募る想いを胸に抱いて~男性サイド~
自前のバレンタイン企画『告白2018』作品です。
春。
入学式。
ぶかぶかの制服に身を包み僕は中学校の門をくぐった。不安は無かった。ここに来ている新入生の半数は同じ小学校の奴らだったから。
「なんだ、ちび太か。制服が一人で歩いているのかと思ったよ」
笑いながら声を掛けてきたのは小学校で6年間、ずっと同じクラスだった和田登だ。ちび太というのが小学校でずっと呼ばれていた僕のあだ名だった。このぶかぶかの制服は母親が3年間で背が伸びることを見越して注文したものだった。
「僕だって、すぐにでかくなる」
「そうかもな。そんなことより、早く行こうぜ。組分けが出ているみたいだから。また同じクラスならいいな」
「そんなことってなんだよ。お前なんかすぐに追い越してやるからな」
僕の負け惜しみを鼻で笑いながら、登はとっとと行ってしまった。僕とは対照的に背の高い登とは幼馴染の腐れ縁だ。
一足先に、張り出された組分け表を見た登がニカッと白い歯を見せて僕にVサインをして見せた。
「取り敢えず、また1年間同じだな、相棒」
登のいう事を信用しない訳ではないけれど、僕は自分の目でも確認した。出席番号1相川寛人。
体育館に入ると各組ごとに出席番号順に並ぶように指示された。
「ちび太、またいちばん前だな」
登がわざわざからかいに来た。それを見て隣の女子がクスッと笑った。同じクラスの女子の出席番号1相沢友里。隣町の小学校から来たという彼女は僕よりも10cm以上背が高かった。
教室に戻ると、僕の隣は当然だけれど相沢友里だった。
「ちび太君、ヨロシクね」
友里はそう言ってにっこり笑った。
「チビで悪かったな。そのうち、追い抜いてやるから覚悟してろ」
もちろん、誰が聞いても強がりとしか聞こえない僕のセリフに彼女は嬉しそうに頷いた。
「うん、楽しみにしてる。ちび太君が私を追い抜いたら彼女になってあげる」
そう言ってにっこり笑った彼女。その笑顔のまぶしい事…。
「危ない、危ない」
危うく、僕は彼女の罠にはめられるところだった。
中学生活において、基本は出席番号だった。出席番号が一緒の僕と彼女は何をするにも行動を共にした。
「そこの凸凹コンビ、お似合いだぞ」
周りからはそんな風にからかわれた。
「周りのいう事なんか気にしないで仲良くしましょう」
そう言ってにっこり笑う彼女。その笑顔はやっぱりまぶしい。僕は無駄な抵抗をやめた。こうなったら、早く彼女の伸長を追い抜いてやる。その日から僕は牛乳を朝・晩1リットルずつ飲んだ。その甲斐あって、2学期が終わる頃には身長が5cm伸びた。
冬休みが終わって3学期が始まった。2月になると、クラスの雰囲気が異様に盛り上がってきた。バレンタインデーってやつだ。小学校でもこの時期にはあった。けれど、まだまだ子供のお遊び程度のことだった。ちなみに、僕はこれまでバレンタインデーのチョコは毎年一つだけ。母親からのものだった。そんな僕でも今年は期待している。相沢友里はきっと僕にもチョコをくれるだろうと。
2月14日。
バレンタインデー当日。
放課後になると、女子が義理チョコを配り始めた。相沢友里がカバンに手を伸ばした。期待が膨らむ。ところが彼女がチョコを渡したのは登だった。僕は天国から地獄に叩き落された気分だった。翌日、僕はショックで学校を休んだ。そして、立ち直れないまま1学年が終わった。
2年になった。クラス替えがあった。僕と彼女は同じクラス。ともに出席番号は1。
「また一緒だな。よろしく頼む」
そう言って僕の頭をポンと叩いたのは登だった。
「そう言えば、お前、ずいぶん背が伸びたな」
そう、この1年で10cm伸びた。登にはまだかなわないけど、相沢友里とはそう変わらないくらいになった。
