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22.マスターキーはすごい。薪割りにも使える。

あんまり動揺してた、ないし現実から目を背けたかったから。唐突に出てきた裏家業系っぽい褐色ショタっ子に、ついノリで救援要請したのも仕方がない。


なんか不思議な力で、というか普通に薬でやっばい連中の対処方法とか知ってそうだしね。


決していやなんで私のこと姫と知って金払いも悪そうなのにわざわざ声かけてくるの?なんて言ってはいけない。


入っちゃいけないとことにinした系の迂闊な人は、ホラーでも真っ先に死ぬのがお約束だからだ。


しかし私は現代っ子。どんなおいしいサービスだって、サインする前に値段と条件を確認しなければ、えらい目に合うと分かってる。


恐る恐るサービスの内訳は?と聞いたところ、八重歯を見せて少年は言う。


「初回割引で10万で処理して、僕が貴方を出口まで案内するよー!」


うん、やっぱり契約前に確認ってとっても大事。胸に刻んで代々語り継ぐべきだよね。


「なら9万で出口だけ教えておいて」


「えっ………えっ」


いや、だけどまさか出口を教えてくれるとは思わなかったな。


昨日稼いだばかりで懐も温かいし、この程度なら手持ちで足りる。まあ殺しより手間はかからないだろうし。9万くらいで手を打ってくれたら嬉しいんだけど。


「はい、ちゃんと数えてね……いーち、にーい」


「ま、待ってよ、殺さなくていいの中の人!?」


「悪いね、今のところあの人が磨いた技術に興味がある。どうせ助かるかは賭けだ。君に出来るのが殺しだけなら、出口の情報だけ置いてってほしい」


もうこの世界、っていうかこの国は死刑になった罪人を、解剖して医療技術を磨くのが一般的になっている。


しかし医師志望に対して死体の数が足りなくて、腐る前に墓泥棒、ないし家族から買う、なんてのも既にあることらしい。


彼が名無しの墓守として培ったこの技術と知識、早々得られるものじゃないだろう。


確か、昨日ユトリロの酒場で適性のある後継者がいない、とかで街医者っぽい男が喚いていた。彼に診てもらえないか聞いてみたい。縁ができれば後継者はともかく、本人にその気さえあれば指導してもらえる可能性だってある。


どの道、全て勝手に私が思っていることで、既に墓守の彼には仕事に対する誇りがあるかもしれない。医者という仕事自体が気に入らないかもしれない。そもそも、薬物中毒から回復に至らないかもしれない。


しかし、実現可能な目標かどうかの評価もないまま、捨ててしまうには惜しい選択肢だ。


まあ最終的に袋に詰めて運べれば何とかなるでしょ。それっぽい袋はいくらでもあるし。ならなかったら諦めよう。


「な、治す気でいたの?あれを?な、なら私も違うこと教えられるよ!」


思っていたのと違ったらしい。相当動揺したのか、さっきまでのきゃるんきゃるんな僕っ子キャラが崩れつつある。


「ん?治し方かな?」


「えっ…と!うん、私の父上なら知ってるかもしれない!」


いやどうかな。ここでいたずらに助力を求めてもなぁ……この状態から治せる人、いる?


専門家が居たところで、取る方法が適切なのか分からないし。そもそも方法を知ってる人を探すまで何年かかるの?現代みたいな検査方法もないのに?


私だって薬物中毒の触りくらいは知識としては知ってる。でも、何をすることが必要なのか、何が禁忌かまではさっぱりわからない。


そもそも目指していたのが予防的な活動ならともかく、必ず医師による指示のもとに介入すべき職業だ。診断を下していい立場にいない。法に触れてしまうからね。


私はまだ実習だって直接治療するのではなく、実践的な評価を経験する段階だったけど。血液検査の結果を把握しないまま評価して、はちゃめちゃ怒られたのは普通にトラウマである。


知識もない人間が、リスクがわからないまま治療を始めてしまうと、患者を殺してしまうよと。


「断るよ。薬なんてものは良かれ悪しかれ、切れる時がある。確認したいことがあるから、精々その時まで生きていてくれたらいい。彼、飲んだ後に幸せそうだったからね。気持ちのいいことって、周囲が止めても際限なく求めてしまう。ここで君に無茶させても、無駄になる可能性が高いんだよ」


あればっかりはいつまでも苦く残る記憶だ。ここに来る前の私は、まだ見習いでしかなかったけど。確かに人を、元の生活に戻す一助となれるように学んでいたからね。自分が目指す仕事にも関わることで、その苦みを軽んじるつもりはさらさらない。


なら人を傷つけても生き残るのはどうかって言われそうだけど。私はささやかに見える怪我一つでも、その後の人生にいらない影響を及ぼすことも知っている。


怪我させられて治療して動かせるようにリハビリをして?それだけ膨大な時間と金を使っても、元と全く同じには戻らない。責任なんて、取ってもらったところで何の救いにもならないのに。自分の利益の為に襲ってくる奴を、どうして生かして帰せるの。そっちの方が疑問だよ。


