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25.インフォームドコンセントは適切に【フォスター視点】

・・・

・・


その後ようやく呼べた赤毛の女神の名をエデルガルド・エルケンス。その父の名はアルフレッド・エルケンスという。


赤毛の女神の父に見込まれた墓守は、フォスターを名乗ることを許され、治療が済んですぐに適当な貴族の家に養子に出された。


代々医療の研究に邁進する一族であるアルフレッドは、思考を止めず、試行を繰り返し、施行に躊躇のないフォスターの気質が必要なのだと。何をとち狂ったのかしきりに口説いてきたのだった。


何言ってるんだこいつ、と一度は断った。


元より医者にすると言って墓守にかどわかされた身だ。容易に信頼など置けるはずがない。


そう言ってねぐらに戻ろうとした彼に、せめてこれをと渡されたのは、貴族様による治療によって高級な羊皮紙に綴られた諸々の請求費だった。全て身に覚えのあるものだ。


そこには利用した技術に対して、相応な対価が生じるという健全な判断だけがある。慈悲はない。


途方に暮れてアルフレッドを見ると、実入りの良い職業として医師を紹介されたから頷くしかない。


借金返済のために渋々彼らと共に医学を学び、研鑽し、治療費という名の借金返済に勤しむ内、彼は医学という一筋縄にいかない技術に魅了された。研究熱心な若者にアルフレッドも助力を惜しまず、治療費の完済を果たした暁に、エデルガルドの婿養子としてエルケンスの一員に迎え入れてさえくれたのだ。


墓守のクソガキが今や愛しい女神と子を成して、宮廷医師としてその実力を振るっているのだから人生なんて分からない。


「………いや、それこそ別に王になるの、うちの家系じゃなくてよくない?それこそ元から焚きつけてた現王妃とか、ローエンとか、いくらでも候補いるでしょ。駄目だって一時のノリで王決めたらさ。うまいこと機会に乗じてキルケーリアの家系ごと根絶やしたことにしてこう……さぁ!」


そしてあの下町の少年とのつき合いが、形を変えてこうまで続くとも思わなかった。


この相当にややこしく、まるで理解する気も起きないクソガキとのつき合いばかりは、事あるごとに切っておいた方がよかった、と後悔しきりだが。


もう時効かなと穏やかに笑った義父によって、あの日墓場であったことを暴露された時から諦めることにしていた。


フォスターが見出されるきっかけを作り、養子に出された先も彼女の伝手だ。フォスターの出世に金をせびろうと画策した、以前の家とも関係を断てたし。エデルガルドとの仲を取り持ち、アルフレッドに婿養子にすべきと口添えまでしてくれていたのである。


こうまでされては、元は名無しの墓守とて恩義を抱くことくらいはある。しかしそれを上回ってフォスターは家族を愛していた。


裏仕事を請け負っていた墓守を医者に仕立て上げ、貴族に据える酔狂をやる奴が王でなければ、今後フォスターが今の地位を守れる保証はない。きっとエデルガルドと引き離されるだろうし、自分の血を引いた子ども達もどうなることだろう。何よりも、シャロンが王になるのを妨害することで受ける報復が恐ろしい。


彼は本当に合理的な男だったので、秤にかけた上で、シャロンを見捨てることに決めていたし。それで心が痛むこともない。シャロンも十分理解していたし、それが当然だという顔をするから、上司に据え置くには申し分ないだろう。


「王ができるほどヒマな人間、このクニにゃお前以外いねェんだよ。得意だろ、片手間に他人の仕事増やすの」


「聞き捨てならない~!目標見つけて勝手に忙しくなってんのそっちじゃん」


「ぱっと浮かぶのは、猛獣回しアンガーマン伯爵、仕立て屋のホーリィ、オルトロイのジーン・ランプ、一族喰らいの喪服辺りか?銀蛇ローエングリンも、お前に人生狂わされた被害者の会筆頭だろうよ」


