#05 襲撃
次の日、朝からユニは膨れっぱなしだった。
屋敷で朝食をとるときも、登校するときもずーっとユニはイカロスを無視し続けた。イカロスがどんなに話しかけても、無視か素っ気ない返答しかしなかった。
それもこれも昨晩の晩餐会にて、イカロスが女性陣からモテモテだったのが気に入らなかったからだ。その噂はすでに学校にも広まっていた。
ユニはふてくされた感じで席に着くと依然としてイカロスを無視し続けていた。女友達と楽しそうに会話を交わしていたが、いつものように積極的にイカロスに絡んでいこうとはしなかった。その異変は教室中に伝わっていた。ユニとしてはいつも話し相手になっている自分が離れたことでイカロスが孤立すると思っていた。イカロスを困らせやろうと考えていたのだ。
ユニの思ったとおりイカロスは自分の席でポツンと一人で座っていた。自分から友達を作ろうと積極的に動くことのなかった彼である。ユニが話しかけねば話しかける者はいなかった。ここまではユニの予想どうりだった。
だが、今日は違っていた。
「イカロス、昨日の晩餐会で会場でお手伝いしてたんだってね」
「すごいよね。あんな偉い人たちがいるところで普通に働けるなんて」
「私だったらすくんで動けないよ」
ユニほどではないが、可愛らしい女の子3人組がイカロスに話しかけだしたのだ。謙遜して自分を否定するイカロス。その奥ゆかしさが彼女らの心を掴んだ。会話は更に盛り上がり出した。それを見て他の女の子たちもイカロスの周りに集まり出した。あっという間にイカロスの周りは女の子だらけになっていた。
実はイカロスは学校中の女の子の注目の的だったのだ。だが、いつもユニがそばにいたため、彼女を恐れて話しかけることができなかったのだ。しかし今日は彼女がそばにいない。これ幸いにと女の子たちはイカロスに群がり出したのだ。
イカロスの席を中心に会話は盛り上がり出す。離れた席でいつもの数名の友達と話をしているユニ。だが、この異様な事態にユニの友達たちが心配しだした。
「いいのユニちゃん?イカロス取られちゃうよ?」
「だっ、大丈夫よ」
そうは言ってもユニの顔は引きつっていた。
「えっー!ヘルメス様に話しかけられたの!」
イカロスの周りから歓声が上がった。
「すごーい!ヘルメス様ってオリンポスの偉い神様でしょ!ゼウス様のそばにいつもいるっていう・・・」
イカロスの周りが更に盛り上がり出した。
だが、この盛り上がりについにユニが切れた。友達たちに『ちょっと行ってくる』というと、イカロスの席に向かった。女の子たちの輪をかき分けイカロスの隣の席に、ドスンっと腰かけた。ブスッとした表情でイカロスを睨み付けるユニ。周囲は一気に静まり返った。
「どうぞ、話を続けたら」
ユニが冷たく言い放つ。普段ユニがいるためにまともに話しかけられなかった女の子たち。だが最初にイカロスに話しかけた3人組が勇気を出して話しかけた。
「イカロス、放課後空いてる?よかったら遊びに行かない?」
「えっ?」
戸惑うイカロス。だが、その誘いにユニが切れた。
「イカロスは放課後はあたしと武術の稽古があるの!その後は家の手伝いもするの!あなたたちと遊んでる暇なんかないわよ!」
静まり返る教室。
「姉上、言いすぎです」
見かねたイカロスがフォローに入ろうとした。だが、
「ずるいよね、いっつもユニちゃんばっかりイカロスを独り占めして」
「そうよ、ずるいわ」
周りの女の子たちの、ユニに対する不満が爆発しだした。
「なによ!いつもイカロスのこと『弱々しい』とか『男らしくない』とか言って馬鹿にしてるくせに!都合のいいことばかり言わないでよ!」
そのユニのセリフには反論できなかった。だが、それはイカロスがユニのそばを離れないため話しかけ辛いことへの意趣返しだった。学校内で圧倒的な強さを誇るユニに対して悪口は言いにくい。それで代わりにイカロスをこき下ろすこととなっていたのだ。
