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胡散臭いオッサンの話

作者: 多喜

例えば、胡散臭い男と言われてどんな人物を想像するだろうか。

もちろん人によって表現は様々だろう。

へらへらしているだとか、服装が怪しいとか、何か企んでそうだとか。出てくるその色々を混ぜて擬人化したらきっと俺に限りなく似た人物が生まれる事であろう。

なにせ物心ついてから三十数年、生まれも育ちも違う数々の人々と出会っているにもかかわらず初対面の相手が俺に抱く感想が一様に『胡散臭い』なのだから。


俺は定期的に異世界と呼ばれる場所に行くことがある。

そこからして既に胡散臭いが、事実であるし話が進まないのでそこは信用してほしい。

そして異世界から戻っても日本に戻れるわけでなく名も知らぬ国に捨て置かれるのが常である。

言語も文化も人種も生活様式も違うため自分がいるのが地球であるのか異世界であるのか判断が付かないこともしばしばある。

むしろ動物が言葉を話したり、魔法が存在している分、異世界の方がまだわかりやすい。


そしていつどんな世界にいくのかわからないため会社務めなんてできるわけもなく、各地で面白そうなものを購入してはそれをたどり着いた土地で売り歩くという生活をしている。

出生や今迄の職歴の一切が不明で、時には本物の魔法ががかった商品さえ売るので、胡散臭さにゲージがあるのなら俺のゲージは間違いなく振り切れていることだろう。

せめて服装だけでも清潔感のあるものをと考え、常にシャツにはアイロンをかけパリッとさせているが第一印象の向上にはあまり効果は無いようだ。

ちなみにアイロンはどんな世界でも使えるよう中に焼けた炭や石を入れて熱して使う何世紀も文明を遡った非常にレトロなタイプを使用している。

魔法がある世界より電気がある世界の方が希少とはこれいかに。




今回は久し振りに言葉が通じる世界へとやってこれたようだ。

メイドと思われる人が入れてくれたが紅茶美味い、会話が成り立つって素晴らしい。


俺が文明を堪能していると、ぎいぃと重そうな音で観音開きの扉が開かれ1人のの男が入ってきた。

部屋の住人達は、心配そうな顔、安心したような顔、疑わしい顔、驚いた顔、それぞれ違う表情を浮かべるが、皆入ってきた男を注視している。


太陽のような黄金に輝く髪を後ろに撫でつけ、持ち手が馬の頭の形のステッキを持っている。やや筋肉質で均整のとれた身体、身に着けているスーツは男の体にきっちりと合っており無駄な皺やだぶつきが一切無い。しかしぴったりしすぎて動きを損なうようなことはなく憶測だが男の為に誂えられたのだろう。

男は部屋の中の人間を安心させるためか口元にわずかに笑みをのせる。左右対称の整った顔で知性を感じさせる涼しげな目元。絵画のような美しい男の微笑に、直接笑みを向けられたわけでもないメイドが頬を染めている。


「挨拶が遅れ申し訳ない、私はジェイコブ。この家の奥方に依頼されて来た探偵です」

「私が来たからにはこれ以上の被害は出させない」


きっぱりと自信ありげに言い切る男、ぱちぱちぱちと一人分の拍手の音が響く、拍手しているのは俺だ。


「お久しぶりです、実に頼もしいですね」


探偵がこちらを見て、視界に入った俺を見つけるや険しい表情を浮かべた。

まっすぐ歩み寄ってきて無言でステッキを振り上げる、ひゅんっと耳元に風を切る音を感じたがいつもの挨拶のようなものなので気にしないように心掛ける。俺は胡散臭いとはなから疑われているのだから初回と違う動きはさらに不信感をあおってしまうだけだろう。

予想どおりステッキは俺に当たることなく首もとでピタリと止められる。なにせ彼は探偵だ。犯人を見つけるのが仕事で裁くのは法だという考えの彼は、たとえ相手がどんなに胡散臭かろうか犯罪者だろうが私刑に処したりはしないのである。


「何故お前がここにいる」

「見てわかりませんか、お仕事です」


商品の詰まったカバンを見せて、できるだけ交友的な笑みを意識して浮かべてみるも効果は無いようで俺をひと睨みすると早足で扉の前に向かい待機していた警察に何かを告げてる。