「人聞き悪いなぁ!……いつの間にそんな微妙な二つ名ついてんの?!いや皆最初から能力はあったじゃん、私がいなくたってそうなってたって!」


短い黒髪を煩わしそうにかき上げて、青い目がふてぶてしく歪んだと思えば、無理ー!と聞き慣れた鳴き声を上げている。


華奢で繊細といえる造形を裏切って粗雑かつ大胆であったが、コレが殊更無能のように振る舞いたがるのはいつものことだ。


フォスターは国を動かす立場にいないので、治療時以外普段の彼女を知らないし、実際彼女の能力がどうなのかは判断に迷う。


しかし少なくとも何気ない行動と失敗が事態をよりよい方向へ人を導く、冗談のような星のもとに生まれた人間なのは間違いない。それが本人には全く適応されないのが哀れだが。


だからシャロンは分からない。先に上げた人間は全部、お前がいなけりゃ周囲に埋もれて、つまらなく生きていけた連中だよ、とは言っても理解はしないだろう。


クソのような人生を丸ごと救われて、自分に心酔した連中がいることなど。……彼女だけを己の王と定めて、反対派の粛清も躊躇しない連中がいることなど、まるで理解していない。彼女以外が玉座に座った時、今以上の血が流れるだろうことを考えてすらいないのだ。


なまじ囲う連中も優秀だから手に負えない。彼女に王となる気が全くないのをよく理解していた。主の望みを察せないほど、盲目的な奴がいなかったのだ。だからこそ狂ったというべきだろうが。


日頃の行いが悪いとは全くもってこういうことを言うんだなと、フォスターは妻と共に読みきかせた絵本を思い出していた。


ヒトのことなど早々に見捨てていれば、もっと楽にこの国から解放されただろうに。気まぐれに人格者の真似をするからそうなるのだ。


「王にするなら、もうちょっと真っ当で出来た人がいるってのに……」


「そういう連中には救われなかったから目ェつけられてんだろ。……ローエングリンにはその手の泣き言は吐くなよ。お前の願いを叶えに来るからな」


「うっす」


既に何かあったようだ……というか、一応は父と教えられていた人物を、目の前で刺し殺したのは奴だった。ようやく筆頭のおかしいやつに気づいたらしい。


まあ、フォスターが普段から関わりがあるのはローエングリンぐらいだから、同等かあれ以上にやばい奴がいないとは保証できないが。


何せシャロンは普段から分け隔てなく気安く明るく慈悲深い。知らぬ他人の悲劇に心を痛めることも出来るし、可能な範囲での助力も厭わないが、一方で特別に誰かを大事に思うこともない。


だから人が自身に抱く忠誠だとか恋心を、理解できない上に、対処を考えないせいで手遅れになりがちである。


そんな厄介な女に恋した騎士は、恐ろしく重篤な病を引き起こしてしまった。


フォスターの見立てでは、間違いなくあの男はおかしい。狂っているとさえいえるが、元より手の施しようがない病である。想いを受け入れないというのならば、それ相応の行動が必要になる。


彼よりも格上の貴族、手出しの許されない彼の主として君臨し続けなければ、たちまちに騎士の病は彼女を侵食するだろう。惚れこまれたシャロンには大変理不尽な話だが、対症療法でごまかすしかないのである。


迂闊に銀蛇ローエングリンを始めとした連中の不興を買えば、早晩監禁されて日の目を見ない事態になるのは明白である。閉じ込めるのが誰か、という違いだけだ。


一番閉じ込められてもまし、というなら騎士であり王としても采配を振るえるローエングリンだろうが、そうなればバルドゥルが黙ってはいない。全力でその辺を見なかったことにしているから、明日からはまた荒れるだろう。


フォスターはこの件に関しては、迂闊に惚れ込ませた本人がツケを払うべきと判じている。断るにしろ、受け入れるにしろだ。連中の不穏さに気づいていたのに、適当にはぐらかして向き合わなかったのを、他人が請け負ってやる必要はないだろう。


しかし実際に監禁される事態になれば、繊細な彼の妻は折々に心の支えになった彼女の境遇に、大層心を痛めるはずだ。


現在妻は第四子妊娠中である。不要な刺激と負担は決して与えたくないから、逃げない方がましだと助言だけはしてやる気になっていた。そうでもなければ、本来馬鹿馬鹿しくて関わり合いになりたくはない。


