#08 対決
「よう、イカロス。久しぶりだな」
担任に連れられ体育館に来たイカロス、ユニに、こう話しかけてきたのはシェムハザだった。
シェムハザは早朝から学校に来た男子を片っ端からシメて廻っていた。
シメた男子は体育館に集めズボン、パンツは脱がしていた。
そして、その前に女子生徒たちを並べて、無理やり鑑賞させていた。
以前、自分がアスタロトにやられたことを、他の男子にも強要していたのだ。
「どうせお前たち、俺のモノが小さい。とかいって陰で笑ってたんだろ?」
あの日以来、自分がしばらく学校に来てない間に、そんなことを言われていたであろうことは想像に難くない。あの一件で、彼の学校での地位は一気に下降した。そして自分がいた地位にイカロスがはいっていることも想像に難くなかった。
「相変わらず涼しい顔しやがって、気に入らねえんだよ!すぐにてめえもこいつらの仲間にしてやるからな!」
凄むシェムハザ、睨み返すイカロス、イカロスの後ろで、両手で顔を隠しているユニ。
「あの日以来、学校に来なかったのは、お前をぶちのめすために特訓してたからだ。今日でお前の天下も終わりだ!」
一方的に話しまくるシェムハザ、余程イカロスが気に入らないのだろう。
「ユニ、さがってて」
ユニを後ろに退避させるイカロス。
「剣で叩き斬らないだけありがたいと思うんだな」
そういうとシェムハザはイカロスに殴り掛かってきた。
「これぞ特訓の成果、スーパーウルトラ流星スペシャルダイナマイトパーンチ」
この掛け声とともにイカロスに突っ込んでゆく。
スカ
シェムハザの渾身のパンチは空を切った。
(あれっ?)
確かに当たったように思えた。しかし、拳の先にイカロスはいなかった。
「こっちだよ」
その声はイカロスだった。彼はなぜかシェムハザの後ろにいた。
「ふっ、ははははは、やるじゃな~~い!」
そう笑うとシュエムハザはまたイカロスにパンチを繰り出した。
スカ
また空振りするシェムハザ。
もう笑うことはなかった。シェムハザはしつこく何度も何度もイカロスに拳をふるい続けた。
そして1時間が経過・・・
「はあっ、はあっ、はあっ」
シェムハザのパンチは1回もイカロスを捉えることができなかった。
汗だくで疲れきった様子を見せるシェムハザ。
「もう止めましょう、シェムハザ」
イカロスが見かねて声をかけた。
「うるせえ!俺はお前をボコボコにしないと気が済まないんだ!あいつらみたいに、俺と同じ屈辱を味あわせてやる!」
だが、
「もうここには僕ら以外いませんよ」
イカロスにそういわれて、辺りを見渡すシェムハザ。そう、体育館には自分たち以外誰もいなかったのだ。
「あなたが僕に夢中になってる間に、みんな保護されましたよ」
そして体育館の入り口には武装した天使たちが突入の機会をうかがっていた。
その指揮をとるのは大天使ラファエル、この地域の天使の中では最強と呼ばれる戦士である。
イカロスに加え、ラファエルまで来ているのである。もはや脱出は不可能だった。
「おとなしく投降してください」
イカロスがシェムハザに語りかけると、シェムハザは笑い出した。
「ふざけるな!なんでお前ごときに屈しねばならん!死んだ方がましだ!」
そういうとシェムハザは隠し持っていた短剣を取り出し、自分の喉をかき切ろうとした。
まさに一瞬の出来事であった。
それを見た瞬間、止めに入るイカロス。
しかし、短剣の方が早い。
イカロスよりも早く短剣はシェンムハザの喉をかき切った。
だが、短剣は喉に触れるや否や大量の蝙蝠と化してシェムハザを包み込んだ。
突然のことにどうしていいかわからず立ち尽くすイカロス。そのとき、聞き覚えのある声が体育館に響き渡った。
「見事ですね、イカロス。ですが今日はここまでです。こんなところで彼を失うわけにはいきませんからね!」
その声の主はアスタロト公爵であった。
言い終わると蝙蝠は体育館の窓を突き破り、外に脱出したのだ。
あっという間の出来事であり、さすがのイカロスも何もしようがなかった。
こうしてシェムハザの殴り込み事件は終結したのだった。
◇
ここは町はずれの廃教会の地下室、脱出したシュエムハザ、アスタロトがいた。
「だからいったでしょ?あなたではまだ早いと」
アスタロトが説教がましくシェムハザを諌める。
「だけど、悔しかったんだ!なんであんなやつに負けなくちゃいけないんだ。負けるくらいなら死んだ方がマシだったのに・・・」
暗にあの場で死なせてくれなかったアスタロトを責めるシェムハザ。
「馬鹿言うんじゃありません!あんたはわたしが見込んだ男。こんなところで死んでいいわけがない!」
「でも、全然あいつに敵わなかったじゃないか!あれだけ特訓したのに!」
「あなたの器は間違いなく彼より上ですよ。ただね、いまのままではあいつには勝てないんですよ。あるものが決定的に足りないのでね」
「足りないもの?」
「そう、足りないものです」
「それは一体?」
悔し涙を浮かべながらアスタロトを見上げるシェムハザ。彼がそれを獲得に動くべき時が来たと感じたアスタロトは、ゆっくりとそれを語りだした。
「あなたに足りない物、それは」
「因果です」
◇
ところ変わって、ここはギリシャのアテネ。女神アテナの本拠地である。
馬車が1台、アテナ神殿の前にちょうど到着していた。
「止まれ!ここがどこかわかっているのか?アテナ様の神殿なるぞ!貴様何者だ!」
神殿の正門に多数の衛兵がわらわらと殺到しだしたのだ。
アテナ神殿は通常、何重もの結界に守られており、人間からは完全に隠されている。
この神殿に近づくにはそれら結界を1つ1つ突破しなければならないのだ。
しかし、この馬車はたった1台でその結界をすべて、誰にも気づかれずに突破してきたのだ。
「皆の者、下がれ。その者は知っておる。通すがよい」
その声はなんと女神アテナその人だった。声は神殿の奥からその場の者すべての心に直接響いていた。
「痛み入ります、姉上」
そういって馬車の中から出てきたのは、ゼウスの右腕、ヘルメスであった。
「珍しいね、あんたがここに来るなんて」
「オリンポスに戻る前にどうしても話したいことがあって、立ち寄ったのですよ」
「ほう、どんな話だい?」
「見つけたんですよ、彼を」
「彼とは?あいつのことかい?」
「まず間違いないかと」
そのヘルメスのセリフのあと、しばらくアテナはなにか考えていたようだった。
「ヘルメス、そこじゃなんだから、早く中に入んなさいよ」
アテナは神殿にヘルメスを招き入れた。