「あの男に注意してくれ、あいつは事件現場に居合わせすぎる。無関係であるとは思えない」

「拘束しておきますか。」

「そうしたいが証拠が無い以上はダメだ。そんなことをしてもすぐに釈放されてしまうのでは意味が無いだろう。決定的な証拠をつかむまではそのままにしておくほかない」

「ジェイコブさんにも証拠をつかませないと」

「周到なことだ。私が来た以上妙なことはしないと思うが、何かあればすぐに知らせてくれ」


とかなんとか言われてるのだろう、この世界に来て三回目ぐらいの時にそんな会話を聞いた。

事件に立ち会いすぎとか互い様だと思うが、事件発生前に加害者や被害者に近づく胡散臭い男と、事件後に呼ばれてくる探偵とじゃ全然違うか。

なにせここには十数回来ていて、その全てで事件に巻き込まれている。この世界は物騒すぎる。


だがこんな物騒な世界でのんべんだらりと商売を続けていけるのはこの探偵のおかげだ。

なにせ見た目が胡散臭いばっかりに、通り魔として逮捕されそうになったり、密室殺人で状況証拠から犯人だと決めつけられ死刑宣告されてみたり、またある時は敵対勢力の幹部だと思われ銃撃戦に巻き込まれたり、しかしなんだかんだですべての事件を解決してくれる名探偵である。

マジで有能だし言わばこの世界における俺の救世主であるので、そりゃ登場すれば拍手のひとつもしたくなる。そのたびにステッキで殴られそうになっているのでされた側は喜んではいないだろうが。

いっそ拝みたい気持ちをもって尊敬の念を贈っていると、警察との話が終わったであろう探偵が俺をちらりと見た。


「不審な行動をすれば事件解決まで別室に籠って居てもらうことになる。単独行動は控えるように」

「もちろんですとも」


全力の笑顔をおみまいするが、そうして笑っていられるのも今の内だと釘を刺された。

解せない、なぜか黒幕扱いされている。胡散臭いせいなんだろうが。


ともかく探偵が来たからには事件は間もなく解決するだろう。



事件が解決して数日後、少なくない被害者をだしたそれはひっそりと地方紙に記載されて幕を閉じた。


そしてその時俺は言語が存在しない世界でそこの住人と物々交換をしていた。

しかしトマトの苗が観賞用にやたら人気なの納得いかない、眺めてないで食べなさいよ。


さて、胡散臭い人間が商売なんてできるのかと言われれば結果からいえば可能だと言っておきたい。


もちろん日用品の買い物などでは全く喜ばれない風体である。しかし非日常の怪しいものを売るなら、目的の品が手に入るなら、別に相手が胡散臭かろうが構わない人はわりといるようである。


売っている商品が怪しさ満載で純正の金貨や本物の妖精の取ってきた謎の蜜、ドラゴンの翼から、ホログラムの浮き上がる精密なオルゴール、よく切れる包丁やらたまに圧力鍋なんかも扱っており雑多を極めているので怪しさもあいまっていっそ人間じゃないと思われていることすらある。

なにせ知らない世界に行くのも戻るのも俺の意識とは関係なく勝手に起こる現象なのでどれだけしっかり拘束されようが世界を飛ぶときは飛ぶし、その瞬間に死刑になりそうだろうが飛ばないときは飛ばない。

まあ今のところ結果的には死んだことはないが。


そうして何度か違う世界を渡り歩き、どこぞのご令嬢に拘束されそうになったり、自称勇者に討伐されかけたり、吸血鬼に美白方法を聞いたり、マフィアに狙われたり、取引相手が目の前でドラゴンのおやつになったのを目撃したり、警察に職質受けまくったりしていると見覚えのある場所に出た。

背後には鬱蒼と生い茂る林、眼下には落ちたら死にそうな深い崖、ここからは見えないが林を抜けると立派な洋館が立っていたはずだ。

ここは何度目かにやってきた事件現場で探偵にステッキで寸止めをくらうことになった始まりの場所である。目の前には危険な崖はあれど死体も殺人犯も警察もいない。


あまりにも珍しいパターンだったので崖下に死体でもないかといそいそと崖に近づいてみると、近くの木に紐が括り付けられておりその端は崖下に延びていて見えない。


俺これ知ってる。


もっと崖に近づいたらそこを見られて不審な男として捕まるか、反転して逃げてもその場所に居たという理由で捕まるやつだ。

どう転んでも警察沙汰は確実なので少しでも罪を軽減させるべく紐の先を確認しに行くと人間一人が包み込めそうな大きさの赤黒い布的なものが紐でぐるぐる巻きになって蓑虫のようにぶら下がっている。そして布的なものの上の隙間部分からちらちらとなんだか見覚えのある黄金の輝きが。



