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23.わかったからそのマスターキーは地面に下ろしなさい

この時点で私にとってのトルドーさんは、多少株を上げても夏場のゴミ箱もかくや、という危険人物である。蓋を開ければ何が飛び出してくるかも分からなければ、いいものである可能性は皆無だ。


助けてもらっておいてって言われかねないけど。普通はね、いくら腹が立ったからってあそこまで堪え性のない人間、というのは恐いものだ。現実にいたら、露骨に距離だって置きたくなるさ。


そんな元々あからさまに殺意を向けてきた彼が、一応シャロンの恩人であるところの少年に武器を向けている。


それで十分口が滑る理由になった。だって身を挺して庇ったら私が死んでしまうからね。


幸い、その結果マスターキーが少年にヒットすることはなかった。


私が転んで落ちた、の下りで、トルドーさんが腹を抱えて笑い出したからだ。


「もっ……!!むり!!なんできみってばそうなるのシャロン!!!!」


私の何気ない惨事が大変気に召したらしい。


……いや無礼~!息もできてないじゃないか、この野郎!


ついうっかり突っ込みそうになったけど、私この人と仲は良くないし。むしろ顔を合わせたくない類の人だってのを思い出して堪える。


だってこの人あくまで父の味方であって、憎い女の娘である。


そもそも面倒くさいけど今後の関係性と倫理観で受け入れざるを得ない提案とか、相手を殺しても拒否する人だからね。迂闊に慣れあって刺されないとは限らない。


少年が私に視線を向けてきたので、君よりは大丈夫だからさっさと帰りなと手を振ったら、武器をしまった少年は一礼してから走って姿を消した。


トルドーさんも目線は向けたけど、それ以上追いかけるつもりはないようである。


とりあえずは死人が出ずに済みそうだけど。少年からまた後でとかすかに聞こえた気もするから、勢いで名前なんか付けるべきじゃなかったかもしれない。


だってトルドーさんに敵じゃないよ、と伝えるだけで済んだかも……いやわかんないな。この人相手なら。


うん、だから少年も空気を読んでくれてありがたい。ほんっとうに厄介なんだこのひとは。行動理由は理解できるけど、だからって普通そんなことする?みたいな人だから。


ただ、扱い方は何となくわかってきた。


「ねぇ、トルドーさん。王の膝元からお宝を盗み出したいんだけど、手伝ってくれる?」


「喜んで!……え、でもこんな墓場にそんなものあるのかい?」


まあ、見てもらった方が早いだろう。


後ろにある小屋に目配せすると、意図を察して慎重に……扉を開いてくれなかった。数瞬も迷わずに蹴倒した。何も気にせずに小屋に上がり込んでいく。


そしてああこれはひどいねと、うずくまって気絶していた墓守を足先で転がすと、息があるかを確かめていた。


ちょっと色々言いたいことはあるけど、これ私がおかしい可能性があるな。この人に頼んでまともな手段が出てくることがなかっただろ。何を期待していたんだか。


私も覗きこんだら、幸い嘔吐はしていたが、窒息などはしていないようだ。多少息をするたびに喉から湿っぽい音はするから、吐いたの誤嚥してるっぽいけど呼吸はある。後で熱くらいは出そうだけどな。


まあ、私よりはしっかりと肉がついているから、耐える体力はあるだろう。薬の影響がどこまであるかだね。


「トルドーさん、よくここがわかりましたね?」


「一度、マクラーレンも落ちたことがあったんだよ。君がいるならここかなって。だから昼頃には見つけてたんだけど、知らない子といるから、ちょっとだけ違う場所から話は盗み聞きしてたんだ。流石に、押し入っても君を人質に取られたら間に合わないからね」


「いつの間に……」


そして暫定父親もまた同じ目に遭っていたらしい。それであの大爆笑か。どんだけ父が好きなんだ。


「うまくやっているようだから、2人とも眠ってから忍びこもうと思ったんだけどね。彼がおかしくなったから、もういいかなと思ったんだ。でもいつの間にか知らない子が増えてるし……」


「うん、影で守ってくれてた部下…だね?……ねえトルドーさん、この子の今の状態に対する調査がしたいんだけど」


何となく立てた仮説は大変ふんわりしている。多分実習先で、半笑いでエビデンス求められるレベルのふんわりさ加減だ。


トルドーさんに話したのは、怪しい薬が城内に存在していること。あとは、貴族階級が娯楽としてこの危険薬物を楽しんでいる可能性があることだ。


城下町でそんな食材の話は聞かなかった。幸い私に何らかの禁断症状はない。とりあえず私はもう二度と城の物を口にしないつもりではいるけど。これがもし高級食材として普通に流通してたり、トルドーさんとか、大臣が口にしていたらことである。


というか、トルドーさんもう食べてない?手遅れだったりする?可能性はあるな。


「……うん。確かにたまに、宰相派閥の連中からする匂いだね。こうなると、他国による侵攻も用心しておいた方がいいかもな」


最後の方はと息のようなささやきだった。ああ、そうか。薬物中毒にして、骨抜きを図った可能性もあるのか。こわーい。なんか昔歴史の授業で受けた気もするー。


…まあそういうのは、実際に国を動かす人が考えることだ。下町の吟遊詩人見習いには関係のない話である。もう、王女シャロンなんて死んでいるようなものだしね。


そっと忘れることにして、少年の運搬を手伝ってくれないかとダメもとで頼んでみたら、トルドー氏はほんわりと優しく笑った。


「どうやら役に立てそうだ。実は僕がお邪魔したの、この城で働いている医師の部屋なんだよね。彼の事、僕に任せてくれないかな?」


「あっ特に隠密行動ではないんだね?そうなんだね?」

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