14.一見して問題なさそうな奴ほどやばいのはやめて
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……ん?これ、この時点でトルドー氏あんまり出会いと変わらないね?
おかしいな。今のトルドーさん、いつの間にか傍にいて、あれこれするのを手伝ってくれる便利屋みたいな人なんだよ。少なくとも、あんなに回りくどく協力をほのめかすタイプじゃなかったのにな。
あれ、あれれ?私、どの時点で解釈を間違ってた?
いや、だって日常生活でそんなに出会いとか回想しないからさ。基本は生き残るのに必死だし、ローエン君がおかしくなってたのだってさっき気付いたし。
トルドーさんだって、最初は共依存謀ってくるタイプだったのに、いつの間にか気のいいおじさんだったし。
そうなるまでは、関わるだけやばいなって思ってたから距離取ってたし。突っかかってこなくなってラク、程度に思ってたっていうか……。
いや、でも気のいいおじさんって、普通背後からえげつねぇ鈍器で、昔から知ってる子の胴体狙う?
それに、なんか色々あってまあいいかって思うくらい麻痺してたけど。これ、頑丈だからとか、骨いってないなら、とかそう言う問題じゃないよね?そもそも武器って味方に向けちゃだめだよね?
……え、待って?全然疑問に思ってなかったけど、冷静に考えたらそれも恐い。私いつからこんな考え方してた?一応医療職目指してたよね私!
前はもうちょっと、誰かが被害を受けた後の社会復帰への手間とか時間とかお金とかを考えて、覚悟もなく暴力振るうのは駄目だよねと思うくらいの倫理観はあっ、た…?のに!
いや、あったかな。こっちに来て数年は経つし、自信無くなってきた。
だいたい一般人でも知ってる法律なんて、皆やらかしかねない犯行だから仕方ないんだよ。
「どうしたのかな、シャロン?難しい顔をしているね」
「……いえ、ここまで長かったなー、と思って」
今16歳くらい?だよね。冬は8回程数えている。それだけこの世界にいて、大分いらない感じの影響を受けた訳だ。
それなのにまだ元の世界に戻る方法なんてさっぱりわからないし、ヤバ王が死んでも急に私の身体が発光して、なんて事態にもなってない。
ここから元の世界に戻る方法を探す、となると何年かかるんだろう。
ゲームでは呪いだとか魔物だとか、対外的なものが原因で精神を病んだなんて逃げ道はなかった。あくまで彼らは彼らとして、あらゆる選択の果てに狂っていくのだ。だからこそ手が付けられないし、どうしようもないんだけどな!
この国にあるのは、魔法と呼ばれる手品と、教訓染みた伝説だけだ。異世界、なんて欠片程度にも情報がない。
これは…他国の文化と知識人も当たらないといけないかな。
テアドール師匠のお陰で、吟遊詩人として独り立ちは出来たから。ちゃんとした王に国を任せて、落ち着いたらきっちりこの国からお暇しよう。元々そういう計画だった。
「………また遠くを見ているね」
「ん? ごめんね、トルドーさん。聞こえなかった」
まあ嘘だけどね。
ローエンもあんななのに、改めて思い出しても圧倒的にやばい人から、迂闊に注意を外すはずがない。
ローエンはまだ攻略対象だったから分かる。でもこの人が私をどう受け止めてそうなっちゃったんだか、本当に今の私には分からない。
ひっくい声で呟いていたので、適当に振り向けば、薄く開いた目が何か値踏みするようにこちらを見ていた。思い出したように朗らかな笑顔になると、トルドーさんは手を差し伸べてくる。
「ううん、なんでもないよ!さあ、ここからは僕に貴方をエスコートさせてもらえるかい?」
「……ええ、お願いします」
案の定何も聞けない人だな…知ってた。糸目の開眼三白眼キャラが何もないはずないだろ、というのは八つ当たりだ。
絶対に人を顔で判断しちゃいけない。この世界のヤンデレは大変幅が広いのだ。むしろ非の打ち所がない善人面の方が信用できないからね。
大丈夫。ここでローエンの二の舞はしない。
ひとにやっちゃだめ、な範囲が、少なくとも私とはずれ倒しているトルドーさんだ。日常生活でもふんわりおかしい彼だ。それでどんな惨事になるのか想像がつかない。
もうこの人が高笑いしながら城に火をつけ始めても一切驚かないよ私は。ドン引きはするけどな。
「君の為にドレスと、マントと……全部内緒で仕立てたんだ。皆で貴方を驚かせたくてね。きっと似合うよ」
分かる……ここで、どうせ王族とか貴族でもないから早々に城からいなくなるのに、とか言っちゃいけないのは分かる……。
ローエンを思い出せばわかるけど、初級編のフラグだよこれは。一番安易に仄めかしちゃいけない情報だ。
