表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/35

18.何で狩ったもの持ってきたの?

さて、メイドによる業務上横領事件。計らずも比較的真っ当な考えをする親に告げ口、なんて遠まわしな手段を取れたわけだけど。自身の子である、と認めた瞬間。仕留めに駆けだした老執事に扮した連中が、メイドを引きずって来るまでが早かった。


何だかすっごい悲鳴が聞こえて来てたけど。気のせいじゃなかったらしい。


自分で立てないメイド連中は麻袋を頭に掛けられていたので、どんな目に合っていたかなんてわからないけど。少なくとも白いエプロンを汚しているのが、土汚れだけじゃないのは分かる。薄汚い廃屋には過呼吸でも起こしそうな、喉を締め上げたようにすすり泣く声が響いていた。


何がしたいのかさっぱり分からない。


暗がりで表情の見えない老執事(仮)は恭しくお辞儀をして見せた。


「耳汚しを」


謝ってほしいところ、そこじゃないなぁ…!じゃどこ?って聞かれてもぱっと浮かばないけど。そこじゃないのは確かなんだよなぁ…!頭に麻袋かけたの、床が血反吐で汚れないようにって配慮くらいしか感じないんだよぉ!


これ私にどう収拾つけさせる気でいるんだ、このおっさん連中。8歳児にこれ以上負担かけてくるなよ、おねむの時間だぞそろそろ!


「……あー……すまない。悪いやっ……いや、癖のある奴だがそう悪く、は…」


悪くはないとは世辞にも言いづらいのは分かった。分かったけど部下の収拾はつけてくれよ本当。


「無理しないで大臣無理があるから」


ランドルフ・アンガーマン伯爵、意外とヒロイン属性っていうか。次々ややこしいやつが集まるタイプだな?いるんだよなぁこういう人!


ゲームだと、この人の裏事情はほとんど出てなかったから知らなかったけど。……いや、むしろ今回のメイドの件で、友人の家が取り潰しになっててもおかしくないのか。


「我が娘が畜生にも劣る真似をしました。……こちらを献上させていただきたく」


そう言ってちょっとしたごみのように放り出された2人の身体は、石畳に強かに打ち付けられた。


すら、と抜いた剣を、当然のように娘さんの首に宛がってるの勘弁してほしい。何でもう一人のひと、床に押さえつけてるの?うける。


「……おい。何をする気だ、アウラー」


「ええ。ですから銀盆を」


おっそれはもしかしてゲームおなじみの処刑ですね?…いや、何で?


銀盆ってあれです。歌劇サロメでおなじみのあれ。だけどちょっと意味合いが違う。斬首した後に銀盆に首載せて王に献上することで罪の贖いをする、ってこの国の貴族が処刑される方法だ。


ヤバ王ルートでもよくシャロンがされてた。残虐描写も古典から紐解けば、どこか許される風潮あるよね。どうかと思う。


つまりこの老執事(仮)連中、罪の贖いに娘の首を銀盆で捧げるつもりでいたらしい。…いや、なんで?


私は今のところ何ひとつ行動が理解できてないんだけど。このおっさん連中を、友と呼べる大臣の立ち直りは早い。鼻息荒く腹を揺らして駆け寄ると、勢いよく剣持ってる方に体当たりを喰らわせている。


「何でここで…っ馬鹿者!!」


ただ、結構スレンダーだけど鍛えてる系の友人たちに負けてる。


一生懸命反復横跳びして、立ち塞がって邪魔をする方に切り替えたようだけど、多分そんな息が続かないよな。どうしよ、この状況。


「まさか己がした行為を理解していないとは。シャロン様でもなければ、幼子なら既に息絶えてもおかしくはないものを。この畜生はしぶといと笑うのです」


いや、もしかして事前に調査してたの?それなら言い逃れできないなぁ。


「止めるな、アンガーマン。我が娘ながら辛抱ならん。俺はシャロン様のような方を知らん。この仕打ちを生き延びたばかりか、国家の行く末を案じてこの愚物を許して見せる寛容さと度量をな。まさかそれを、我が娘が踏みにじるとは思わなんだ」


ごめん、めっちゃ死なない程度に酷い目に合わないかなって期待はしてた。叶ったから割とすっきりしているだけだよ。


「それは貴様らのうっぷん晴らしでしかないだろうと言っておるのだ!そこまでを喜ぶ少女に見えたのか?!」


うん、流石に銀盆に首はいらないなあ。そこまで、って辺りがわかってるね大臣!


さっきから怒ってるのか、単純に重いのか。老執事さん剣持ってる手がぶるぶるしてるの超恐い。そのまま落とさないでね。掃除に困るわ。


そろそろ大臣の動きも鈍くなってきたし。状況は何一つ好転していない。仕方ないなぁと冒険者の人にあると便利、と譲ってもらったナイフを枕元から出した。うん、お腹いっぱい食べたから力は入るね。