もうオーパーツとか魔法の道具とか大盤振る舞いしたとも、これで無事じゃなかったら逆にどういう命の狙われ方したんだよというレベルで治療した。

これがもし某魔法の学園の世界と地続きだったら裁判になるけど今回は仕方ない、探偵がいなくなった時点で胡散臭いを理由に刑法で裁かれるだろうから関係ない。

知っているだろうか、胡散臭いって言葉は怪しく見えるとか疑わしいというような意味であってそれ自体は別に罪ではない。でもこの事件乱立する世界でそう見えるのって、もう背中に斧や鉈背負ってるレベルの不審者扱いで捕まる確率跳ね上がってるんだよな。



治療を終えた探偵の呼吸は落ち着いている。

しばらくすると探偵は量が多すぎて重そうなまつ毛に負けず、ぱっちりと瞼を上げた。

きょろきょろと目玉を動かして状況確認して横になっている自分の近くに座っていた俺を見つけると、ばね仕掛けのおもちゃのごとく上半身を勢いよく起こした。なかなかの警戒度合である。

警戒をとくためにも吊るされていたこと、治療したことなどを簡単に説明する。


「なぜ、私を助けた」

「アナタに今死なれると困るんです」


普段話すときの癖で笑顔を浮かべそうになったがこの状況で笑顔はおかしいかと中途半端な表情になってしまう。


「困る?」

「はい、とても」


具体的には探偵が死んだら謎を解く人が居なくなって、もれなく今ここで起きている事件の原因が俺になりそう。

そしてここで逃げ切ってもたぶんほかの事件に巻き込まれて人生積む。


「アナタの役割は存外重要なんですよ」


そりゃもうこの世界における俺の命の恩人だからな。

そして探偵が俺の事をわりと厳しく見てることは、事件の度に各警察に知れ渡ってるから探偵の死因に事件性があろうものなら問答無用で俺が捕まる。というか事件性しか見えないぶら下がり方だったから間違いなく捕まる。

故にこの探偵には全く事件性のない状態で孫とかに看取られながら健やかに老衰で亡くなってほしい。


「なので是非長生きしてください、俺の為にも。」


探偵は返事もなくうつむいているため何を考えているかわからないが、少ししてすくっと立ち上がり俺を見下ろした。


「お前の為に長生きなどする気はないが、この件は借りておいてやる」


片側の口角を歪にあげて、フッと鼻で笑うと探偵はそのままスタスタと俺を置いて歩き出した。

この世界において何度も会っているにもかかわらず初の俺に向けられた笑顔である、歪だとかいろいろ思うところはあるが笑顔は笑顔である。

これはもしや事件に巻き込まれること十数回で初の交友的なフラグが立ったのでは?初の犯罪以外のフラグなのでは??

いくら第一印象が悪いとはいえ、何度も事件に巻き込まれる犯人とは無関係の人物である事を今助けたことで証明できたのではないだろうか。

他の世界でも数人は、俺に慣れたのか割と普通に接してくれる人はいるのだ。この世界でもそういう人物ができるならとても仕事がしやすくなる。

この世界では加工前の宝石か純度の高い金貨ぐらいしか売れるものが無かったが、あの探偵には妖精の蜜ぐらいなら売ってもいいかもしれない悪用しないだろうし。

一人頷きながら探偵が見えなくなるまでその背中を見送った。






林を抜けたジェイコブはそっと自身の脇腹に手を添えた。服をめくり上げれば傷跡すらなく、朝と変わらない皮膚が存在している。そもそも服だってボロボロになっていたはずだが今彼が着ている服はせいぜい横になっていた場所の草が背中に付いている程度の汚れしかない。


「怪しい男だとは思っていたが、これほどか」


じんわりと背中に嫌な汗をかいているのがわかる。

自分が吊るされていたらしいという事は木に結ばれたロープや、ロープでこすれたのだろう一部分だけ倒れた崖付近の草の様子で想像はついたが、そんなことをされた記憶はない。


