新月の日④
ぽたりぽたりと体から血を流し、私は地面を斑点にさせていた。
片脚を引きずりながら、月明かりがない夜空を見上げる。
今日は約束の日。
直前に仕事を受けていたのだが、油断して深い傷を負ってしまった。
ひとまず私は拠点にいって手当をする。
この場所はもう使えないだろう。
私が歩いた道筋が血のせいで辿られてしまう。
対象者は暗殺に成功したが、追っ手がいる。
私は包帯で脚をグルグルと巻き、荷物を纏めてから物陰に隠れるところに置く。
そしてイディスの元へ向かうことにした。
怪我をしていてもなお、そうすることは自分でも疑問に感じるが、イディスは毎回帰るときには「また来てください」と願うのだ。
暗殺者という仕事がそうさせているのだろうが、笑顔が標準のイディスが不安そうにするのだ。
ズキズキとする痛みで長居出来ないが、顔を見せるぐらいは出来る。
集中力をかき集め、私は大きめサイズで結界を無効化した。
痛みのせいで人間としての感覚のほうが強く、猫のイメージが出来ないからだ。
無効化するのも今では大変だが、変身することに比べればまだマシだ。
見回りの兵に見つからないようにしながら、いつもの倍をかけて二階にいるイディスの部屋に行く。
脚をかばいながら窓まで上がるが、鋭い痛みが起こり呻いてしまった。
「……リミ?」
声で気付いたようだ。
私は弱ったところを見せたくないから部屋には入らず、気取られないよう明るい声を意識する。
「こんばんわ。……来て早々だけど今日はもう帰るね」
不自然でイディスには何か感づかれているだろうが、次の約束の日までには傷もある程度治っているだろうから、言って逃げたもん勝ちだ。
後から何を言われてものらりくらりと躱せばいいだけ。
「じゃあ、バイバイ」
「……待ってください」
その言葉を聞かずに二階へと飛び降りようとしたが、ぐいっと腕を引っ張られ部屋へ引きずり込まれる。
痛みのせいもあるが、隠し事でイディスから目を反らしていたのでその行動は阻止できない。
受け身も採れずに床に衝突すると目を閉じたが、猫に変身しているときのように抱えられた。
そろりそろりとまぶたを開けると目の前にいるから、柄もなく悲鳴をあげて驚いてしまった。
「お、おろしてっ。私、帰る……。痛っ」
「……怪我をしているのですか」
隠し事がすぐにバレてしまった。
バタバタとするが、おろす意志はないと心臓の音が聴こえるぐらい抱きかかえられた。
「暴れないでください。落ちてしまったら、余計怪我が悪化しますよ」
「……うぅ」
私は痛みには弱いのだ。
身軽であることから力はなく速さを活かした戦闘スタイルにしていて、そのせいで避けたり受け流すことが多い。
つまり、痛みに慣れていない。
大人しくすると、スタスタと歩いて椅子に降ろされた。
そして怪我をしているところを観察される。
「これは数日前に怪我をしたものではないですね?」
「……」
「リミ、黙っていても無駄ですよ。包帯に血がついていますから」
血を固める薬を塗っておいたが、それでも血は止まらなかったようだ。
私は怪我を受けることになった経緯を話すことになった。
イディスの笑顔は怖いから、さっさと白状したほうが楽なのだ。
その間、イディスは血のにじんだ包帯を取って新しいのに変える。
自分でやると言ったのだが、どうやら私の巻き方は雑だったらしく譲らなかったのだ。
私は顔を苦痛で歪ませる。
丁寧に水で血の汚れを拭いたり新たに薬を塗られたりして、激痛が走るのだ。
それは涙目になるほどで、ごしごしと涙をぬぐった。
「終わりました」
「……ありがと」
「いえ」
強引に引き止められ治療されたので、私は聞こえるか聞こえないかの声で素直には感謝は言えなかったが、イディスには聞こえたようだった。
「じゃあ、今度こそ帰るね」
「……もう少し休憩していってはどうですか?なんなら屋敷で療養しても」
「駄目だよ、そんなの」
私は塗り薬のとき、効果はいいようだが強い痛みを補うようで大きめの声を出してしまった。
そのせいで近くにいた見回りにどうかしたのかと壁は挟んだものの尋ねられたのだ。
それに私は暗殺者なので、公爵家には受け入れられない存在なのだ。
隠し通せるわけはないので、私は帰るのが最善だ。
「体は大事にしてください。あと、あまり僕を心配させないでください」
「なるべく頑張るね」
「そこは約束してほしいところですね」
こんなになるまで約束を果たしに来たから同じようにしてほしいのだろうけど、私は守れない約束はしない。
今度こそ別れを告げ、私は屋敷から出た。