フラグを折ったつもりでいた当時だって、全部片付いたら旅にでるつもりだとか。絶対にやばいと思って、誰にも言ってなかったのにローエンにばれてたし。彼みたいに、私のささやかな希望を聞いて、誰が豹変するかも分からない。
多分普段から仲良くしてる人は全員警戒が必要だろう。だいたい大層なのを用意した皆って誰だよ、とか気になりすぎるけど…いやマジで誰だよ…。
大袈裟かもしれないし、うぬぼれも過ぎるけど。ふざけてるのがここまでの展開、私の関係者しかいないのだ。
流石におかしいでしょう。普段だって大手を振って通れなかった城の中をエスコートされて、誰も文句を言いに来ないのは。
豪華な調度品、金糸の刺繍が美しい閉め切られた赤いカーテン、踵の高い靴の音も、柔らかに吸い込む絨毯だって華やかな模様で編まれている。
ここは、基本薄汚れて暗い城の中で、唯一絢爛豪華に整えられた玉座と王の部屋を結ぶ廊下だ。ゲームのシャロンは此処を通って、ヤバ王の元に呼び出されていたから覚えてる。
さっきまでどこかで戦っていたみたいなのに、ここには血の跡ひとつないし、誰もいない。
いないのだ。敵対していた、ヤバ王におもねっていた、あるいは裏から操っていた連中が。演出的な意図もあったんだろうけど。この廊下では使用人ですら敵だったのに。誰もいなくなって、いつものように私の歩みを遮るひとがいない。
自然ときょろりと周囲を見渡していたら、頭3つ分は余裕で高い男が愉しそうに笑うのが見えた。
「誰もいないのはどうしてって、顔をしているね。作戦を伏せたのは正解だったのか。……ウィンステンの坊やの発案だったのが癪だけどね。僕より君のことを知ってるみたいだ」
これ、糸目の三十路が、切なげに言ってるように聞こえるんだけどね。残念ながらまともな連中を探す方が難しいゲームだからね。
やっぱあの時もうちょっと遠心力生かしておけばよかった、みたいな顔をするんじゃないよ。流石のローエン君も不意打ちであれ以上は死んでしまうよ。
握られた手に、さりげなくもガッツリ指が絡んできてるから、多分抜け出そうとした瞬間に握りつぶされる展開も視野に入れた方が良い気がしている。
「………これは、どこに向かっているの。地下牢とかなら勘弁なんだけど」
「僕がシャロンをそんなところに連れていくはずがないだろ?ちゃんと君のための部屋だよ。少し悪趣味な家具を出すのに手間取ったんだ。元々は片付けも済んだからと呼びに来ていたんだよ」
「……あの部屋、気に入っていたのになぁ」
「いくら君のお願いでも、これからを考えるとそのままあそこの部屋って訳にはいかないよ!警備のこともあるからね。ちゃんと相談して決めたんだ」
「何を言わなかったのか、教えてくれるつもりはあるのかな?」
「さあね。シャロンに言ったら、絶対に止めるから。ちゃんと手遅れになってからじゃないと。……君に欲がなさ過ぎたのが悪いんだ。もう望めば何でも手に入っただろう。君の為にこぞって誰かが用意しただろうし、自分自身で勝ち取れたんだ」
吟遊詩人は表現がオーバーで困る。
私の身なりに大騒ぎするのなんて、貴方以外にそんなにいなかった気がするけどね。父のことだけで一緒にいたと思っていたのに。案外観察されていたようだ。
よくしゃべるなぁ、と思う。
吟遊詩人を片手間に出来るほど、語って聞かせるのはうまい男だ。口を挟む隙もない。
単純に、はーときゃっちヤバ王からのテンションの乱高下についていけないのもある。
もう別荘(廃屋)かえっちゃだめ?3日くらいごろごろして、ようやく回復の目途が立つ程度の倦怠感なんだけど。
「でも、君はそうしなかった。何か確かめる度、下手なカードを掴んだ顔をして、段々期待すらしなくなった。だから君はもう、この国に必要なものがないんだって、みんな知っていたんだよ。絶対に、いつかこの国から出て行くんだって」
なんでばれてんだよ……大正解だよ……。
この人たちの恐いところは、特に答え合わせもしていないのに、確信を得て行動までしちゃうところだよね。これが的外れなら自信を持って否定できるけど、合ってるから恐ろしい。
「何も知ろうとしなかったね。功績の全てを手放したね。僕らが、君を助けると言ったときは、いつも少し困った顔をしていたよ。絶対に、僕らが君を助けるのを当然にはしてくれなかった」
私だってテレビ画面で、安易な同意がシャロンの首を絞めるのを、散々見てきたからね。
むしろそれを面白がってがんがんヤバそうな選択肢選んでたからな。
しかし今は現実で、うまいことこの場を乗り切れるような選択肢なんて欠片も出てはくれないので、微笑むことしかできない。
「違うって、言わないんだね。そんなつもりはないって、言わないんだ」
たとえば間違ったってその通りだよ、とは言えない状況で、何か耐えたような男に握られた手に不穏に力を込められてもだ。