反論できず黙り込む女の子たち。この状況はどうにかしないといけない。そう思いイカロスが口を開いた。
「あの、姉上の言う通り、放課後は屋敷の仕事があるんで遊びにはいけないんです」
イカロスがユニの肩を持ったことから、負けたと思った女の子3人組は目に涙を浮かべながらイカロスの前から去っていった。それをきっかけに他の女の子たちも離れていった。イカロスの周りの人だかりはこれで終了となった。
「姉上、いくらなんでもあれは言いすぎです」
「なによ!あなたのせいでしょ!デレデレしちゃって!」
「だって仕方ないじゃないですか!」
そう、彼が女性にもてるのは彼のせいではない。
「もう、知らない!」
そういうとユニは膨れたまま教室を出て行ってしまった。
◇
ユニは学校の屋上にいた。イカロスと言い合いになり、堪らず彼の前から逃げてきてしまったのだ。
(ふん、なによイカロス。生意気よ、いつもあたしが庇ってあげてるってのに・・・)
ユニとしては弟分のイカロスが、自分に意見したことが納得できないのだ。これまで色々と面倒を見てきたつもりなだけに、その思いは強かった。そんな彼女を見つめる男がいた。彼は昼寝を中断して彼女に近づいてきた。
「よおユニ、今日はひとりかい?男女のイカロスはいないのかい?」
彼の名は『シェムハザ』ここの生徒で、男子たちのリーダー格である。
「知らないわ、あんなやつ。あなたこそこんなところで何してんの?サボリ?」
「まさか、この学校に魔の手が伸びないよう、ここで見張っていたのさ」
「ふん、どうだか。物は言いようよね」
「そう馬鹿にするなよ。これでも俺は」
「はいはい、期待してますわよ。田舎の英雄さま」
そういうとユニはさっさとシェムハザから離れてしまった。だがこのユニの言ったことは事実だった。これでもシェムハザは下界にいるときは、コリントスの英雄だったのだ。コリントス王グラウコスの子『ヒッポノオス』しかし英雄としての通り名は別にあった。その名を『ベレロポーン』、怪物『キマイラ』を退治した人物であった。普通は天界に転生しても下界における過去生は覚えていないものなのだが、シェムハザは例外的に覚えていた。たまにいるのである、このように覚えている者が。こういう場合、大神になにかしらの考えがあるはずなのだ。ただ、それがなんなのかは誰もわからない。
「俺が過去生を覚えてるってことは、大神は俺に英雄としての活躍を期待してるってことだ!」
これが彼のお決まりのセリフである。しかし、転生者のほとんどが下界において小粒な人間だったことを考えれば、これは圧倒的なアドバンテージであった。実際、学校においても学業はともかく運動能力は群を抜いていた。運動能力は戦闘能力といってもいい。彼はこの学校でトップの戦闘力を有していたのだ。そんな彼だから、当然、要求も大きい。
「英雄たる俺の女なら、当然トップの女であるべき」
それが彼の主張である。つまり『ユニ』こそが自分の女であるべきと思っているのである。しかし残念ながら今のところユニには見向きもされてない。
「無視するなよユニ!あんな弱っちいのがそんなにいいのかよ!」
ユニにあっさりかわされたシェムハザは彼女に噛みついた。だが、そのセリフにユニもカチンときた。
「イカロスは弱くなんかないわ!本当ならあなたなんか相手にならないんだから!」
イカロスの本来の力を知っているユニには、このシェムハザのセリフが我慢できなかった。
「笑わせるな!女の後ろにいつも隠れているような男が俺より強いだと?冗談にも程がある!大変だな、出来の悪い弟がいるおかげで、いつもいつも庇わなくちゃいけないんだからな!」