それもそのはずで、そもそもジェイコブはそんなことをされるよりもっと前に死んでいた。


とある館の執事が悪鬼のような表情でナイフを振りかざしまず顔をかばった腕を切りつけられ、たまたま通りかかったメイドを庇い脇腹を深々と刺された。

そこからは目を閉じてしまったので見ていたわけではないが傷口を広げようとしたのか執拗に腹の肉にナイフを抜き差ししているであろう、ぐちゅぐちゅと耳慣れない音と悲鳴を聞きながら意識を失ったのでその時点で死んだはずだ。あんな状態で生きているはずが無い。

そこから死体を吊るしたのは外に晒してそのまま埋葬できないほどに死体を腐らせることが目的か。布でくるんだのは刺しすぎた腹部がそのままでは千切れて吊るせないような状態だったのだろう。


そこまで想像してこみあげてきた吐き気に口元を抑える。


恨みを買う覚えはあるし、ろくな死に方はしないだろうとは考えていた、ひどい死体はいくらでも見る機会はあった。

だからと言って、布の中から出てきた明らかに死んでいるそれの修復を治療と呼び、あまつさえ綺麗に直したからと言ってあんなにも普通に話しかけられるものなのか。

ジェイコブにとってそれは悪意や殺意では到底及ばない、もっとおぞましい何かのように思えてならなかった。



ゆっくりと呼吸を整え、先ほどより早足で歩きだした。

こんなところで立ち止まっている訳にはいかない、死体にこれだけ手間暇かけているのだから狙いはジェイコブ自身。ならば連れは生かされている可能性が高い。




「お前らはこの館と共に焼けるんだよ!頼みのジェイコブは外で動物のエサだ!」


「私を害した犯人にしては計画があまりに杜撰すぎやしないか」


開きっぱなしになっている館正面の扉に、肩を預けるように寄りかかる。聞こえてきたあんまりな今後の計画に思わず声をかけてしまった。

エントランスには集められた館の招待客達がロープで手も足も出なくなるまでぐるぐる巻きにされて転がっている。控えめに言って芋虫。


「ジェイコブ先生!!せんせい!生きて、無事でっ」


予想通り生きていた連れはジェイコブが生きていたことが嬉しいのか名を呼びながら滝のような涙を流しているし、泣きすぎで呼吸困難になっている。


「確かに殺したはずだ、なんで、そんな」


動揺して人質を盾にすることも忘れた犯人を、呼んでおいた警察に拘束させる。

人質達はきつく結ばれたロープで手足が擦られ、擦り傷を負うものはいたが大きな怪我をしたものはいない。

連れが、ジェイコブ先生が助けに来るから下手に抵抗はしないようにと人質達に説き伏せたらしい。

説得には一人のメイドも加わり熱心に説明していたとのことで、いつの間に口説いたんですか?などと軽口をたたいていたがジェイコブを見つけた時の真っ青な顔を見ればそんな話でないのは明白である。きっと自分を庇って人が死ぬなんてことは耐えられなかったのだろう、もしかしたら何度も刺されているところを見て居たかもしれない。

結果的にジェイコブは生きているので、この件が彼女のトラウマにならないよう祈るばかりである。

こうして大勢の人質をとったこの事件は、一人の重傷者を出すこともなく幕を閉じた。









いっそ捕まえてうち専属にしましょうと言う少女に友人は眉をひそめた。

「わかってないわね、あれは自由だからいいのよ」

アイツいつもどこから入ってくるんっすかねと疑問浮かべる舎弟に黒服は煙草の煙を吐いて呟く。

「必要な品がそろうなら何でもいいだろう。それにな、アイツ曾爺さんの代からおんなじ見た目らしい」

アイツは人間なのかと勇者に問われた魔術師は答える。

「あれは確かに人だが、一個人でどうにかできるようなものではない」

品の入手先を調べなくていいのかと聞かれた魔物の王は笑った。

「あれは一種の天災のようなものだ、嵐が運んでくるものに出自なんてあるものか」

警察に対処を聞かれたジェイコブは連れにこう言付けた。

「疑わしいが証拠はない以上そのままにしておくべきだ」


彼に興味を持つ子に、友に、部下に、彼に何度も関わった者達はみな言った。

「買うのはいい。だが、深入りしてはいけない」


そうして胡散臭い男は今日もどこかで平和に商売を続けている。



ホラーってなんだったか、後からジャンル変えるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[一言] なかなか興味深い設定でした。 ささやかながら評価させていただきます。 自分も投稿やってます、お互い頑張りましょう!
2018/05/10 19:54 退会済み
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