「もう、チビ太君とは呼べないわね」
そう言ってにっこり笑う彼女。相変わらず彼女の笑顔はまぶしい。
「いいよ。ちび太で。急に違う呼ばれ方をしたら相沢さんが他人みたいに感じるから」
「ちび太、何を言っているんだ? 感じるも何もお前たち他人だろう?」
「まあ、そうだけど…」
こうして、中学生活2年目が始まった。3分の2のクラスメイトが入れ替わったけれど、相沢友里が居るだけで登も含めて他の奴らはどうでもよかった。
夏休みが明けた。ついに僕は相沢友里を追い抜いた。彼女の隣に立って背比べをした。これ見よがしに僕の方が背が高いといわんばかりのポーズを取って見せた。
「すごいね。入学した時はあんなに小さかったのにね」
「そうだろう。だから…」
「ん? だから?」
「いや、なんでもない」
だから、僕の彼女になって欲しい…。言えなかった。
9月。
修学旅行。
男女3人ずつで班を作ることになった。出席番号順に。1班が出席番号1~3までの男女。彼女と同じ班だ。この日ほど自分の名字が相川で良かったと思ったことはない。
「和田が余ったなあ…」
担任が腕組みをした。ウチのクラスは男子19人、女子18人。3人ずつだと1人余る。
「じゃあ、俺は1班に入るよ」
「ん? 1班か…。まあ、いいだろう」
「なんでだよ」
「いいじゃないか」
そう言って登は僕にウインクをした。
京都・奈良。
定番のコースを回る。最終日の午後。班別の自由行動。
「あの二人、お似合いだね…」
そう言ったのは伊藤亜衣。ちなみに女子の出席番号2番。2年になって同じクラスになった。亜衣がそう言ったのは登と相沢友里のことだった。
「和田くんってカッコいいけど、軽そうで私は好きじゃないな」
「へー、じゃあ、伊藤さんはどんな人が好きなの?」
「私は相川くんみたいな人が好き」
「えっ!」
「おう! お前らお似合いだ。付き合っちゃえよ」
間髪いれずに登が言った。こういう事はよく聞こえるようだ。横で相沢友里も微笑んでいる。こんな事聞くんじゃなかった…。
修学旅行から帰って来てから、伊藤亜衣がやたらと僕に言い寄って来る。すると、相沢友里は決まってどこかへ行ってしまう。そうして迎えたバレンタインデー。僕は学校を休んだ。相沢友里が登にチョコを渡すところを見たくなかったから。
翌日、伊藤亜衣が僕にチョコを持って来た。
「せっかく手作りしたのに休んじゃうんだもん」
僕は仕方なく受け取った。受け取ってから周りを見た。幸い、相沢友里は居なかった。
3年になった。相変わらずの腐れ縁でまた登と同じクラスだった。けれど、相沢友里とは別のクラスになった。
「また一緒だね」
そう言ったのは伊藤亜衣。相沢友里が居なくなって、女子の出席番号1は彼女だった。
「お前らいいなあ。また一緒で。俺は友里ちゃんとお別れだ」
いちばん聞きたくない事を登は言った。
彼女の居ないクラスはクリープの入っていないコーヒーみたいだった。たまに相沢友里を見かけると、僕は彼女の姿を追っていた。隣に居るのが当たり前だと思っていた。伊藤亜衣はすっかり僕の恋人気取りだった。
2月14日。
3度目のバレンタインデー。
今年も相沢友里は登にチョコを渡すのだろうか…。そんな事を思っていると、伊藤亜衣がチョコを持ってやって来た。
「ごめん。今年は受け取れない…」
「やっぱりね。そんな気がしていたわ。ほら、お目当ての人が来たわよ」
相沢友里だった。彼女が教室に入って来た。そして、まっすぐに登の方に向かって行く…。
「えっ?」
彼女は登の横を通り抜けてこっちへやって来る。
「邪魔者は消えるね」
そう言って伊藤亜衣は僕のそばから離れて行った。
「ちび太、約束だったから」
そう言って彼女は彼女よりずっと背が高くなった僕を見上げた。