そういうとシェムハザはユニににじり寄った。そのまま屋上の建物の壁にユニを追い込み、覆いかぶさる体勢となった。
「あんなやつのどこがいいんだ?お前にふさわしい男は俺だけだ。お前は俺だけを見てりゃいいんだよ!」
シェムハザはユニを口説こうと必死だった。だが
「それだから嫌なのよ、あなたは!あたしの気持ちなんか全然考えてないじゃない!」
薄っすらと涙目になるユニ。そんなとき、突然屋上へのドアが開いた。
「ユニちゃん、いる?」
ユニの友達が彼女を探しに来たのだ。これ幸いにとシェムハザから離れる彼女。その様子を見て彼女たちは心配した。
「シェムハザ・・・、ユニちゃん、あいつになんかされたの?」
「ううん、なんでもないわ。行きましょう。それよりなんかあったの?」
「そうそう、大変よ!この学校にヘルメス様がこっそり視察に来たのよ!ユニちゃんが見たいって!だから早く来て!」
ヘルメスは学校でのユニの活躍ぶりが見たかったようだ。ただ本命は別にあったが・・・
それと、この学校への視察が本来の予定外なのは、警備の関係である。魔族の襲撃が予想されていたからだ。
ユニに逃げられ、ポツンと取り残されるシェムハザ。
「チェッ!」
(ああ、なんか起こんねえかな?魔族が襲ってくるとかさ。そしたら彼女の目の前でそれを撃退して、俺の実力見せつけてやれるんだけどな~~)
そんなことを考えながら彼も屋上から消えて行った。
彼が消えた後、屋上の建物の上で影が動いた。
(ふ~~~ん)
影の人物は顎に手をあてなにか考えているようだった。
◇
ユニが教室に戻るとそこは歓喜の嵐が吹き荒れていた。ヘルメスがすでに来ていたのだ。
「やあ、ユニ。予告どおり来ましたよ。先生方に聞きました。この学校でトップなんですね。さすがです」
ヘルメスは彼女に恭しく礼をした。そしてすぐイカロスに話を振った。
「イカロス、良い姉を持って幸せですね。あなたも頑張らないと」
ヘルメスはユニに比べていまひとつのイカロスを激励した。しかしその目は彼を捉えて放さなかった。
「ヘルメス様、そんなに彼が気に入ったのですか?」
従者の天使がヘルメスにこっそり話しかける。
「いやあ、ただ昔を思い出してしまうんだよ。それを考えると今の彼が不憫でな・・・」
そんなときだった。
突然、異様な波動が教室全体を包んだ。
ヘルメスはその異変に気付いたが、もう手遅れだった。
「この部屋全体に結界を張らせていただきました。外部からの干渉はもちろんここから出ることも不可能となりましたので悪しからず」
教室の窓の外に浮遊する人物がヘルメスに話しかける。
「これで誰にも邪魔されずにあなたを殺ることができます。お覚悟よろしいかヘルメス殿?」
「貴様・・・昨日の男だな。やはり魔族だったか!」
ヘルメスは唇を噛み悔やんだ。まんまと敵の罠にかかったことを。この結界内ならあちらはどんな手でも使うことができる。対してこちらは、あてにできそうな味方は従者の天使のみ。しかもこの結界の中では力は抑えられてしまうのだ。おそらく結界の外ではこの異変に気づいて援軍の準備を始めているだろう。しかし間に合うはずもない。結界を破ってこちらに来るまでに勝負はついているだろう。
「魔族なら思い当たる名もあるわな。久しぶりだな、アスタロト公爵!」
ヘルメスは叫んだ。
「ほお、覚えていてくれたとは光栄です、ヘルメス殿。しかし、手加減は致しませんよ」
アスタロトはヘラヘラ笑いながら結界の中に入ってきた。圧倒的有利な立場を築き余裕という表情である。
そんな中、2人の前に歩み出る小さな影があった。
「願った途端、こんなおあつらえ向きの舞台がやってくるとはね。やっぱり俺はこういう運命なんだろうな・・・」
そんなセリフを吐きながら現れたのは、あの『シェムハザ』であった。