜ込んだ衣が、しっかりと肉を覆ってさくさくしてるタイプのやつ。味もしっかりついているから、ご飯に合うタイプの!
うわー!うわー!異世界来て初めてまともな鶏肉食べた気がする!流石にレモンはなかったけど。小さく砕かれた軟骨も、丁寧にまぶされた衣と一緒に噛みしめるのが最高においしい。ジンジャーエールかサイダーがほしい!
そう思ったのはモルさんたちもらしい。消費が、消費が早い。もっと味わって噛んでゆっくり食べてほしい。焦る。
あっという間に2、3個鶏ももの唐揚げを口に放り込んだかと思えば、そっとビールを追加している。また店員さんが本を置いて店へと消えた合間に、恐る恐る口に一つ放り込んだ軟骨揚げに眼を見開いている。
「これは……やべえな。麦酒だな?」
「麦酒ですね。麦酒ですよ。飲まないと料理に失礼です」
お酒飲むようになると、料理が何でもかんでもおつまみに見えるって言うけど本当なのかな。まだ未成年だったし、普通に飲んだことないから分かんないや。
あ、ひよこ豆の炊き込みご飯おいしい。豆を噛み潰して、口の中がぱさぱさする感じ好き。
……ここら辺だと、こういうふうに汁気なく炊くの、あんまりないからな。大抵スープ粥だ。白いご飯がおいしいの、あくまで日本のお米だからだよね。
専門学校通ってた頃は、レポートとかテストとか実習とかあったから、米なんか炊いてる場合じゃねぇって感じだったけど。離れてみると無性に食べたく……いやまだ大丈夫かな。大臣のとこのご飯がおいしいから耐えられてる。
「お、この揚げパイ……中身はチーズか。香草も入っててうめぇじゃねえか。葉巻に形が似てるからこの名前なのか?」
ジョッキを二つ持ってきた店主にモルさんが聞くと、にっこりと人懐こくおっさん店主は笑った。
「そうそう。俺の故郷の料理。にしてもおいしそうに食べるねー!皆あんまりうちの店来てくれないから、まずいのかと思ってたよ。暇でいいけど」
「料理自体が馴染み薄すぎて開拓するにゃ骨折れるんだよ、こういう店は。そこそこ稼いでるやつじゃなきゃ、貴重な一杯を失敗したくはねぇだろうしな」
「この鶏の揚げ物だって、ヤン君いなかったら頼んでませんでしたしね。この国だと鶏はまずい」
「ああ、そりゃうちで育てたやつを毎日絞めてるんだよ。うまいだろ?坊主」
「最高においしい……!」
はまきたばこパイとか、くるくる巻いた中にみっしりと熱いチーズが詰まってて最高。チーズもよくのびて、程よい塩気があるやつだ。ああ、ケチャップかマヨネーズつけたい。
「うん、うん。あまり忙しく働きたくはないが、やっぱそう言ってくれると嬉しいね」
「店主さんは、どこでこの料理を学んだんです?」
「元々砂漠の国の出身でね。コルトコランの生まれなんだ。まあちょっとごたごたして国が無くなってなぁ。料理はあちこち流れた先で覚えたよ。鶏のフルもそうだが、どこにでも似たような料理はあってな。いいとこどりして作り方も工夫したから、厳密にこの料理、ってのはないんだ」
「コルトコラン!そりゃまた随分遠いな……」
モルさんはそのままどういうルートを辿ってきたのか聞いている。
戦禍に追い回されるように、と店主が言った通り、彼が巡った国は、大臣との授業資料に、戦争年表として載ってた場所ばかりだ。内乱とか侵略戦争と共に弾きだされて、他国を渡り歩いたらしい。
祖国が亡くなってから長年旅をしてきたからか、おっさん店主の肌は日焼けしている。
……いや、元々チョコレートみたいな色なのかな。似たような肌の色はこの前にも会った。勢いでジーンと呼んだ少年だ。
まさか関係者ではない、よね。思わずまじまじ見たら、不思議そうに目を丸くしている。
「ああいや、前にアリータ出身の船乗りさんにコルトコランのおとぎ話を教えてもらったから。不思議なめぐりあわせだと思ったんだ」
今一つこの世界の地図をはっきり見たことがないから、詳しい位置がわからない。大臣が貴重な資料と言って見せてくれないのもあるし、本屋でも金を持ってなさそうな孤児に高い資料は見せてくれないからね。冒険者の人に教えてもらっても、皆微妙に言ってること違うから、あんまり頼りにならないんだ。皆道なりに、あてずっぽうで旅してるんだろうか。
「坊主、吟遊詩人なのか?」
「駆け出しだけどね。何なら宣伝しようか?この店なら多分いくらでも語れそうだ」
頼んだ料理が全部おいしくて、どの皿に手をのばすか迷う最高のひるごはんだった。
基本私はいくら金を積まれても、おいしくないのは絶対に宣伝できない。下手な店を紹介すると、吟遊詩人としての信用に関わるからね。だからこの店ならと思ったけど、店主はそっと首を振っている。
「いや、あんまり繁盛するとうちの鶏が足りなくなるからな。たまに来て食ってくれるだけでいいよ」
「……そうだね。また私が来た時に、席がないと困る」
綺麗に皿が空になった頃には、少し陽も落ち始めている。ランプの油代がもったいないので、皆暗くなる前に屋台は撤収するのだ。街灯が心もとないこの国は、暗くなると店の売り上げを盗む奴も紛れやすいしね。
おごってくれたモルさんたちに礼を言って、店を後にした。今日はこれからどうしよう。懐は温かいが、遊べるほどでもないし。
つらつらと考えながら歩くもんじゃない。曲がり角で、急に横に手を引かれた。
「走って!」
訳も分からず走り始めると、石畳を蹴るのに合わせてしゃん、と涼やかに金属が鳴る。
手を引く相手の背中しか見えないけど。薄衣で出来た踊り子の衣装を着た子が、必死な顔で私の手を掴んでいた。
くせ毛じみた長い髪、チョコレート色の肌。ふんわりとした衣裳でごまかされているけど、案外筋肉がしっかりついた腕。
「……じー、ん?」
なんで君、女装してんの?