「待ちなさい」


深く息を吸ってから、石壁にも響くように腹から声を出す。


薄汚れたワンピースと、雑に切られた髪じゃ威厳に欠けるけど。皆興奮している状況ってのはよろしくない。何も解決しないからね。


騒がしい酒場でも、澄んで響くような声をテア師匠は持っているけど。私がやると、どうも威圧的だ。


まあ、激しい戦いの物語にはうってつけらしいけどね。あんまり好きじゃないんだよな。語って聞かせるなら、もうちょっと気楽な笑い話がいい。


「誰が銀盆による贖いを許しました。……それとも、王の前でその罪をつまびらかにしたいとでも?」


まあされた仕打ちが仕打ちだ。今表向きの立場も含めて強いのは私だろう。存分に被害者面をさせていただくことにした。


「……いえ、出過ぎた真似をしました」


「許しましょう。……剣をしまいなさい」


そう。あくまで銀盆って王が許可しないとできない、貴族だけのものらしい。


武士だと切腹して名誉の死を許可する的なものかな。ヤバ王にでも許可取りに行くつもりなんだろうか。ウケる。


一体寛容にも許したのが、何を目的にしてなのか忘れているよね。面倒事を大臣に丸投げするためだけどね。より面倒くさくなっているのはどうしてなんだ。


「大臣、この件を私が預かっても構いませんね?」


「無っ…論です…!」


「あとちょっとそこら辺に座って、動悸と息切れが無くなるまで深呼吸してて。心臓に障るから」


超息上がってるじゃん。やばめ。


大臣死にそうだし、早めに済ませるかと。麻袋の結び目を解いたら、顔が殴られて腫れた少女たちがやばいくらい泣いてる。……話せるかな、これ。


「庶子が分不相応にも、王族として扱われたことに不満を抱いた。おまけに民からの血税がその子を育成するために浪費されているなんて許しがたい!……でしたっけ?」


言った途端にぎらりと2人の目が光る。これ以上怒られるから、余計なこと言うなって?


父親が恐いようで、反抗される事こそなかったけど。彼女たちがずっと口にしていたことだ。何故王族でもない人間が、厚かましく自分達より良い扱いを受けているのか。コネ入社の社員だってここまではされないと思うけどな!おいしい思いと正しい行いはちょっとした麻薬みたいなものだ。何が間違ってるのかも分からなくなる。


「貴方達は貴族として手段を誤りました。本来手にし得ない物を横領したのですから」


「申し訳ありません……」


すごく不満そうだ。それはお前も同じだろう、って思ってる気配がすごい。やっぱり子供から食事を取り上げたことなんて、何とも思ってないんだな。シャロンて幼少期からこんな連中しかいなかったのか……むしろよくあの程度の歪みで済んだなって思う。私だったら城に火でも放ちそう。


「ですが、それはあくまであなたたちの正義に基づいてのこと。貴方達が可能な範囲で抗う方法を探してのことでしょう。正義を心に抱くこと自体を咎める気はありません」


ふざけんなと思うし、実害もあったけど。彼女たちがそれを正義と思っていたことも事実だ。疑いようもない。何様だよ、って視線を覚悟してたけど。大分この状況に参っていたらしい。ちょっと睨み付けてた視線が緩んで、王女様、とか呟き始めた。


「ですのでこれを」


「これ、は……っ!?」


「あ、あっ……!!」


私は許す。これ以上関わりたくないからね。だが勝手に不満を代表された民が許すかな!って話だ。


だってこの連中、盗んでいたのは食事だけじゃないからね。ちゃんと名前ごとに整理した盗品リストに、覗きこんだメイド連中の顔が青くなる。


どうも一度盗むと癖になるのか、5人とも両手の指じゃ足りないリストだ。精油入りの石鹸、銘柄の紅茶、上等な茶菓子、繊細なレース……ひとつひとつ、たくさんあるからと取り沙汰されにくいものばかりだけど。どれをとっても平民の月収を軽く超える。


身に覚えがあったらしい。今度こそへたり込んだ少女達の髪を、まとめた根元から切り落とす。悲鳴が上がったけど、首じゃなかっただけ幸いと思ってほしい。


こっちはうまいこと折り合いつけさせるので精一杯なんだよ…修道院は言っても還俗もありだし、髪ならまた伸びるでしょ。首は生えないしくっつかないけどな!


「理由をつけても窃盗は犯罪です。民の血税に手をつけたのですから。ちゃんと貴方達の正義に基づいて償うべきだ。……その髪が元の長さに戻るまでに国に返さなければ、銀盆を献上していただく。それ以降は問いません。好きに生きなさい」


まあ正直この額は身体売るか、何か秀でた一芸でもないと無理だと思うから、元の長さに戻る前に斬り落として誤魔化すことになるだろう。この国じゃ髪の短い女が働けるのは修道院しかない。か細く働いて、わずかな金を貯めることになる。ただ、身体を売る職業じゃないから、清算した後に先はある。


「まあそれが不満なら、『3か月に渡って子どもから食事を取り上げて、城から物を盗みました』って札かけて、街を練り歩いて五体無事で済むか試してみても構いませんけどね。正しい行いであるならば、咎める人はただ一人もいないでしょう」


そっちの方が良いかと訊けば、青い顔をしてぶんぶんと首を横に振っている。なんだ、到底褒められた行為じゃないって分かってるんじゃないか。手を染める前に悟っていれば、こんなことにはならなかったのにね。


無作法を咎めて父親たちに床に頭を擦り付けられているけど、この人たちは此処が私の部屋って忘れてるよね!やめて!


「これでいいかな、大臣。後でモップあったら貸してね」


「助かりました…。掃除はしておく。今日は屋敷に泊まってほしい」


「味方って、結構厄介なひと多い?あ、朝ご飯つきならうれしいな!」


「否定はしません……任せたまえ。とっておきの巣ごもり卵を披露しよう」


「何それ気になる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