27.一日遊んで暮らしたい
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キルケーリア国のアレなとこを、ちらっと見たところで生活なんて変わらない。
おいしいご飯をご馳走になって、勉強して。後は私が大臣の家の居候…表向きは食客となっても、吟遊詩人としての腕を磨くのはやめなかった。
大臣もたいそう何か言いたそうだったけど。ついでに新しくできた制度だのを宣伝してこいって、疲れたように送り出してくれたしね。
ちゃんと一日に出る宿題も勉強も、うわ吐きそう~マジムリって言いながら終わらせてから、いつか旅に出る時用にこつこつ稼いでいたのである。
結局あの後、気が変わったのかジーンと呼んだ少年は、一週間経っても姿を見せなかったから。のんきにしていたとも言う。やっぱ名前もらってからなんか違う、ってなったんじゃないかな。だとしたら大変私が楽。頼むことも特にないしね。
「さあさあ、お耳をお借りいたしましょう!わたくしは吟遊詩人のヤンと申します。……ご存知ない?いやあ無理もありませんね!古今東西、聞いたことがあるような話だけは事欠かない、しがない歌うたいでございます」
今日の職場は、休みで屋台も出ている広場を選んだ。
割り当てられた時間にマンドリンをひと鳴らしすると、手に軽食を持った人たちがわらわらと寄ってきた。
おじさんが持ってる小さな紙袋には、ピンク色のほの辛いソースがかかったのは、さいの目に切った揚げた芋。
あのお姉さんが食べてるのは、味のないパンケーキじみたのに、酸っぱい果物を挟んで蜂蜜ソースをかけたやつ。
子ども達が持ってるのは……蜂蜜で練った粉菓子かな。あれはとにかく安くて甘いだけだ。
基本ゲームの設定がドイツよりだったけど。どうも文化はびみょーに違う気もする。まあそう言える程ドイツの事はそんなに知らないけどね。確かビールと腸詰とじゃがいもがおいしいとこだったはず。
石造りの広場近くは軽食の屋台も多く、休みになればここで遊ぶ人も多い。吟遊詩人のみならず、大道芸人や手品師も芸を披露できる場だ。まあ何割か管理してる連中に稼ぎは取られるけど。名前は売れるから仕方ないね!あと、仕事を終えた後の買い食いが楽しい。
呼び込みをしていると、ヤンだ、と常連さんが、何人か知り合いにも声をかけてくれている。
ゆったりと酒を楽しんでいたひと達も、それに興味を引かれてややこちらに身体を向けてくれた。十数人ほどは私の前で、思い思いくつろいで座り始める。うん、ありがたい。中々の客入りだ。
「よろしいですか、よろしいですね?では、今日はこちらが初めてのお披露目でございます……糸紡ぎの悪魔」
ぱらぱらと上がる拍手を、マンドリンの音で徐々に宥めてから話を始めた。
まあ、対価と引き換えに糸を紡ぐ小人の話は、ルンペルシュティルツヒェンとか、トム・ティット・トットだとかいうのが昔話にあるけれど。
それは期限内に糸を紡がなければ殺される娘を、小人が対価と引き換えに解決する話だ。最終的に名前当てクイズに正解しなければ、赤ん坊か娘自身が拐われる。
この手の話は助けに来るのが悪魔だったり、単純に親切で何者感ある三人のおばあさんだったり。昔読んだ日本の昔話とか、あれこれ派生があった気もするけどうろ覚えだ。何せ確かめる方法がない。
これは単純に、労働者搾取系の悪魔的な経営者の話だ。うろ覚えの何かこんな感じ、を元にした、オチと過程はキルケーリア国向けの話である。
なんでわざわざ下手な創作に手を出しているかって?キルケーリアの古語を用いた古典は、師匠にならって散々練習したけれど。残念ながら、落語みたいに歌ごとにとびきりの名手がいる。
吟遊詩人見習いが下手に手を出すと、物こそ飛ばないが、おおっぴらに耳を塞ぐ動作をしておどけてくる客もいるから腹が立つのだ。それでもムキになって続けると、酒場から追い出されるのは当然吟遊詩人側だった。
だから例えば街で出会った人たちを元に、あるいは商人から聞いたネタを、適当に笑えるものに仕立てて歌うのだ。
聞き覚えのない話なら、オチを聞かなきゃ気持ち悪いし。ここはこう歌うべきと、訳知り顔で絡んでくる酔っ払いもいない。全員思い思いに歌い出すと、心得た人以外は気持ちよくなって何も払わないまま帰るしね。
もちろん不興な時もあったけど。気に入って何度かリクエストをもらう歌もある。下手な話も数あれば一つくらいは受けたので、繰り返して持ち歌が増えた今は結構稼げるようになっていた。
そしてどの場でも人気なのは、勧善懲悪だ。悪い貴族、ケチな雇い主、非情な商人。敵役も身近な方がいい。
ヒーローが一人いるより、普通のひとが知恵を絞って回避するような物語に、自身の襟を正すのが好きらしい。勤勉なことである。
「とある自惚れた金持ちはこう言ったらしい。私は偉い仕立て屋だ。
工場には紡ぎ車がみしりと十機、機織り機は百機ある!染粉もとりどり千色染めよう!