「………姫様は、大丈夫だったのに?」


「匂い嗅いだだけだよ。飲みこんじゃいないさ。私だって依存すると抜け出せない、ものだし……」


ん、んん……今何かちらっと引っかかったな。なんかこの方面を掘るとろくなもんが出なさそう。


いたよね、たしか。


自制心を失って、確実に訪れる破滅も気にしないで、料理とかむさぼってた連中が。


「もしかして、そもそも盛られていたのは私か」


そして、期せずして身代わりになってしまったのがあの少女たちだったらしい。いや、むしろそれさえ把握していたのかも。


であるならば、マクラーレン王側は、本当にシャロンを助ける気はなかったんだろう。薬物中毒者に、薬を供給する名目で従わせるなら、より利用できる人の方が経済的だ。


「姫様?」


一気に荒んだ私を、少年は心配そうに見つめてくる。


少年は8歳の私より背が低いので必然上目遣いだかわいい。自分のセールスポイントをちゃんと把握している。名無しの墓守である彼と対照的に、会話も大変流暢だ。


見た目年齢の割に筋肉質で、城の隠し通路にも通じていて、麻薬のことを知っている。


下町のガキとして装った私を、姫様なんて呼ぶ少年。


「……他人事じゃ無くなってきたな。君のこと、なんて呼べばいい?」


「姫様が好きに呼んでいいよ?」


「好きなように?」


「うん、僕は名前がないからね。何でもいいんだ。好きな食べ物でも、呼びやすければね。不便でしょ?」


鎌をかけると、てろりとなんてことなさげに笑っている。でも、これで確信は得られた。


うん。あれこれと知識を詰め込む最中。アンガーマン伯爵直々にくれぐれも、と念押しされたことがある。


穏便に国から消えたいのなら、決して自分以外の味方を作るなと。


決して名乗らぬ者に名づけるなと。


「雇い主から名を得ることで、強固な主従関係を結ぶ一族の噂は聞いているけど。もし君がそうだったら、こんな騙し討ちでは応じられないよ?」


カメリア。花弁の重なる椿紋を掲げる一族のことだ。チョコレートのような褐色の肌に、黒い巻き毛が特徴らしい。主人に天命をゆだねるなんて意味合いで、契約を結ぶ際に名をもらう儀式があるらしい。


迂闊に名づけると、地の果てまで付きまとわれるからな、なんて。流石に大袈裟だとは思うけどね。


冗談めかして言う他なかったのは、疑ってる私も、正直おとぎ話としてしか思えなかったからだ。ましてや、そんな一族が下町のガキに声をかけるなんて、誰も思わないよね。


これは異国の一族がかつて犯したとある罪の果て、女神による短命の呪いがかかったなんて眉唾な話である。


どんな罪を犯したのか?何故神話を信じるに至ったのか?


詳細は大臣も知らなかったが、20歳になるまでに、自分で選んで仕えた主人から忠誠を讃えられて、手ずから何らかの装身具を与えられなければ絶命してしまうんだそうだ。そうして装身具を得ることで、やっとそ自由に自分の人生を生きられる。


いや別に、他人が何を信じてても私には関係ないんだけど、まずいのはあくまで主人が忠誠心を認めて、装身具を渡せば解呪できるという点だろう。


つまり実際に忠誠心を抱いているかどうかは、大変アバウトなんである。主人さえ騙せば済む話だ。


基本は信心深い人が多くて、一度仕えるのを許せば陰日向に尽くすけど。ひとによってはどんな手段を使っても……それこそ、薬物による洗脳や拷問による強要すら厭わない。


騙し討ちでの主従契約などまだいい方だ。


何人も主人を作ってその中の一人からでも貰ったら消える奴もいれば、手ずから主人に不利な状況を作ってから救い、装身具をもらったら後始末もせずさよなら、なんて悪質なパターンもある。


