#03 転生
天界、それは我々人間の住む世界より高次元の世界。次元の違いを言葉で説明するのは難しい。なぜなら我々はそれを感じることも観測することもできないからだ。
人間以外の動植物が我々人間のことを理解することができないのと同じである。種の持つ能力の限界が、発達の足かせなのだ。天界に住む神族からすれば人間は、我々人間から見た場合のイルカやクジラのようなものだろう。
◇
ユニは叔父ガブリエルと共に帰宅した。帰ると屋敷からたくさんの者たちが彼女を心配して出てきた。彼女はこの屋敷の姫なのだ。父親は大天使ミカエル、母は名門ユニコーン族の女である。特に彼女はユニコーン族の中でもずば抜けた才能を秘めた娘であった。ユニコーンを示す『ユニ』の名を与えらえたのもそのためである。彼女は人間でいうところの小学校高学年くらいの年である。
彼女は父と叔父と3人で草原で戯れていた。彼らは普段忙しくて、彼女の相手をする暇がなかった。ようやく時間が出来、久々に楽しい時を過ごしていた矢先の事件だった。
草原ではしゃぎまわっていた彼女は、隠れている父か叔父かと思い、持ってきた果物を一つ草原でごそごそ動く影に投げつけたのだ。しかし、その影は全く別のものだった。大きく首をもたげたのはケルベロスだった。そのあとは先に述べたとおりである。
自分のいたずらからみんなに心配をかけたことを実感したユニは、みんなに申し訳なさそうな顔をしていた。その顔から十分反省していることを悟った叔父ガブリエルは、彼女を責めることはしなかった。
それよりも思った以上に兄ミカエルの帰りが遅い。
普通なら役所にあの子を預けて、書類の一枚も書けば終わりなのに・・・
「叔父様、父様は?」
彼女もミカエルの帰りが遅いことを気にしていた。
「心配は無い、じき戻るさ。お前はもう寝なさい。明日からまた学校だろ?」
そう言って彼女を寝室に送ろうとしたそのときだった。急に屋敷の前が慌しくなった。ミカエルが帰ってきたのだ。
屋敷の扉が開き、ミカエルが入ってくる。
「今帰った」
「父様!」
「おかえり、兄者。遅かったじゃないか、何かあったのか?」
ガブリエルの指摘に、無言で頷くミカエル。ふと、後ろを振り返る。
「入っておいで、イカロス」
その声に従って、後ろの扉からイカロスが恥ずかしそうに入ってきた。
「あ、あの、こんにちわ、今日からお世話になります。イカロスと申します」
それだけいうと彼はミカエルの後ろに隠れてしまった。その姿にクスクス笑うガブリエル。
「ケルベロス退治の勇者とは思えんな、ユニ、草原でお前を助けてくれた子だよ」
ケルベロスを撃退した少年、もちろんユニも彼の姿は見ていたが、顔をはっきり見たわけでもなく、撃退後もすぐ別行動だったので、じっくり彼を見るのはこれが初めてだった。
(えっ?)
ユニは彼を見た瞬間、なにか懐かしい気持ちがこみ上げてきた。いつの間にか目から涙が溢れていた。そしてそれはイカロスも同じであった。
「はじめまして、イカロス。私はユニ」
そういいながら握手する2人。
「ユニの方が少しお姉さんのようだな。今日からイカロスはお前の弟だ。面倒をみてあげてくれ」
ミカエルがユニにお願いする。ユニも目を輝かせながらそれに頷く。
「おーい、この子に部屋を用意してやってくれ。あと新しい服だ。風呂にも入れてやってくれ」
ミカエルは屋敷の使用人たちにテキパキと指示を出す。
「ユニ、今日はもう遅いから寝なさい。イカロスとは明日からたっぷり遊べばいい」
そういうと侍女がユニの手を取り彼女を部屋に連れて行った。去り際に振り返りイカロスに手を振る。つられて手を振るイカロス。
(明日ね、イカロス)
ユニは胸のドキドキが止まらなかった。それはイカロスも同じだった。
これが運命の出会いであることを2人は敏感に感じ取っていた。
◇
ユニに続きイカロスも侍女に託した後、ガブリエルはミカエルに問いただした。
「で、兄者、あの子は何者なんだ?なんでうちに連れてきたんだ?」
「それがよくわからないんだ。お前がいいたいことは見当がつく。あの子はその転生の仕方も、その能力も異例だといいたいのだろう。人間の神族への転生は大神の意志だ。それにはなにかしらの意図が隠れている。普通なら役所で大体のことはわかるんだがな・・・」
ミカエルの言に続いてガブリエルが口を開いた。
「野良転生なら、運よく下界(人間界)で既定回数の転生をして、一定の経験を積んだとみなされた者。突出した経験を積んだ者は、その程度に応じて、高位の神族の縁者として転生する。才能もそれに見合った強力なものとなる。だが、あの子は野良転生にもかかわらず、その才能が突出している・・・」
「ガブリエル、お前の診立てはどうだ?」
ガブリエルはミカエルの質問にやや答えにくそうな表情を浮かべながら答えた。
「オリンポス族の縁者であってもおかしくないかと」
その言を聞いてミカエルもうなずきながら答えた。
「わしもそう思っておった。ここに連れてきたのもそのためだ。あれだけの子、下手なところには預けられん。あの子の転生の背景がはっきりするまで大事に育てないとな」
「確かに・・・。大神の神託が下る歳になるまではっきりとしたことはわかりませんからね・・・。でも気になりますな、あの子が下界でどんな生を全うしてきたのか」
「いずれにせよ、楽しみだわい。願わくは天界にとって善なる存在であってほしいものだ」
「全くです。それにユニのいい相手になりそうですな」
「ああ、そうなればいいとわしも思っとったわ」
2人は喜びを抑えられず、大声で笑い出した。天界への波乱の予兆が最近激しくなってきていただけに、希望の原石が手に入ったことがうれしくてたまらなかった。
しかしこの後、程なくして予兆は現実のものとなりイカロスとユニを飲み込んでいくこととなる・・・