下働きの皆が名誉と、銅貨6つでよく働く」
韻を踏んで、ノリが良くて、耳に馴染む調子なんか、毎回は上手いこといかないけど。
幸い今日はまだ離れていく客はない。よほど他に見る芸人がいないんだろうか。運が悪いことだ。
「とある商人こう返した。ならば明日まで納屋一つの糸を紡げますかなと。
自惚れ仕立て屋こう返した。なんなら二つ紡いであげよう!
参ったのは下働き。他に働くとこもない。ひいこら紡いで夜も更けた頃、ようやくふたつの納屋いっぱいに糸を紡いだ…」
まあよくある話だね。ケチな金持ちと商人はステレオタイプの嫌な奴として、下働きはよくある普通の誠実な人間として声色を変えて歌う。
段々商人の要求がエスカレートして、1日銅貨を6枚のまま下働きは搾取され続け、ついには倒れたり逃げ出して、ご立派な機械を動かす人間がいなくなる。
話の中盤にこのままでは死んでしまうと立ち上がるのは、いつか逃げ出した下働きの一人だ。とは言っても討ち入りはしない。犯罪行為をほのめかすと露骨に雰囲気が悪くなる。
磨いた技術で自分たちの力で店を構えて、誠実に依頼をこなし、質のいいものを作りながら、少しずつ自惚れ仕立て屋と商人を追い込んでいくのだ。
最後?仕立て屋に搾取されていた下働きは、みんな一人の職人として身を立てて、裕福になってめでたしだ。
自惚れ仕立て屋は、彼のせいで損をした商人に追い立てられながら、顔を隠して逃げていく。
現代風に言えば、ブラック工場から法の力で逃げ出した俺達が小さい店を開いたら、なぜか貴族が俺達のの布を探し求めて殴りこんできた。と言ったところかな!ううんセンスがほしい!
たまたまものすごく偉かったお得意さん達が、健気な主人公を見かねて、勝手に復讐しといてくれたから手も汚れない的なおまけまでついてくる。
まあ、そこまで話は引っ張れないし覚え切れないから、美少女ハーレムとかは作んないけどね。
「どこかで聞いた話だろう?人は皆、金をもらう仕事と相手は選びたいもんだってさ」
どこか投げやりなオチも、酒の入った連中からは大いに賛同いただけたようだ。そうだ、と野太い声と共に、ジョッキを叩きつける音が響く。
子ども達は単純に逃げ出す悪い奴が面白かったようだけどね。じゃらじゃらと、以前ユトリロの客からもらった帽子に、銅貨が放り込まれる中。何人か顔色を変えて近寄ってきた女性がいる。
……うん、下宿させてもらってる分は働かないといけないから。大臣と約束した通りに動くだけだ。
「あの、さっき言っていた法のことだけど…この国にもあるの?」
「ああ、もしかして法の支援のことですかね。あれはこの国の新しい法律を元にしてましてね。あそこの役所でも……」
聞けばやはり、話しに出てきたような雇い主に、良いように使われているらしい。なんか全体的に痩せこけて隈も酷い。……栄養も睡眠も足りてないなぁ。
基本この国で威張っている悪い商人は、基本宰相派閥の貴族と深い関係がある。貴族が便宜を図る代わりに、商人が資金源となるようなね。
だから彼らの機嫌をうかがって、結構下で働いている人の残業とか最低賃金とかめちゃくちゃなんだよね。私なら絶対働きたくないわ。やりがい搾取、っていうの?こういうの。
普通に稼いで雇用を生んでくれるならまだしも、搾取することで人より多く肥えているタイプだから手に負えない。
大臣としても、こいつらを商人と切り離さないと、連中の資金源が断てない。うん。新しく王を据えるには、できるだけ力は削いでおきたいよね。だから大臣、有志のひとたちと新しく法律通したみたいなんだ。なんかこう…ブラックな職場を告発して、どうにかする、みたいな。
けれど貴族に都合の悪い話ってどうにも広がりにくいから、こうして草の根的に活動する奴が必要になる訳だ。子どもの言うことって皆警戒しないしね。それもどうかと思うけど。




