これはもう厄日
両者は一食触発だった。
それは私と傭兵崩れのせいだけではなく、相手の仲間も相当苛立っているのか殺気を向けてくる。
これまで自分達の思う通りになっいたせいか、傭兵崩れに人徳があるせいかは知らないが、それは生意気だった。
「喧嘩をするならよそでやってくれないか?ここは俺の店だ」
喧嘩しようとする相手には珍しい丁寧な言い方だったが、頑固とした意思が込められていた。
「……やーめた」
「あ゛ぁ?」
ドスのきいた声。
またイラっときたが、それでも私は再び喧嘩をしようとする気は起きなかった。
ここはグラマが言った通り、彼の店。
何年も膨大な金を貯め、三年前ようやく完成させたもの。
私はそのための過程をずっと見ていた。
店を営業するためにはここら一帯の裏の親玉に許可が必要だった。
グラマはそれを得るためのある程度の信頼と金を、自分自身の夢のためにずっと苦労しながら続けていた。
その努力の結晶がこの店。
私はそれを喧嘩ごときで壊す無粋な真似はしない。
……もう少しでしていたところだったけれども。
「私、帰る。グラマ、ごちそうさま」
ジュース代の金を置き、「また飲もうね」とエゾに声をかけた。
二人は「あぁ」とか「また来い」と返す。
「逃げるのか?」
鋭く睨まれた。
「そういうことでいいよ」
もう相手にするのがめんどくさい。
私は歩きながらそう適当に言って、バタンと扉を閉めた。
「厄介な奴に目つけられちゃったな」
最後に見えた傭兵崩れはギラギラとした悪意のこもった瞳をしていた。
ああゆう奴はしつこく、どこまでもめんどくさい。
決着を付けておくべきだったかと考えるが、やはりあの場ではしたくはない。
私はもう会わないことを祈った。
「これはもう、運がないというか厄日なのかな?」
私は歩いていたら突然後ろから剣で襲いかかってきた男に、素早くダガ—ではじき返す。
「くっ……消えた!?」
「こっちだよ」
背後に魔法を併用しながら回り、戸惑っている男に向かって声をかける。
「後ろか!」
振り向きざまに男は剣を大振りにふる。
しかしその勢いは黒猫に変身していた私を見て、途中でぴたりと止まってしまった。
「甘いね。猫も殺せないなんて」
「がはっ」
男の腹にダガ—が一本、いつの間にか刺さっていた。
そのことによって吐血し、地面に倒れる。
「この……汚い暗殺者め」
「後ろから襲ってきたのにそれを言うの?」
鼻で笑ってやる。
男は震える手で落ちてしまった剣を拾おうとするが、腕を踏みそれを阻止する。
それでもなお攻撃しようとするから、男の体を蹴った。
ごろごろと思いっきり蹴ったので転がっていく。
そのせいでダガーが体により深く入ってしまい、嘆くように呻いた。
「おや、じの……きも、こぅ……殺し、た……のか」
切れ切れに言葉を発しているが、はっきりと聞き取れない。
だけど『親父』と『殺す』いう言葉は分かった。
もうこれだけで十分だ。
私はダガーをもう一本、今度は心臓部分にめがけて刺す。
「ぁ……」
静かな場所でなければ掻き消えてしまうようなものを、息を吐くようにして出していた。
そして、憎しみがこもる目が徐々に空虚なものに変わる。
私はそれを確認し、二本のダガーを体から抜く。
血がどろりと溢れるように出て、赤い水たまりが男を中心として出来た。
私は直ぐにその場から立ち去る。
グラマの店からは離れていたので、死体をそのままにしていても迷惑はかからないだろう。
そして死体は生きるのに必死なものから身ぐるみを剥ぎ取られ、病気の元にならないよう始末される。
よくある話だ。
殺された人の家族や友人が復讐をしに来ることは。
例え依頼で雇われたものだとしても、それは変わらない。
いつからだろうか。
生きるためにと人間を殺しても、何も感じなくなってしまったのは。
最初は震えて、いやだいやだと泣いてのに。
嫌だ。
人を殺すことに慣れてしまった私が。
それでも暗殺者を続ける私が。
結局は自分が一番大切なんだろう。
だから人の屍を積み上げてまで、こうして生き続けているのだ。
だって、暗殺という技術しかない私は、そうするしか他に道はないのだから。