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11.結び文句にも気をつけた方が良い

もうノれればなんでも良かったひと達が空気を読んでくれたので、あの日のエアマンドリンはたいへん盛況だったし。中にはちゃんと知り合いになって、私の境遇に同情してくれる人もいた。


何人かは目ぇやばかったけどね。多分両親絡みだが、直接口に出すトルドー氏よりは分別がある。


値踏みした後そのまま距離を取る人もいれば、なにくれとなく世話を焼いてくれる人もいる。


そう、基本は良心的な人たちなのだ。個人として言葉を交わした後なら尚更、ただでさえ10歳にも満たない子どもを邪険にする人は少ない。


と、なるとあの日大変酒をまずくした当本人、それも今にも手に持ったフォークでブッ込みそうな吟遊詩人を、原因となる小児に近づける奴はいるかと言えば。


「おいおいおいトルド~!お前昨日も話の続きで行っちまっただろ?つれねぇな~」


「ちょっ…ラガルト邪魔だ退いてくれ!」


じゃないとコイツ殺せないってか。いいね、懐古的で。


ずるずると引きずられていく音がする辺り、全力で抵抗しているらしいが、相手は腕相撲チャンピオンラガルトさんだ。これは容易に抜けられないだろう。


トルドー氏とはこれで通算10回目の遭遇だけど、結局あれ以来突っ込んで話はしていない。


……その間ちらっと城の事情も調べたけど、かなりの情報が規制されているのがわかっていた。どうも私の立場が複雑というか、皆ちょっとずつ知っている真実がずれている、そんな気持ち悪さがある。


そんな中であの勢いの人と話すとこう……思い込みが恐いというか。結構猪突猛進で、ちょっとしたきっかけで物事の認識が大幅に変わる人、の過去話は用心したい。


ローエンに何度か案内してもらって、ようやく一人で外に出られるようになったけど。かつては平民として街に暮らし、母親と暮らす中であちこちで稼いでいたらしい彼からは、このユトリロの酒場以外は足を踏み入れるなと止められている。


ここであれば多少何が起こっても、助けてくれる人がいるからと。私も同感だ。以前殺意を向けてきた吟遊詩人を、うまく遠ざけてくれる。


それに多分この酒場に集っているの、シャロン父を知っている平民のひとと、元々城で働いていた人たちだ。


一応目指した職業柄、歩容だの歩調がどうだの吐きそうになりながら覚えていた。


まあ、きっちり評価できるかと言えば、レポートは訂正で真っ赤に染まる方だけど。それでも、職業と言うのは行動によく出る。


いつもネズミだって喰わないパンを置いていくメイドと、歩き方が同じご婦人。


堂々として、多少押されたってびくともしない、騎士に似た体格のおじさん。


編み棒と絹糸を繰ってレースを編む、口調がたいへんうつくしいおばあさん。


「こら~弦と指の動きに集中しろよ、ヤン。よそ見してる暇あるのか」


「あ、すみません!テア師匠!」


背後のやり取りに、相変わらずあのおひとはやべえな~と思っていたら、ぺしりと柔く頭をはたかれた。


慌てて弦に指を這わせて、暇な時間に散々練習した曲を弾く。


今学んでいるのは、ローエンが弾いていたテンポが速くて楽しい曲だ。真剣に聞いてくれた師匠に、うまくなったね、なんて世辞でも言われたら嬉しい。


そう、結局あれからマンドリンを習い始めたのだ。


今は週に4回ほど。指導のお礼はただでいいと言われたけど、その日稼げた分を山分けという風にごねた。


だって、私の面倒見てる間に稼げないのに、微々たる額も受け取ってくれないんじゃ申し訳ない。うっかり次回私が死んでる可能性だってある。


気にしなくてもいいのに、と笑うテア師匠……彼女はいつも気だるげで、少しハスキーな声が魅力的な綺麗系の女性である。2度めに酒場に来て早々、襟に彼女の指先がかかって引き留められた時は驚いたものだ。


『ねえ、初めてはトルドーじゃなくて私にしない?』


『語弊……!』


『テア姐さん、うちの弟分をからかわんでください……』


うん、何事かと思ったね。なお、ふでおろしかと言った酔っぱらいは、何か勘付いている客により鼻からビール飲まされてた。


この人も吟遊詩人で、あちこちの酒場を回っているけど。あのパフォーマンスをした奴が実際楽器弾けるようになったら何するのかみたい、と最高によくわからない理由で、今は使ってないらしいマンドリンを頂いたのである。


小ぶりで少し塗装は剥げていたけど、懸命に弾き込んだ楽器らしい。どうにも手放しがたくて、と。だいじな楽器だろうに、壊れてもいいから早く独り立ちしなと預けてくれたからには、早めに自分で稼いでお返ししたい。


「今師匠って言った?!言ったよね!!なんで?僕がいるのに……!!」


「あれは無視して。反応したらつけあがるよ」


「うっす」


結局ローエン君とも相談して、男装は続けることにした。


多分10人中9人くらい言うだろうけど、決して偽名はヤンデレからは取っていない。


だっていつのまにか勝手に酒場の客から、呼ばれ始めていたからね。


下町の子にはよくいる短くて覚えやすい名前らしい。何かあってもよくある名前の少年、ということでごまかしやすいんだろう。


まあ何もないのが一番だけどね。

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