17.ドッキリなんて可愛くない真似は止めて
お茶の時間だったこともあり、堅苦しい雰囲気はおいしい料理を前に呆気なく崩れた。
こればかりは大臣の太鼓判に偽りなく、絶品な料理が何もかも悪い。メニューこそシンプルだけど。厄介なストーカーのせいで肉も新鮮な野菜も温かい料理も遠く、実質BLTサンドとかやっていた専門学生にはすごいご馳走だったのだ。
特に肉団子入りトマトベースのシチュー?みたいなぐらーしゅ?は、大臣と競うように鍋を空にしたぐらいおいしかった。高級なスープって、具材を後から綺麗に盛ってる印象有るけど。これは野菜も肉団子もごろごろと煮込んである。
大臣が次はいつ食べられるのかと切望して、翌日もリクエストする気持ちが分かる。
最後のひと口を名残惜しく味わっていると、次々に追加の料理が来たせいで、早々に私の貧弱な語彙は死んだ。なんかもうひたすらおいしいとしか言えない。
そして案外聞き上手でもあった大臣が私のつたない料理の感想に、分かる、と頷いてしまったからその場に止める人がいない。
互いの腹の探り合いを含んだ会食は、早々に女子会の様相を呈してしまったから酷い。
でもこの流れを止められなかったということは、それだけ楽しかったからだよ。私がね!
これが懐柔するための演技だったら、そんな営業テクニックできるひとだったの?!と逆に驚くけど。大臣の食事に対するスタンスと好みが、大変話していて楽しいのだ。
「この焼き菓子は見事だな。砂糖こそ少ない印象だが、たっぷりと練り込まれたバターでパイ生地の歯触りがいい。酸味が強い柑橘のジャムがこの上なく合う。これは値段に即した工夫が心憎い菓子だ……」
「でしょー!それ気に入ったならこれもいいですよおすすめ!」
「黒すぐりのジャム入りタルトか!うむ、うむ!焼き上がったアーモンドクリームが随分と香ばしい……素朴だが丁寧に作られているな!」
「それ!それなんですよ!手に入る素材で目一杯に手をかけてるっていうか!!はー……紅茶がすごくおいしい……幸せ……」
「そうだろうちょっとしたものだろう!」
これもおいしい、似てるけどちょっとだけ違くてそれもまたおいしい料理があるんだって、えーなにそれやばい気になる!なんて。
普通に盛り上がるに決まってる話題じゃないか。何より女子会の話題にしては、役に立って後腐れないのが最高な部類の話題だ。
私が秘蔵の茶菓子を持ちだした辺りで、大臣も手ずからとっておきの紅茶を淹れてくれたから余計収拾がつかなくなってきた。
……ユトリロ、間違いなくおいしいんだけどなぁ。
酒飲みはそんなに料理を食べないし、むしろあの店は吟遊詩人としての職場って感じだし、まして語る相手が作ったマスターしかいないからあまり語れない。ローエンも訓練が本格化したらしくて、一緒に行ける日も減ったからね。
だからこうやって感想言いながら食べるの、すごく久しぶりで楽しい。お姉ちゃんを思い出す。
お互い親近感と連帯感をもって語り合う内、自然口調は砕けていた。
「そう言えば大臣、時間大丈夫なんです?」
「お前があんな手紙を送ってくるから今日は非番だ!!」
「あーあれ早い方が良いかなって思ってさ。盗み食いそそのかしたの、宰相派閥にいる家の令嬢なんだよね!部屋の乗っ取りは宰相派閥紹介の教師だけどさ。頃合いをみて、あちこちの家の優秀な人間と財産を削る目的だと思うよ」
「そこまで掴んで何故お前がやらない……?王にでも頼めばいいだろう」
「もう使用人の間じゃあ、私は王様が攫って来た元から身重の女が産んだ子、って考え根付いているから。王に助けを求めたら、結局宰相派閥の連中が得するでしょ。諭したところで、人間一度楽な方に流れたら抜け出せないしね!今後も同じことが起きるだろうし?そう言えば大臣はバルドゥル・テーリヒェンって知ってる?」
「テーリヒェン家の笑う悪魔か」
