グラマの店にて
私はグラマの店でお酒を飲んでいた。
不味い酒だ。
最初は甘くてまろやかな果実酒だったのだが、味わうことなく次から次へと量だけを求めて飲んでいるうちに安さだけが取り柄の酒が出されるようになった。
何杯目かは分からない。
数える気もない。
ただただ私は普段飲まない酒を感情のままに喉に滑らせた。
「……もうやめたらどうだ」
「ん~、なにがぁ?」
「酔いつぶれても知らないぞ」
「まだまだー!もっとのめるし~のみたりなーい」
おかわりーと差し出したグラスを、グラマは深いため息をついて取り上げた。
「あー!」
「お前はこれでも飲んでおけ」
代わりに半分ぐらい液体が入ったコップをくれた。
わあーい、と生き生きと飲む。
「んー?あじしないよー」
「ただの水だからな。頭を冷やせ」
おさけー、と手を伸ばしてもバシッとはたかれて別のお客さんのところに行ってしまった。
しょうがなく、ちびちびと水を飲む。
ふわふわとした思考が少しは収まったような感じがした。
それでもお酒が飲みたいのには変わらない。
私は隠すように置いてあったお酒の瓶を発見し、グラマが見ていない間に手に入れて瓶のままラッパ飲みした。
それはお客さんからすぐに見つかって、グラマに没収され拳骨を落とされた。
とてつもなく痛い。
「うぅ」
私はじんじんとする頭を押さえながら、飲みすぎた障害が今になって押し寄せて気持ち悪くなったものとも戦う。
吐きはしないが、私はひんやりとする机に顔をあてて伏せる。
ようやく冷静になった頭で、なんでこんなにお酒を飲んでいたのを記憶からさかのぼる。
そして原因を思い出してもだえると、頭痛が酷くなってまた呻いた。
私がこんな風になっているのは前の新月の日のせいだ。
「待っています」と言われて行かないのはなんだか悔しいので、夜会があった日のことを消化できないまま屋敷へ向かった。
イディスは警戒している私を見て面白そうにしていた。
私は何があってもいいようにある程度距離を空けていた。
だがいつのまにか隣にいたり、物語に出てくる騎士のように指先に口付けをしたり、猫に変身した私を撫で回したりした。
過去にも似たようなことはされた覚えがあるが、その日は触れ合いが多かった。
からかっているだけだ。
イディスが私を欲しいなんて。
きっと友達として離れたくないという私と同じだけ。
キスされたのだって親愛の表れなのだ。
そう無理やり自分を納得させて挑んだのに、イディスは真っ直ぐな目であのときと同じ言葉を紡ぐ。
そのことに私は意を決して『欲しい』の深い意味を尋ねた。
暗殺者としての自分を求めるなら分かる。
私は有能だ。
イディスは忌諱しているので依頼主になったことなど、暗殺に関係ないことで一度しかない。
だが熱を含んだ瞳なのだ。
そういう瞳は友人として見ているのではなく、異性の愛する人に向けるもので。
こんなふうに考えるだけでは、変な方向に突き進んでしまうだけだから、回りくどいような言い回しではない直接的な言葉を私は欲したのだ。
そしてイディスの答えは、私が考えてしまっていたものと同じものだった。
いや、それ以上のものかもしれない。
あんな誰かを愛する気持ちは深いものだとは私は知らなかった。
闇のように底知れないもので、怖いと思うぐらい。
イディスと友人というだけでいいのに。
暗殺者が貴族と友人というだけで過ぎ者なのだから、それ以上の関係なんて許されるはずがない。
それにイディスを異性として見たことなんてなかったのだから、いきなりそんなこと言われても戸惑うだけだ。
私に色恋沙汰なんて一生縁がないものだと思っていた。
生きるのだけで精一杯だし、裏社会で男に虐げられる女をたくさん見ていれば、ああはなりたくない、それならば一人でいたほうがいい、となる。
それに自分がそれほど長生きできるとは思っていなかったので関係ないと考えていたのだ。
以上をもってイディスとは友人の立場を貫きたいのだが、そのことを伝えても諦める様子はない。
しかしイディスは公爵家の領地へ帰るはずだから、会うことはないはずだ。
こっそりと一方的に見送りには行くが話すことはできないだろうし、前の新月の日に別れの言葉は伝えてきた。
そもそもイディスが私を好きになるなんておかしな話なのだ。
男が惹かれるような色気なんてないし、性格だって自分でいうのもなんだが子供っぽい。
きっとイディスは別れるのが嫌なだけで、自分の気持ちを勘違いしているのだ。
離れ離れになったら、自分の気持ちに整理がつくかもしれない。
私が大量に酒を飲んでやっているように。
「落ち着いたか」
お店で騒がしかったのが急に静かになって、グラマは自分から話しかけた。
私は飲みすぎたと自覚はあるので、一言謝っておいた。
営業妨害にはなっていないと思いたい。
「仕事の話をしたいんだが、いけそうか?」
「酔いはさめたよ」
明日になって仕事内容のことを忘れるということはないだろう。
「何年も前のことなんだが、金払いが悪くて依頼は受けないて言った貴族がいたこと覚えているか?」
「えーと……うん。覚えてるよ」
「その貴族のとこから依頼きたんだが、受けるか?」
昔イディスの屋敷を襲撃したところの貴族の連中からの依頼。
どうせここで断っても、直接依頼しに来るだろう。
私の実力をかっているようだし、勘がそうささやいている。
イディスのところをまた襲うのでなければ受けてもいいが、あの口が達者の貴族が来る可能性が高いのなら、前払いを勝ち取れなかったあの屈辱を晴らしたい。
私はこの場では受けないと伝え、そして予想通り前回と同じように貴族の子飼いのハンナが現れた。




