猫に憧れる暗殺者
それから、私はイディスの嫁となった。
……これは周りの者が言うことだ。
私はイディスの願いを取り下げてもらって、なるべく共にいるということに変えてもらった。
だから嫁になった訳ではないと声高々に言っているのだが、甘いスイーツなどの私の気を引くようなものを使った巧妙な手口によって、共にいる時間が長くなっていて、周りから暖かい目で見られるようになっている。
そもそも私が公爵家の屋敷にいるのも、それを促す原因だ。
私は屋敷の一室を与えられて住んでいる。
望んでそうなったのではない。
逆に隙あらば逃げようとしていた立場なのだから。
両手では数えられないほど、逃げようと行動した。
しかしそのときには強固な包囲網で、必ず連れ戻されてしまうのだ。
一度でも成功しそうなときはなかったので、逃げることは諦めてしまったのだが。
結局はイディスが言った結末になった。
しぶしぶ屋敷内で過ごす生活に慣れてきたころに、私は公爵家から脱出することとなった。
イディスに連れられてだ。
指を絡ませて手をつなぎ、王都を歩いた。
縁がなかったことから知らなかったが、デートで、恋人つなぎだった。
「男と女で二人のときは、こうするのが普通なんですよ」
恋人つなぎについて問いたときイディスにそう言われ、横に歩いていた男女が同じことをしていたから、私は長く騙されることになった。
王都から公爵家の領地の屋敷に移った後も似たような日々を過ごした。
そのときにはもう逃げる気は一切なかった。
そもそも私は友人としての好意はもっていたので、イディスと共に過ごすのが苦痛と感じたことなどはなかった。
ただ最後らへんは除くが、新月の日に会っていたときになかった体が熱くなる接し方だったので、逃げてしまいたいという衝動に駆られただけ。
貴族と暗殺者の身分というので、バレたときの迷惑をかけたくなかったということもあるが。
しかしそんな心配は必要ないことだった。
イディスは私の出生をとある田舎の体の弱い貴族にしたり、特徴的な黒髪金目を誤魔化す魔道具を用意していたり、家族の根回しはブラコンの妹のカロルからの強い視線をもらったぐらいで受け入れてもらう、という様々なことをしていたのだ。
「だから、後はリミが僕の気持ちを受け入れるだけなのですよ」
こうして現在、私は手を取られ指先に口付けされている。
野原に健気に咲くタンポポが風揺れ、近くで蝶々が飛んでいる風景だ。
未だイディスからのその触れ合いに慣れない私が耳まで赤くなっているのはいつものことだ。
きっと、手を振り払わずにいるのが私の心の内を表しているのだろう。
王都の屋敷で人を殺してまで、そしてデートで逃げなかったことから、私はイディスと向き合おうと努力はしていたのだろう。
自分の恋愛に関する気持ちはよく分からないから、だろうと語尾につけてしまうが、嫌とは思ったことは一度もなかった。
私は自由に生きたかった。
猫のようにと魔法で変身ができるぐらいまでの願望を抱いてまで、そう思っていた。
しかし今は嫁という在り方は想像できないが、イディスと共に生きていくのも悪くないと思っている。
三人の幼い弟子はエゾと同じように雇われることになったので屋敷内で会うことや技術を伝う時間はとってくれるし、グラマの店は王都に出かけるときにイディスと共に飲みに行くし、公爵家の兵に混じって訓練に参加して体を動かせれるし、カロルとは話が合うので盛り上がる。
拒む理由はそうないのだ。
お義母さんやカロルからの食事や淑女のマナーを叩き込まれたりするぐらいしか。
だから首輪や飼い主の役割を果たすイディスの存在を受け入れて生きていくのもいいだろう。
猫に憧れていたのだから、飼い猫のような立場になっても幼かった私の考えと同じだ。
それに逃さないと言いながらも、こうして私の気持ちを無視しないイディスなら長くやっていける気がする。
これらの自分の気持ちを伝えるために、私を見つめるイディスに見つめ返す。
話し終えたら何をされるか大体の行動は予想できるから、回避するのを考えながら。
私はそのときにイディスがどんな表情をするのか、想像を膨らまして、笑みをこぼした。
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