「えっ…何その呼称……。その人が言うには、宰相の派閥は私を虐待して、言いなりにしてから王と結婚させるつもりらしいよ。まあ肝心要の王は自分の娘として認識しているから、かなり苦戦しているみたいだけどね」
「不屈が過ぎないか?何故そこまでの話を聞いてそこまで覇気を保てるんだ?」
「いつお前らにそんな真似を許した?って殺意」
「そ、そうか……」
そこまで知っていてこれか、と廃屋を見渡して大臣はため息をついた。
宛がわれた廃屋を改造して、文句も言わずに後ろ向き過ぎるって?だって私が王座を取る気はないからね。いよいよ手がかりがなければ、後腐れなくこの国を去って、元の世界に帰る方法を探すだけだ。
「だが、私に手紙を出したのは判断を誤ったと思うぞ。貴方だから言おう、私について蜂起する人間は、まだ数える程度しかいないのだ」
「そうだね。熱心に働く人が部下にいないから、上に立つあなたが雑用で肝心な仕事に手が回らないから地位を固められないし。他の影響力ある人と会話ができてないものね。怒っても部下に馬鹿にされて流されてるし、正直傍から見ても軽んじられてるなって印象」
うん。手紙出すにあたって、ちゃんと人柄の確認くらいはしていたんだよ。今のお歳でもそこそこ重要な中間管理職ってポジションぽいけど。あからさまに下の身分の連中に軽んじられている。怒ってばかりだから慣れるし、頷いて流せばどこか行くし。いつの間にか仕事が終わっているし仕方ないよね。
そしてそんな彼についてくる少数派は、自分だけは魅力を分かってやれるし無茶する前に止めなくては、みたいな飄々系がすこぶる多い。手綱を引いてブレーキかけてるから進む話も進まないだろう。
「………なんかこう、それこそバルドゥル伯爵みたいな、能力があって純粋に手を出すとまずい人を部下に入れてたら、ちょっとくらいは箔がつくんじゃないかな。放っておいたら、勝手に仕事しない連中に苛立って間引いてくれそうだし。あの狂犬の手綱を握れる底知れない人物、みたいなのはおいしいよ」
好き勝手言ってたら、大臣が分厚い顎に指を当てて考え込んでいた。
怒らせたかなー、と思ったけど。彼が一番対抗する派閥としては良心的なのだ。しっかりしてもらわないと、私が16歳の時には王による独裁体制が完成してしまう。
怒鳴りだすかと用心したけど、恐る恐ると言った顔で大臣はこっちを見た。何となくその顔が、まじかよお前と言ってるように見えるのはなんでだよ。
「あの、笑う悪魔が。バルドゥル・テーリヒェン伯爵が、貴方に忠告をしたのか……?」
「ん?うん。ここ最近やたら絡まれて困ってるけど……」
そこ?確かにやばい人だけど、あの人口数多い方だし、別に普通のことじゃない?
そう思って答えたら、大臣がぱん、と両手を打ち鳴らして、それ~!みたいな顔してる。貴族のお偉いさんがすっごいどっかのおっさんを思い出す所作してる。
思わず前の癖で携帯を探っていたら、フランクが過ぎたのに気づいたのか、大臣は咳ばらいをすると恭しくお辞儀をした。
「王女よ。貴方の名をお借りできないだろうか。そうすればきっと満足のいく結果を献上しよう」
「……許します。ま、あのひとを私に近づけないなら、何でもいいですけどね。あっちょっと大臣。何で露骨に目を反らしているの大臣。本当にやばいんだからやめてよねちょっと!」
ありがたきお言葉、と言った後で、急に敷物の花模様の数が気になったらしい大臣と目が合わなくなった。え、マジで売る気でいる……?
「一蓮托生、とは言わないけど。私の窮地が大臣のせいなら、積極的に道連れを検討するからよろしくね…?」
「心得ている。貴方は確実に復讐を成し遂げる人間だからな。私も敵に回すつもりは毛頭ない」
いえーい大臣分かってるぅー!すっごく微妙な顔しているけど、のこのこ私のところに来たのが最期だったと思ってほしい!
