後処理と護衛との会話 ※イディス視点
夜が明け、僕は父の代官と報告を聴いた。
侵入者の数はいつもの倍以上だった。
それは今回の襲撃が本気だったことで、十二人の死者とそれ以上の負傷者が出た。
一生治ることのない傷を受けた者も少なくない。
侵入者の内容は実力のある者から素人当然のような者まで幅広かった。
全員実力がある者ではなかったのは幸いだったが、素人相手にもこちらの人数を割かなくてはならなかった。
そのせいで実力のある侵入者に勝手を許して、負傷者や屋敷の中にまで入られたようだ。
僕の部屋に一直線に来たということで、ぞっとする。
もし避難していなければ、生きてはいなかったかもしれない。
それでも一匹には避難場所を発見されたのだが。
黒猫は兵の囲みを突破し、屋敷の前での交戦では魔道士も何人かいたにもかかわらず、互角の戦いをしたらしい。
隠れていたときに戦わなかったことに安堵する。
被害がどれだけ出るかが分かったものではない。
そういえば、猫は僕とそう変わらない身長の少女なようだ。
猫によく変身する腕ききの暗殺者として有名らしい。
幼いにもかかわらずそう評価されていて、どんな生活を送ってきたのだろうか。
過酷には違いない。
僕は貴族として生まれ平民からの税などから生活は成り立っているので困ったことはないが、他の大勢は生活するために働かなくてはならない。
貴族も平民を守るために義務やら勉強やら大変だが、幼い子供が暗殺者をしているよりかは過酷ではない。
「イディス様、考え事もいいですが休憩をしてはどうでしょう。朝から動き続けていますし」
「そうですね。すっかり忘れていました」
護衛に言われ、思った以上に時間が経っていたことに気付く。
「何か悩んでいるのでしたら、話を聴きますよ」
「そのように見えましたか?」
「お茶を飲みながら、どこか上の空ですから」
「そこまで顔には出ていないと思いますが……」
「長い付き合いですから」
心の内を悟られないように、いかなるときでも気をつけているがまだまだらしい。
あまり寝ていないし、我が家ということもあって気が緩んでいることもあるが。
「悩みという大層なものではないですよ。ただ、彼女について考えていたのです」
「彼女……黒猫のことですか?」
「はい」
彼女はよく分からない。
時間が経った今でもそうだ。
貴族と暗殺者という身分なので、考え方が違うのは当たり前なのだが。
「あまり深く考えすぎないほうがいいですよ。あれは思いついたまま行動しているようなふしがありますから」
それでも考えてしまう。
つまり、これは……
「そうか。僕は彼女に興味があるのか」
猫の彼女は僕に興味があると言った。
今はもうそんなものなくなってしまっているだろうが、お互いに同じことを思っていたのか。
「……イディス様。暗殺者について興味をもっても時間の無駄です」
「無駄かどうかは僕が決めます」
ピシャリと言い放つ。
護衛が何か言おうとして、コンコンと軽いノック音が響いたことで口を閉ざした。
侍女が誰かを確認する。
しかしその前に扉が開いた。
「カロルですか。気分はどうですか?」
訪ねてきたのは、ひょこっと顔を覗かせて入っていいか迷っている妹だった。
威圧にあてられ、そして死体は見させないようにしたが血の匂いが漂っていたせいで具合を悪くさせてしまった。
カロルはぱぁっと笑みを浮かべ、駆け寄ってくる。
「もう平気よ」
カロルは頭を押し付けるように、小さい腕で僕に抱きついてくる。
人肌が欲しいようだ。
怖い目にあわせてしまったのだから、仕方ないだろう。
言葉遣いは僕の真似をしているのか丁寧だが、年齢は6歳。
遠慮していてあまり甘えてこないので、いつもこうだったら年相応なのにと思う。
まだまだ小さい子供なのだから、たくさん甘えてもいいのに。
「カロル様のこともございますので、くれぐれも危険なことには首をいれないでくださいね」
「お兄様、危険なの?」
わざとカロルの前で言うのに意図的なものを感じる。
僕の行動パターンをよく知っていて何をしようかも予想していたのだろう。
先制して動きを封じようとしてくる。
僕はカロルの頭を撫で、大丈夫と言う。
僕の様子に安心したようで、不安な顔が晴れる。
「お兄様はどこにも行かないでね」
屋敷の使用人も巻き込まれて死んだので、精神的に不安な状態だ。
瞳がゆらゆらと揺らいでいる。
「大事な妹を置いて行きませんよ。嫁に行くまでは見守っていないといけませんからね」
暫くカロルを相手にしながら休憩して、襲撃の後処理を考え事していた分を取り戻すためにも再開する。
「彼女の動向を調べてください」
「興味があるから、でしょうか」
「違います。彼女は雇い主から直接依頼されたようですし、襲撃を企てた犯人と接触する可能性があるからです。僕が私用で調べさせるとでも?」
睨みつけていると「……いえ」と護衛からは返ってくる。
「人選は魔道士を入れてください。木を燃やした魔道士など、いいと思いますよ」
魔道具の効果が切らた間の一瞬で、彼女は僕達の位置が知ったことは時間的に明らかだ。
あの魔道具は持ち歩くことには向いていないので、魔法で気配や魔力を隠せる魔道士はいたほうがいい。
そして魔法の威力は高いが考えなしの魔道士には、木の弁償のためにも必死に働いてもらわなくては。
「それ以外は任せます。あと、命をなによりも優先するように。これは命令です」
「はっ。直ぐに人選して行動に移させます」
そうして代わりの護衛と入れ替えて、一番信頼する護衛は早足で部屋から出ていった。