「……なーんだ、私のことを知ってたの。いじわるだね、姫様」


「今の保護者が心配性なのさ。たぶらかされないようにってね」


流石に優しくされた程度でどうにかなるほどちょろくはない、って抗議したら、そっちの方が問題だと大臣、地団太踏んでたけどね。何でだよ自立心は必要でしょうよ。


「ずっと誰かがいるのは知っていたんだ。それが君かは分からないけどね。それとも、お父さんと呼んでる人なのかな」


例えば切腹しようとした短剣を弾きとばし、正門の見張りに迂回を決めた私を発見させた誰かがね。


聞けば、冷たく細めていた目を伏せて、少年は深く息をついた。


「全部私だよ。だってずっと見てたんだ。私が名前をもらうなら、きっと貴方なんだろうなって。呪いを解くなら、絶対に貴方じゃなきゃダメなんだろうって」


「………ん?」


雲行きが怪しい。なにそれ。シャロンじゃなきゃ駄目みたいな言い方だよね。えっカモにしに来た訳じゃないの?ちょっとよくわかんない。


少年の肩が揺れて、何とか絞り出したような声が、どうしようもない気まずさを連れてきた。


「ねえ、お願いだよ。名前だけくれたら、もう姿だって見せないようにする。絶対に貴方を守るから、どうか許して」


「おっとそれはずるい泣き落としはずるいよそれは」


顔がいい子がすっごく綺麗にはらはら泣いてるから、なんかドラマのワンシーンみたいだよね!思わず茶化したら、目つきも鋭く地団太を踏み始めた。


「だって仕方ないじゃん!!この国一番警備がザルだから、忍び込みやすいって言われて来たらアンタみたいなのがいるし。他に名前くれそうでちょろそうな奴を探しに行く間にアンタ死にそうだし!もう仕方ないなって、諦めてどうやって話しかけようかって思ってたら余計な騎士まで作ってさ!!私にどうしろっていうんだよ!もうアンタから名前もらうのに、手段なんか選んでらんないの!!」


「え、ええー……それ私のせい……?」


さっきまでの綺麗な泣き落としならまだ割と余裕あったけど、弱いんだよこういう駄々っ子タイプには。ていうか小児全般に弱い。何かこう、そもそも口喧嘩って勝てない方だから、支離滅裂な話なら尚更うまく言い返せない。


「そう!私をこんなにした責任取ってよ!!」


「言い方やめて~…?だいたい君ならもっといいとこ狙えそうじゃない?」


「ならアンタでもいいじゃん!姫様、私いないと死んでたこと、すっごく多いんだからね!なんでアンタなのか?私にもわかんないよ!でも目が離せないの!傍においてよ、アンタのできないこと全部助けるから!」


大きな緑の目から、ぼろぼろと涙を落としているこの子が、一体かつてのシャロンに何を見たのか知らない。でもその子がもういない、なんて言う訳にもいかないし。多分ローエンのことも言及しているから、中身の私も込みで評価してこれなんだよね?


テンションとかが噛みあってなくて、たいへん戸惑う私の耳に、押し殺した泣き声をかき消す音が聞こえた。


最初、小屋の方だと思ったんだ。でも、違う。私の後ろに、木片がはらはらと落ちて来ていた。


墓場の周囲は石造りの壁に囲まれ、木戸がいくつかついている。そこから落ちたのか、と見上げると、ひとつの木戸から、大変いい音を立てて振るわれる斧らしき物の刃先がちょろみえしている。


「……姫様、下がって」


まあ私が気付くことなら、この子だって気付くよね。それにしたって切り替えが早い。


鼻をすすった後で、しゃん、と涼やかな音を立てて腰のベルトから取り出したのは、太めの針みたいな暗器と、なんだあれ、扇子……?なんか殺傷力高そうだけど。


がた、と木戸が浮いた頃合いに、勢いよく蹴り開けたらしい。泥に落ちた木戸は音もなく地に刺さり、それを追うように振って来た人がいる。


「よかったぁ……アンガーマン伯爵に君がいないって言われた時は、寿命が縮むかと思ったよ。無事だね、シャロン?」


「トルドー、さん?」


肩に担いだ小斧が……うっわトルドーさん超斧似合う……。流石嗤う悪魔。


なんでいるの?と思ったら、どうやら大臣に言われて探してくれたらしい。


え、うっそいつの間に2人とも仲良くなってるの……?トルドーさんが、シャロンの為に使い走りとかよっぽどだよね。えっ何、私夢でも見てる?それとも大臣、何かトルドーさんの弱みでも握った?超ありがとう大臣今度何かいい店紹介する。


ただ、今はその小斧が私に飛んできそうで恐い。だって、あの日に酒場で逃げてから、一回もトルドーさんに遭遇してないんだ。どういうテンションでくるかさっぱり分からない。


「うわー……すみません、お手数かけました。怪我してません?」


「それは君だろ、シャロン。こんなところに迷い込むなんて、間に合わないかと思ったよ……あまり心配させないでくれ。二度も親友を見送る気はないんだ」


トルドーさんが真っ当なことを言って渡してきたのは、染みひとつないハンカチだ。


え、なんかすごく真っ当に気遣いされた……?


「……ごめんなさい」


いや、元はと言えば雨と、他国の人間すら自由に使える隠し通路のせいなんだけどね……?


まあ、私もやばい奴がいると知っているのに迂闊が過ぎた。こんな気軽に隠し通路に迷い込めるなんて思わなかったしね。


「よし、いい子だ。冒険したいなら声をかけて。いつか王の首取ってやるー!って、マクラーレン……君の本当のお父さんともよく探検したからね。ちょっと詳しいんだ」


「あ、それはいいですー」


「つれないな……」


素直に断れば、眠たそうな糸目で、ほっとしたように笑った後。もう使い道がないはずの小斧で、私をかばうように立つ少年を指した。


「それで、元凶はそこにいるガキなのかな?」


「あ、紹介しますこの子、私の部下のジーンくん。そして私は濡れた芝生で転んだらここにいたシャロン!」

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