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走って走って斬って走って

「ちっ。気付かれたか」


 セラグが出した声が大きかったせいで、兵に誰かがいるってことがバレたようだった。

 しかし私にはそれよりも。


「セラグを放して」

「それは無理な注文だなぁ。……だが俺の言うとおりにしてくれんなら、そのぐらいの願いは叶えてやるよ」


 ニヤニヤと愉快そうにしている。

 実際楽しいのだろう。

 女の私が気に入らないらしいし、睨みつけるしかできない私にはザハロスにとって滑稽なことだろう。


「何をすればいいの」

「なに、簡単なことだ。囮になってくれればいい。ただそれだけだ」

「……私に死ねって?」

「そうは言ってねぇが、まあ、そうなるな」


 傷や兵の数を見て、ザハロスはそう言った。

 その瞬間を狙ってセラグを取り返そうとするが、「動くな」とセラグに剣を頬にあてられ、私は何もできなくなった。


「別に見捨ててもいいだぜ?こいつに囮役をやってもらうだけだからなぁ」

「……やめて」

「だめ!ししょ、んんー!」

「お前は黙ってろ!」


 どうすることもできない。

 この状況の解決策も、考えさせてくれる時間もない。


「……分かった。だから、今すぐセラグを放して」

「ちゃんとキャッチしろよ?ほらよっ!」


 放物線を描いてセラグは門の方向へと投げられた。

 私は魔法で強化して走り出す。

 私を嘲笑うのが聴こえてくるが、それよりも兵や騎士は突然飛び出してきた私とセラグに注目がいったようだった。


「返してっ!」

「は、えっ?」


 セラグをキャッチした兵に殴ると、ブゴッと変な音を出して沈んだ。

 頬に一筋の血が流れている以外はセラグは無事だった。 


 良かったと声に出す暇もなく、兵と一部騎士が混じって私を取り押さえようとしてくる。


「ごめん、セラグ」

「……え、うわあ!」


 再びセラグは宙に舞った。

 抱えたままではこんな人数は対処できない。

 ポイッと上に投げて、ダガーで剣を薙ぎ払う。

 そのままふらついた兵を蹴り飛ばしてその仲間にあて、二撃目に入る騎士の剣に応酬する。


 その様子に兵は何も手出しできなかった。

 目で追うことができないぐらいの速さなのだ。

 私と騎士には見えるが、兵とは実力に間が空きすぎている。

 刃と刃が交わる不快な音が響いたころに、セラグは落ちてきた。

 その手には短剣が握られていて、騎士は着地点から身を離れた。


 その隙を私は逃げの一手に使った。

 このままでは、人数差で圧倒的不利だ。

 門に向かうのは無理だったので、元いた方向へと走る。

 兵が立ちはだかるが一瞬で蹴散らし、セラグに走ることのみをさせる。

 私は先程兵から奪った剣で、ある一点を狙って投げた。


 そこにいるのはザハロスだ。

 ずっと嫌な視線を感じていたので、ザハロスにも兵が向かうようにしておく。

 遠くで舌打ちをして投げた剣を弾き返す音を聞きながら、私とセラグは物陰に隠れるように走った。



 走って、走って、斬って、走って。

 ときに切り刻まれながら、セラグには傷をつけられないよう魔法からかばって、走って。

 魔力が尽きようとしても絞りだして魔法を行使して、走って傷を受けて。

 私の惨状に声を押し殺して泣いているセラグに、大丈夫と息を切らしながら声をかけた。



 そしてようやく兵達を撒くと、私は張り巡らせていた緊張がとけて体から力が抜けた。


「師匠、だめっ。死なないで……!」

「……誰か死ぬって?」


 あんなに数多くの傷を受けたにも関わらず、私の体の部位は欠陥していないし肩の傷のよりも大きな怪我はしなかった。

 血は流れすぎて体力を使い切ってしまったが、休憩すれば戦えるしまだ死ねない。


 セラグに向かって杞憂を笑い飛ばそうとすると、カハッと口から血が出た。

 そのせいで泣き腫れている目元に涙が落ちてしまったので、拭おうと重たい腕を動かそうとする前に、自身で荒っぽく拭う方が速かった。


「もしも、私が死んでしまって、逃げれないってなったら。……セラグは戦うよりも、大人しく捕まって、ね」


 セラグは幼いから、殺されることはないかもしれない。

 むしろ戦うことになっての殺される方が高いと思う。


「……やだ。僕、弱いままが嫌で弟子になった。だから師匠と、最後まで戦う」

「お願い、セラグ。いつもみたいに聞き分けのいい弟子でいて」


 セラグは嫌だ嫌だと首を振る。

 あぁ、もうしょうがない。

 こうなってしまったら頑固なので、私の願いは聞いてくれないだろう。

 だからごめんねと呟き、なけなしの力でセラグの意識を刈り取った。


「私はどうなってもいい。……だから、この子は生かしてほしい」


 ガサリと音がして、二人の男が出てきた。

 今の私では仮面のかぶった貴族はともかく、その護衛の者には勝てそうもない強者だった。



 貴族が何かを言った。

 口を動かしていることは分かったが、よく聞き取れない。

 だが、私の言ったことに了承しているようだった。 


 ぐらぐらとおぼつかない視界で、私は貴族の目を見た。

 嘘を言っているような瞳ではなかった。

 視界が赤で染まっているから瞳の色までは分からないが、どこかで見たような真っ直ぐに私を見る目は好ましく、信じてよい相手だと思った。


 それを最後に私の意識は遠のき、深い闇へと沈んだ。

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