三人のための死ぬ覚悟
ガタン、と車体が揺れた。
多分小石があったとかの原因だろう。
そのぐらいの揺れは馬車に乗っていれば必ずあるものだが、ずっと整備されていた道を通っていたので「痛っ」という声が隣から舌打ちが向かい側から聞こえた。
隣は私が暗殺の技術を教えて面倒を見ている子達だ。
ネロとノイの名前の二人で、共に女の子。
六歳と八歳ぐらいの子だ。
向かい側は傭兵崩れの男とその仲間だ。
名前はザハロスだっただろうか。
最近は噂で話を聞かないからうろ覚えだ。
人数は昔より半分以上減っている。
ここにいる者達が全員だとすると、弱い者は死に強い者だけが生き残ったようだ。
それにザハロスが鍛えたのか、武器も防具も高い金で買ったのか良い代物で、前より数段も強くなっている。
現在は馬車の荷台にいるのだが、他にも幾人かいる。
どの人も強い奴らばっかりだ。
この中で弱い者といえば、私が面倒を見ている子達だろう。
一年の教える期間としては技術は身についているほうだがそれでもまだまだ拙い。
ただ、気配を消して行動するのは私を除いて上位になるだろう。
最初にそれだけを徹底的に鍛え、武器を扱ったりするのは後にしたのだから。
あと一人面倒を見ている男の子のセラグがいるのだが、その子は違う馬車の荷台にいる。
三人は私を縛る鎖のようなものだ。
仕事を投げ出して逃げないようにするための。
馬車二台はすでに王城内の敷地に入っている。
食べ物を運ぶ馬車を装い、そして馬車の中身を確認する衛兵は仕事の手引きをする仲間だったようで簡単に事が進んだ。
今日は仮面を被っての特殊な舞踏会らしく、その中で獅子の仮面を被った王を殺すのが仕事だ。
身分を隠すためにランダムに仮面を配っているらしいが、そうなるように手配しているらしい。
依頼は成功するかは五分五分だ。
予想以上に人を雇っているし、成功させるために様々なサポートをしている。
だが、そのことはどっちでもいい。
私と面倒を見ている三人の子達が無事に生き残れるかが重要なのだ。
「うぅ。痛いよー」
「このぐらい、リミの訓練に比べたらへっちゃらー」
「あ、呼び捨て!師匠って言わないといけないんだよー」
こんな風に呑気に話しているネロとノイを見ると、私が悩んでいるのが馬鹿らしくなるが、重要なのだ。
「「王様殺すぞー」」とやる気ばっちりの様子だが、幼いながらにも冷静に判断できるセラグに手伝ってもらい二人を連れて王城から脱出しなければ。
「リミ、怖い顔してるー」
「ほんとだ!」
「大丈夫ー?」
ぺたぺたと私の顔を触ってくるネロとノイをまとめて抱きしめる。
くるしー!っと言っているが、そのぐらいは受け止めてほしい。
こんな私に似た馬鹿な子達だけど、命を一番に考えてほしい。
敵は城の騎士以外にもいるのだ。
依頼主の子飼いの者後逃げ出さないように見張っているし、傭兵崩れのザハロスが今だ昔のことを覚えているのか、ギラギラと見ていていつ何をされるか分かったものではない。
周りは敵だらけだ。
王城の塀の外から陽動で襲撃をかける方があるのに、王を殺す方へ来ている弱いエゾはあまり頼りにならないし、他に信頼して頼ることができる知り合いはいない。
ため息をついて抱きしめる力を弱めると、何を思ったのか逆に抱きしめ返してくるネロとノイ。
セラグの場合だと照れて逃げていくのもため、甘えたがりで素直な二人を見習ってほしい。
私は子達のためなら死んでもいいと思っている。
昔は自分のことだけしか考えていなかったが、技術の伝承のために面倒をみることになって、守りたいと思うようになった。
心残りはある。
猫のように自由にしがらみのない人生を送りたかったことだ。
それは普通の村娘やパン屋の娘のような生活。
昔は裏社会で暗殺者として特徴的な髪と瞳をしていたせいで、堂々と日の当たる道を変装なしで歩けなかったことから曖昧なイメージとして思っていたけれど、今となっては幼いころに望んでいた具体的なことは分かる。
普通の女の子になりたかったんだ。
だがそんな望みは絶対に叶わない。
生きるために人を殺しすぎた。
だから諦めがつく。
後はイディスだろうか。
別れの言葉は伝えたが、まだまだ話したいことがいっぱいある。
思えば、一番楽しかった時間だった。
他の人と話すときは情報を交換したりするので、自分が暗殺者だってことを頭のどこかで感じているが、イディス相手だとありのままの素の自分でいられた。
素の自分。
……あぁ、そうか。
ただの女の子でいられた幸せな時間だったのだ。
少しの新月の日の一夜だけの時間だったけれど、それがとても大切だった。
「……死にたくないな」
本音が漏れる。
覚悟が揺らいでしまう。
「なら、死ななければいいよ!」
「そうそう!無理ならうちが守ってあげるー」
なんでそんな自信満々なのだろうか。
自分の力も判断できずにそんなことを言って。
だから、なんとしてもこの馬鹿な子達を守ってあげなくては。
ここにはいないセラグも含めて。
それに暗殺の依頼で危険でないことなど一度たりともなく、記憶に残っていない幼いころからあったというのに。
ただ誰かのために死ぬとあうことが追加されただけ。
こうして覚悟が決まったところで、馬車の揺れが止まった。
時刻はまだ夕方だが、舞踏会は夜。
時間が余っているが、移動などですぐになくなるだろう。
そしてその後は敵味方混じって戦うことになる。
私は最終の武器や魔道具などを確認してセラグと合流すると、夜会の会場となるまでの道を先導する者に監視される視線を四方から感じながらついていった。




