イディスの依頼
今日はイディスからの依頼の日。
なるべく身軽で逃げることに特化した装備で行く。
屋敷に到着して、私は一部の結界を無力化する。
前回のような警報はないことは知っている。
そのときは兵が少なかったので、警備のために公爵家全体をいつもの常備していた結界プラス警報をしていたのだ。
それでも私が来ることを知っていて警戒が強いので、私は猫に変身して小さな穴を作るようにして結界をくぐり抜けた。
私はイディスの魔力の質を覚えていたので、現在いる位置を確認し二階の部屋にいることが分かった。
夜とはいえ寝静まる時間ではないので、屋敷内を通るとすぐに見つかってしまう。
なので魔法を使って窓まで上がった。
道具を使ったほうが楽だが、跡をつけるのは怒られそうなのでやめておく。
そして鍵がかかって開かない窓なのでにゃーんとひと鳴き。
部屋内の話し声が聞こえなくなり、静かになったところでバンッと開いた。
私はその勢いでぶっ飛ばされた。
外開き窓ということを念頭に置いてなかった私も悪いとは思うが、窓を開けた護衛が一番悪い。
一瞬嫌な顔になったのを、私は見たのだ
あれは絶対にわざとだ。
私は二階から落ちたが、くるくると回って綺麗に着地をする。
見上げると、慌てたようにイディスが窓から身を乗り出していた。
再び窓のところまで行き、驚いているイディスの横を通って部屋に入る。
「……裏門から入るよう指示していたはずですが」
「仕事での癖だよ。どうどうと入ることはないからね」
実際は道中に見張られるのを嫌ったからだ。
私は何人か兵を殺した過去があるので恨みがある。
いちいち気を張らせて警戒するのも面倒なのだ。
一人で勝手に来たほうが早いこともあるが。
「それにしても痛かったんだけど」
「不審猫がいたら誰だってそうするだろう?」
「いや、私だって気付いていたよね?腕がひりひりしてるんだよ。絶対赤くなってるよ」
「黒くて分からん」
護衛はイディスを相手にするときと違い、私にはぞんざいだった。
私も様付けされてみたい。
リミ様。
良い響きだ。
一人でうんうんと満足そうにしていると、遠巻きにされた。
猫姿でやっていたので不気味に見えたからだ。
そうして落ち着いた頃にお茶とお菓子を提供された。
私は目を輝かせる。
お茶は良い匂いを漂わせ、お菓子はタルトで甘そうなイチゴがたくさん乗っている。
「毒は入っていないよね?」
「もちろんです。毒味をさせましょうか?」
「いい。契約をしたし、毒が入っているかどうか分かるから」
私とイディスは互いに危害を加えないことを契約した。
直接的にも間接的にも傷つけようとする意志があれば体に激痛が走ることになり、相手にそのことが分かるような仕掛けになっている。
イディスの感知するところではないところで害そうとすればできるので、毒が入っている可能性はあるが鍛えられているし解毒できるのでそこまで死の心配はしていない。
私は用意された椅子に変身をといて座り、パクリと私は食べる。
頬が自然と緩んだ。
「おいしい」
「口に合って良かったです」
「イディスは食べないの?」
私の分しかお菓子はなかった。
だからイディスはお茶だけだ。
「僕は夕食に食べましたので」
貴族だと毎日デザートが食べてるらしい。
羨ましいことだ。
「何を話すの?」
私がじっくりと味わって食べ終わり、書類仕事をしていたイディスのきりのよいところまで終わらせて話しかける。
美味しいものを食べさせてもらったので、依頼のやる気は十分だ。
そこからは呆気にとられるほど、他愛ない話をした。
好きな食べ物、身長、二歳差の年、甘えたがらない妹。
ただただ思いつくままに。
イディスに話を誘導されたかもしれないが、私にはそうだとしても気にならなかった。
なかなか楽しかったのだ。
途中の護衛と言い争いになって隙を見て、猫で引っかき傷をつけれたのが特に良かった。
また窓へ投げ出すために、首根っこを掴まえようと追いかけてきて大変だったが。
私は一生護衛とは相容れないだろうなと思った。
「報酬です」
そう言ってお金とダガーが机に置かれた。
「よくダガーこんなにとってあったね」
「こういうときのためにとっておきましたので」
一、二本少ないだけで、回収できなかったダガーは戻ってきた。
「ねえ、イディスは私のこと恨んでいないの?」
イディスは私に負の気持ちを抱いていないようだった。
私は何人も兵を殺したのに、親しみを持って接してくる。
「顔見知りの兵が殺されてしまって何も思わない訳ではありませんが、彼らは仕事上死んでしまうこともあることは承知しています。それにリミは依頼されただけですし、恨むとしたら酷な殺し方をした者です」
同じ依頼を受けた人達の中でイディスが言うような人はいた。
一思いに殺せる相手にも関わらず必要以上に兵をいたぶっていたのを私は戦闘中見た。
たしかにあれは酷かった。
「リミは暗殺者以外に生きる道はないのですか?」
「ないよ。私はそれしか能力を持っていないし、何人も殺しすぎている」
恨まれるすぎているし有名だから、ここしか私の居場所はないだろう。
私は特徴的な髪と目をしているから、暗殺者の自分を捨てて紛れ込むことは出来ないのだ。
「じゃあね。最後は暗くなったけど、仕事で楽しかったのは初めてだったよ」
「僕も有意義な時間でした」
「……ねえ、ちょっと耳貸して」
「内緒話ですか?」
「うん」
余計なことをするなよと護衛に睨まれる中、私はイディスに「また来ていい?」と言う。
「……ほんとに楽しかったの。私、友達も少ないし、契約しているから警戒しなくていいから」
彼の礼儀正しい話し方はかた苦しくなく、そして居心地が良かった。
敵だと認識していたが、話しているうちに友人に変わってしまったのだ。
友人認定しているのは私だけかもしれないが、だけどまた話したいと思ったのだ。
「いいですよ。ですが今度は二人で話しませんか?今回のことは周りにいい顔はされませんでしたので、隠れてこっそりと」
イディスはちらりと護衛を見て、にやりとした。
年下のせいで女のような可愛い顔立ちをしているのでそれはあまり表現出来ていなかったのに意識を持っていかれそうになるが、それは置いといて。
私はイディスと新月の日に話すことを約束した。
いつまでもコソコソとしているのに護衛は怪しんでいたが、私とイディスはそんなことを気にしずに、ふふっと笑いあった。




