傭兵崩れも嫌な奴
グラマは客が来た瞬間、怒りの表情を消し無表情で「いらっしゃい」と一言。
その変わり身の様子は流石なもので感心してしまった。
顔に傷がある親玉らしき男はドカリと椅子に座った。
その後に周りの男達も習って座り、店の酒を全部消費してしまうぐらいの量を頼んだ。
そのことによって、私とエゾしかいなかったときとはうって変わり、一気に店内が忙しくなった。
流石に一人で店を回せなくなったのか、グラマは自身の息子を呼びジョッキや酒を樽ごと運ぶ。
男達は酒を飲んでからそう時間はかからず、ギャハハと笑い合う声を響かせるようになった。
内容は性根が腐っていることが分かるもので、「俺は五人殺した」「女の泣き叫ぶ声で興奮して堪らねえ」「必死に命乞いする姿は傑作だった」などで、不快な気持ちにさせられた。
それは聴きたくなくとも、大声で話すものだから嫌でも耳に入ってくる。
「せっかくのケーキが台無し」
私は隣に座るエゾにだけ聴こえる声量で言う。
パクっとケーキを一口食べるが、甘さがあまり感じられない。
店は裏稼業の取引を行うこともあるので、道の奥まったところにあった。
そのせいであまり人に知られていなくて来る客は少ない。
しかし珍しい酒が揃えてあったり、料理は美味しいので、知る人ぞ知る店ということになっていた。
私はそんなグラマの店が気に入っていた。
外見はボロついているが中は綺麗に清潔にしてあって、明るすぎないほんのり暗くなっている店内は、闇に慣れている私には居心地が良い。
それが今ではどうだろうか。
私は裏の人間の中でも、特に非道な奴らが集まっている店内を見回してはぁ、と溜息を吐いた。
「あいつら、最近有名な盗賊だな」
「へぇ、そうなの?」
「よく村を派手に荒回っているらしい。小賢く強い傭兵崩れが率いているらしくてな、討伐しようとした領地の兵が返り討ちにされ、それで国が動いているらしいが、捕まえるのに手を焼いているらしいことでよく話題になっているぞ」
知らなかった。
裏稼業の者にとって、情報は一つあるかないかで命取りとなることもある。
最近は仕事が忙しかったあまり、疎かになっていた。
明日からしばらく情報収集でもするかなぁと考えていると、「賞金首となっているがやるか?」とエゾは悪そうな顔をしていた。
「私はいいや。別にお金には困ってないし。エゾは?」
「無理無理。俺だとすぐに返り討ちにされるからなぁ」
ぐびりと酒を飲んだ。
エゾはそこまで弱いという訳ではないが、リーダーとなっている傭兵崩れは強い。
敵を見極めるのはこの業界で生き残り続けるための能力だが、大体私と同じぐらいの強さとみた。
そこまでの奴なら傭兵をやってたほうがよっぽど稼げたはずだが、そこはやっぱり性格に難があったのだろう。
下品に笑っているのがとても似合っている相貌だし。
「そこに女がいるじゃねぇか」
舐めつくような視線とともに、傭兵崩れは言った。
相当酔っているのか、それとも頭が元々馬鹿だったのか、私を見つけるや否や「酌をしろ」とせがんでくる。
「……」
「おい、聞いてんのかぁ?」
私は無視。
こういう馬鹿は放って置くのが一番だ。
エゾが心配そうに見ているが、私の堪忍袋の緒はそう簡単に切れない。
ただ絡まれるのは精神的に参りそうだから、帰ろうかと考える。
「ビビって声出ねえのか?」
「……それは、喧嘩を売っているの?」
エゾが「おい」という視線を送ってきた。
誤解しないで欲しい。
これにはちゃんとした理由がある。
本当にか弱い女に見えたのかは知らないが、男と違って女である私が裏業界では舐められたら終わりなのだ。
足元を見られたり、色仕掛けで対象を殺していると勘違いされる。
もしそうなったら、依頼が少なくなったり娼婦の真似事をしなければならなくなったりとマイナスなことばかりだ。
……まあ、実際はただ切れただけなんだけど。
冷静ぶってたけど、本当はばか騒ぎしている時点でイライラしていた。
それが抑えきれなくなって、結果これだ。
「てめえ……、女のくせに調子乗ってんじゃねえぞ」
だから、そういう女を舐めてるところが喧嘩を売ってるんだって。