新月の日③
貴族のベットを気に入ってよくごろごろとし、イディスがそれを見てため息をすることに慣れて来た頃だった。
私は咄嗟に話していたイディスの口を手で抑える。
どうしたのかと様子を伺っていて、案外落ち着いているのだなと思いながらジェスチャーで静かにするように示す。
私とイディスがいるのは寝室だが、その隣のイディスの部屋に誰かが侵入している。
気配を隠していないので私のように暗殺者ではないが、こんな皆が寝静まった時間帯に来る者だ。
私が警戒を露わにすると、「お兄様」と小鳥が鳴くような声が聞こえた。
「カロルですか?」
どうやらイディスの妹のようだ。
隠れることにし、二人の動向を見ることにする。
「起きていたの?」
「はい。読書をしていたので」
私と会っていることは秘密のこととはいえ、イディスは妹に笑顔で嘘を言えるものだ。
このぐらいは貴族には必須の芸なのだろうか。
そうだったら貴族の社会も恐ろしいところだ。
「それよりも、こんな夜更けにどうしたのですか?カロルが夜ふかしをするのは珍しいですね」
「うん。……えっと、雷が怖くて」
最後は消えるような声の小ささだった。
確かに、光ってはいないがごろごろと音が鳴っている。
この様子だと、今日はこれ以上話すのは無理だろうか。
私は面白くないなとカロルを慰めているのを見ると、イディスと目があった。
困ったような表情をしていた。
イディスは怖がっている妹を放っておけないだろうし、それで私を放っておくのも、と考えているだろう。
いつもは考えていることはよく分からないが、今は表情によく現れている。
それにしても魔法を使っていないとはいえ、イディスは私の居場所が分かったものだ。
私が訪れるときもなんとなく分かっているようだし。
通っている学園で剣や魔法の授業があるからと言ってはいたが、絶対にそれだけではないと思う。
本気ではないにしろ私が気配を隠しているのだから、それなりに訓練したんだろう。
「きゃあ」
雷が落ちた。
遠くのほうだが真っ暗なので光ると怖さが普通の倍だ。
カロルはイディスの腕の中で震えている。
兄妹の年齢に幅があるのでカロルは幼い。
私も雷が怖かった頃があったなと思い出し、微笑ましく見えた。
そうなると、この状況の手伝いをしたいと思えてくる。
私は幼い子供の相手は塾識していて、かわいいもの好きならいつもの方法は喜ぶだろう。
私は魔法で猫に変身する。
黒猫ではなく、情報収集用の白猫だ。
黒いと不吉だと思う人は一定数いるので、万人受けする白の方が良いことは分かっている。
猫に変身する魔法ではイメージが重要で、黒猫は簡単だったが白猫には膨大な時間をかけて変身するまでにはかけている。
つまり努力の塊が白猫だ。
この猫が好きにならなかったものなど、一人たりともいない。
いつものように、にゃーんと鳴く。
「猫……」
カロルは怯えた。
予想と違う反応だ。
だか白猫の姿を見ると明らかにほっとした。
どうしてだろうと考えると、そういえば屋敷に侵入して威圧を叩きつけた場に妹がいてトラウマになったとイディスから言われたのを思い出す。
すっかり忘れていた。
幸い黒猫じゃなかったからイディスにまた何か言われることはないだろう。
白猫に変身できることは話していなかったので後で問われることにはなるだろうが。
にこりとしている表情からそのことは容易に想像できる。
「どうしてここに猫がいるの?」
「……懐かれてしまってたのです。それで連れてきたのですよ」
イディスに持ち上げられ、頭を撫でられる。
触り心地の確認だろうか。
黒猫とは違ってふわふわの毛並みをしているからだが、以前しっぽを触られたことをどうしても思い出してしまいぞくぞくとする。
多分イディスにそのことは伝わっているだろう。
だんだんと笑みが深くなっているし、カロルの前だと暴れないことは分かっているので手や足を触ってくる。
「……お兄様、私も触りたいです」
うずうずしていたのを見て、私はイディスの元から抜け出しカロルへと向かう。
不満そうな気配がするが、私はイディスに触らせるために猫に変身したわけではない。
「わぁ……ふわふわ」
カロルはぎゅっと抱きしめる。
少し苦しいが、いたずらするような子供と比べたらまだまだ可愛らしいものだ。
幸せそうにしているのを見ると、やはり子供というのは好きだと思える。
「にゃあ」
「ふふっ。くすぐったいわ」
すり寄る顔に肉球をつけたりしてからかう。
雷の怖さは完全ではなくなったようだ。
光るとビクッとなるが、直前に目を隠してしまえば視覚からの怖さはなくなるので大分マシになったと思う。
こうしてしばらく雷雲が通り過ぎるまでカロルのところにいて、二人が私を飼おうかと話しているのを聞いて、私は逃げ出した。
反射的なことでしてしまったことであとから悪くはないなと思ったが、魔力がもたないしイディスにずっとからかわれるだけだから、その判断は正しいことをエゾに話すことで分かった。




