猫に憧れる理由
「私はね、猫にあこがれているの」
りんと鈴がなるような少女の高いソプラノ声は、闇に飲まれて消えた。
だが少女は気にしない。
置かれている『もの』を相手に一方的に話しているものなのだから、言葉の行方がどこに行ったって構わないと思っているからだ。
「猫は自由気ままに生きている。それがしがらみの多い私にはとっても、とーっても羨ましく見えるんだ」
月が雲から顔をのぞいた。
そのことによって少女はぼんやりとした光に照らされ、姿があらわになる。
夜を体現したかのような少女だった。
艶のあるさらりとした黒髪、動きやすそうな黒で統一された服装。
そんな黒に包まれているなか、顔を隠す布をとっているせいでまるい大きな金色の瞳と白い肌が暗い路地裏では目立っていた。
「だから私は好んで猫の姿になるの。だって、そのほうが自由になった気持ちになれるでしょう?」
少女は「単純にかわいいから、という理由もあるんだけどね」とも付け加えた。
月が完全に雲から姿を見せた。
そのことによって、先ほどよりも視界が明るくなり周囲の様子がはっきりと見ることが出来た。
少女の周りには人間の成れ果てが五、六人転がっていた。
それらは急所となるところに切り傷があったりナイフがささっている。
全て少女一人で行ったものだ。
暗殺者として依頼を受けてある人物の殺害、及び護衛者も同様に。
優れた暗殺者であった少女には容易いものだった。
「そろそろ帰るとするかな」
少女は自身の瞳に似た、丸い月を見ながらそう呟いた。
そして次の瞬間には姿は消えていて、どの方向に向かったのかも分からない。
路地裏には、ただ物言わぬ死体だけが取り残された。