それはシャロン本人もわかっているのか、フォスターに愚痴を言っても、解決の手助けを強要することもない。……その物わかりの良さが、縁を切るタイミングを外す要因でもある。


「んー……でも私としては、関係者にえらい目に遭わされたフォスター兄ちゃんが、よくまあキルケーリア家存続なんて選んだなーとしか思わないんだけどさ。恨んでないの?私なら生涯根に持つよ?」


「だからお前はダメな奴なんだよ」


「えっぶれ…無礼じゃない?やばくない?」


「お前、俺だって人並みに感謝と好意を抱くことがあるのをシツネンしちゃいねェか?」


「え、まじ……?」


「心底意外そうなツラしやがるよなァ。徹頭徹尾無礼なのはお前の方だよこの野郎」


あの騒動の後。酒場で吟遊詩人のヤン少年として、自分を引き合わせたのは義父であるアルフレッドだった。


関わってろくな目に遭わなかったのは覚えていたので、楽し気に話す彼らに挟まれても、生返事しかしなかったはずだ。だからその後、何がきっかけで話すようになったかは覚えていない。


それでもエデルガルドと気持ちを通わせるきっかけとして、なくてはならない存在だったのは確かだ。


墓守として人格形成を考慮されてこなかったフォスターは、薬物の影響も相まって人との意思疎通が困難だったのである。一々疑問点に納得するまで議論を交わしてくれたのは、シャロンだけだった。


よくこじれた妻エデルガルドとの仲を、丁寧にほぐしては励まし、思いが通じた時は心から喜んでくれた。生まれた子に心を込めて祝福をしてくれた。折々に細かく世話になりすぎて、3人目を授かった時には絶対に名づけを頼もうと。妻と共に固く心に決めていたくらいである。


見込み通り、名づけに一週間は頭を抱えていたシャロンは、もうアビゲイルしか思いつかねぇよと娘に愛らしい名前をくれた。


父親の喜びを表す名を、彼の愛娘にくれたのだ。


そうや下町のクソガキに改めて言ったことはなかったか、と血迷いかけてやめた。


こいつはそれを望まないだろうし、それを言うならやることがあるだろと詰められたって、これ以上助けるつもりは欠片もない。


「お前のお陰で惚れた女がヨメに来た。俺を売った実家は潰れたし、憎いヒヒ爺共は全員お前のせいで死んだしな。何を恨めって言うんだ?馬鹿も大概にしろよ………煽ったつもりならザンネンだったな。どの道、俺にゃ病と傷の治療は出来ても、王の資質だの、政治だのはわかんねェよ。流れに乗っかるだけだ」


まあシャロンに任せりゃ今まで議論さえされなかった、医療関連の法の整備と研究資金の提供はまず堅いと踏んでいる。フォスターとしては、それに合わせて自身を今の立場に留め置いてくれさえすれば十分だ。


だからこそ、一族総出で医学研究に生涯を費やすエルケンス家も、彼女に玉座を回すことにしたのだ。まだ働いてもらわねば困る。


「……時間だ。ここでこれ以上ヨタ話につき合ってる程ヒマじゃあねェ。俺は行くぞ」


「ん。時間くれてありがとうね、フォスター兄ちゃん。ちょっと落ち着いたわ」


ここでノックの音がしたから、自分に課せられた分の時間稼ぎは済んだらしい。察して手を振るくたびれたドレスの王女に、恭しく辞儀をして退出を告げる。


数々の荷物を運び入れるメイド連中と入れ違いに部屋を出て、終ぞ使う機会がなかった懐のメスを確かめた。


どうしたって国を捨てたいと言い募るのであれば、主治医が手ずから気を楽にしてやるつもりだった。足の腱でも切れば、仕方なく座り心地の悪い椅子でも妥協すると思ったが。


「……ありゃあ、諦めちゃいねェな」


医者も手の施しようがない事態というのに、随分と往生際の悪いことだ。


最後、手を振ったシャロンの顔はへらりと笑って、いつものように愛想よく、お前に頼む用はないよと告げていた。

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