そんなことしながら散々大臣と遊んでいたら、流石に辺りが暗くなってきた。灯り代に使うのがもったいなくて、ここにランプの類はない。そろそろ見送った方が良いかな。
「そろそろ陽が沈んで来たね。ここら辺暗くなったら明かりをつけてると虫が寄ってくるよ」
「む、もうそんな時間か」
既に執事さんたちが、大まかに片付けてくれていた。大臣の目配せに、心得たように残りを片付けると、もういつもの廃屋である。
「……それでは、また」
「うん。今度は違うとっておきを用意したいから、事前に連絡ちょうだいね」
「心得た。私もまだ貴方に食べてもらいたい料理があるのだ……」
楽しい時間に、次の楽しみな約束をして別れるのはとてもいい。
………だからこそ、邪魔が入ると腹が立つものだ。
薄暗くなった室内。きっと人がいるのも分からなかったに違いない。開けるのにも閉めるにも難儀する嵌め戸を、煩わしく思う人間は私ひとりじゃあない。
かぁん、と甲高い音を立てて、窓から飛び込んで床を跳ねるのは、金属を叩いて作った侘しい皿だ。そこから飛び散る物がある。ついでと言わんばかりにぼちゃりと音を立てて落ちてきたのは、たっぷりの水を含んだ、誰かの古ぼけた長靴の片方だった。
本日の残飯配達サービスである。最近は、それすら持ってくるのを億劫がっていたんだけど。むしろ、こんなの探す方がたいへんなのにね。いやー、これあのメイド連中、素でこれなら昼ドラ実践できる才能あるわ。今度創作のネタにしようかな。結構盛り上がりそう。
静まり返る室内に、きゃらきゃらと笑い声を上げて、今日はステーキだったと楽し気な娘さんたちの声がやたら響いて聞こえる。なんでこんなとこまで来ないといけないの、面倒くさいと、無邪気に不満をのぼらせていた。
控えていた執事さんの一人が、声がやや遠のいてから窓から覗き見て何かを確認すると、軽やかにドアを蹴り破った。そのまま2人ほど猛烈な勢いで走り去っていく。
…………いや、何故?
「ひっ、お、おとうさ、ぎゃああああああ!!!」
「いやあああああああ!!」
今かすかだけど、ひとりヤバそうなこと言ったの聞こえたな。何、あのメイドのお父様登場したの?ていうか、執事じゃなかったのか。結構メイド連中に好き勝手言ってたけど、よく何も反応しないでいられたね。
間を置かずに聞こえた絶叫は、石にびりびりと当たってやたら耳障りだ。何をしているのか、と様子を見ようとドアに向かったら、さりげなく残った執事にお目汚しになると止められた。
仕方なく状況を聞こうと思って大臣を見ると、床にこぼれた残飯を確認しているようだ。
小さくかびたパンかとこぼすと、さっさと長靴と一緒に窓から投げ捨ててくれている。
「……言っただろう。数人であれば、元から私の味方がいると。あのメイド5人の内、2人の親は私の友人だ。貴方が配膳当番……いや、曜日と時間で、乞食共が明確に取り分を決めていると聞いたからこそだがね」
「いきなり父親登場はえぐくない……?」
「身から出た錆だ。本来ならば全員処刑されて家が取り潰しになってもおかしくはない。子どもから食事を取り上げて餓死寸前まで追い込むなど、相手が王族ということを抜きにしても、悪魔憑きとなじられて問題ない所業だ。……貴方が打算をもって止めなければな」
「詳しいね。流石法律作ってるところの偉い人」
まあこの国のことなんて、制度含めてふんわりしか知らないことになってるし。実際よく分かってない。だからどうしてもこういう物言いになるのだけど。片眼鏡を触った大臣は、ちょっとだけ笑うとふんぞり返った。
「……次は宰相派の教師どもを排除せねばな。貴方が知識を持って知恵を振るうのを見てみたい。貴方の温情で命を拾った先程の連中が、きっと力になるだろう」
「いいよぉ別に。『この王族は悪い世代が続きすぎた。安定はしているが、ゆるやかに衰退もしている。これ以上野放しにする訳にはいかない』って、他の役人さん説得する時に言ってたよね?そこまで言えるなら、今度は真っ当な家から王を選出してほしいな。革命するなら協力するよ。ただし、無一文で良いから、怪我なく追放してくれるならね」
「…………」
「どうしたの大臣。言いたいことは言った方が良い」
「貴方が口八丁で行商隊を籠絡して隣国に忍び込み、悠々自適に生活しているのが目に浮かぶようだと思いましてな……」
「いいことづくめじゃん。何が悪いの?」
「ええ、そうですな。……頼もしい限りだ」
変な大臣である。