#21 ハンター
ユニが消えた。
パーティー会場で照明が消るまではいた。
だが、照明が回復した時にはいなくなっていた。
一瞬、何かが通り過ぎたような気がしたと、イカロス以下彼女のそばにいた全員が言っていた。
パーティーは、『首』が襲来したこと、そしてユニが消えたことで中止となった。
ミカエルはユニがいなくなったショックで倒れてしまい、ガブリエルがパーティーの後始末をしていた。
ユニの捜索はラファエル以下憲兵たちが行っていた。
フレイ、フレイアは屋敷に戻り、テンマはアルカイオス以下ペガサスの警護の者たちに守られながら宿泊中のホテルに戻った。
そしてイカロスはというと・・・
「ユニーーー!」
彼女を呼びながら、心当たりのある場所を手当たり次第に廻っていた。
「イカロス!」
そう呼ぶにはラファエルである。
「今日はもう遅い。屋敷に戻れ。当てずっぽうで探してもユニは見つからんぞ」
ラファエルは血眼になって彼女を探すイカロスが心配していた。このままだと彼は休みも取らず延々探し続けるだろう。
「しかし、ユニがいなくなったのは僕の責任です。僕がもっとしっかりしていれば・・・」
自分を責めるイカロス。
「そう自分を責めるな。お前だけのせいではない。彼女を守れなかったという点では俺も同じだ。それに彼女を早く見つけたいというなら、すぐに屋敷に戻ることだ。手掛かりが見つかったんだ」
そのラファエルの言葉に反応するイカロス。
「本当ですか?彼女は今どこに?」
「それをこれから考えるんだ。だからひとまず屋敷に戻れ」
ラファエルはイカロスを屋敷に連れ戻し、とにかく一旦休息させたかった。そしてなんとかその目的を達することができてホッとしていた。ユニのことはもちろんだが、イカロスのこともみんな心配でならなかったのだ。
◇
ここは町はずれの廃教会の地下、目の前に横たわるユニと首を見ながらアスタロトとシェムハザは何やら話し込んでいた。
「大戦果ですね、シェムハザ。まさか2人もさらうとは。計算違いでしたがこれならこれで作戦を変更すればいいのです」
「どうするんすか?」
「首はあなたにあげましょう。当初の予定どおり、あなたは天界の王を目指すのです。その手始めにイカロスを血祭りにあげましょう。ユニを人質してね。」
「なっ!」
「そんなに驚くことはないでしょう。彼女を人質にすれば彼は必ずひとりで出てきます。そこをあなたが叩く。あなたは『首』でパワーアップして行くのです。今度は楽勝でしょう。そのあとは・・・」
「そのあとは?」
「まずここ、カナンを手に入れましょう。あの大男さえ倒せば、他はどうということはありません。そしてここを足掛かりに天界征服に乗り出すのです。ああ、なんてすばらしい作戦でしょう!」
アスタロトはまた自分の青写真を語って自己陶酔していた。
「それより、この2人大丈夫かな?さっきから全然動かないけど?」
シェムハザはユニと『首』が心配になってきていた。ここに来てから2人ともぐったりしたままなのだ。
「あ、大丈夫、大丈夫!『首』は怪物、ユニも子供とはいえ神族です。この程度ではビクともしませんよ。強い衝撃で一時的にダウンしているだけです。いずれ目を覚ましますよ」
「それならいいっすけど・・・」
「それよりシェムハザ、ユニはわたしがいただきますよ!いいですよね?ペガサスはあなたに譲りますから!」
「えっ!」
シェムハザは突然アスタロトがユニを取るといったので驚いてしまった。確かにペガサス、つまりテンマは過去生において繋がりがあり、自分のものにしたいのは事実だった。しかし、彼はユニも好きなのだ。できたら自分のものにしたいと思っていたのだ。それが先手を打たれた格好になってしまった。彼としてはやや納得がいかなかった。
「公爵!俺だってユニが好きなんすよ!勝手に決めないでくださいよ!」
「はあ?君も欲張りですね。ペガサスは譲ったのです。ならユニは私が取るのが当然ではないですか!」
「いや、しかし、テンマはまだ手に入ったわけじゃない!」
「『首』の力を手に入れたら、あなたは無敵です。もう手に入れたも同然ではないですか!」
そう言った直後だった・・・
「あなただあれ?」
アスタロトの後ろから声がする。
一瞬のことでシェムハザも気が付かなかった。その声がするまでアスタロトの後ろの人物に気が付かなかった。
「公爵、後ろ・・・」
シュムハザの声に促され、ゆっくり後ろを振り返るアスタロト。そこには・・・
「こんばんわ、お二人さん」
アスタロトの首に後ろから腕をからませる『首』が、不気味な笑みを浮かべていた。
◇
ここはペガサス族が借り上げているホテル。
そのホテルの最上級の部屋で今、テンマは夢にうなされていた・・・
「ねえ、あなた、本当にあなたはイカロスなの?」
テンマの目の前には、いつもと様子が違うイカロスがいた。彼の目は青白く光り、さながら獲物を追うハンターの雰囲気だった。
「なにを言ってるんだい、テンマ。僕は僕だよ。この先に倒さないといけない人がいるんだ。もうちょっとだから我慢して」
その話し方はいつものイカロスそのものである。しかし、彼女の知っている彼はこんなことをする人ではない。
なぜか彼を手伝っていた。普段見せることのない姿で彼を乗せ、このシチリアまで来た。
そして彼はカミコスの王宮に忍び込んだ。
彼女の目にはスルスルと手際よく王宮内を進むイカロスの後ろ姿が映っていた。
そして彼は浴室に忍び込んだ。その浴室には誰かが入っていた。
「ふ~~、いい湯だ。クレタを発ってからこんなにゆっくり湯につかるのは初めてだ。しかし、ダイダロスがいることはさっきのことでわかった。おそらく息子のイカロスと一緒に匿われているのだろう。はやく取り戻さないと・・・」
彼の顔は生気を吸い取られたような醜いものだった。そんな彼が独り言を呟いていると浴室のカーテンが揺れた。誰かがカーテンの外で跪いているようだった。
「ミーノース王様、父からの命令でお背中をお流しするよう申し付かりました。どうか浴室に入るご無礼をお許しください」
「おお、コカロス殿のご息女か!それはかたじけない。是非お願いする!」
「失礼します」
そういうとカーテンが音もなく開き、ミーノース王は彼女を見ようと振り返った。
彼はその目に映った姿に驚いた。
大きな女性の悲鳴が浴室に木霊した。そしてすぐ静寂が訪れた。
彼の目は大きく見開いたまま、その首は浴室を転がっていた。
コカロスの娘に化けていたイカロスがテンマのところに戻ってきた。
「また、逃げられた」
彼は一言そう呟いた・・・
ハッと目を覚ますテンマ。
寝汗をかき過ぎたのか、寝間着はぐしょぐしょであった。
(そうだった、どうして気付かなかったんだろう、イカロスはずっと追いかけてたんだ、母様を・・・)
夢で忘れていた過去を思い出し、これまでの疑問が少し解けた。
テンマは窓の外を見た。外はもうすぐ朝を迎えようとしていた・・・
そして次の日、ミカエルの屋敷にて
使用人が、血相を変えてミカエルの部屋に飛び込んできた。
「旦那様、大変です。門の前に男の子が傷だらけで倒れています!」
その知らせは、イカロスたちを驚かせた。なぜならその男の子が
『シェムハザ』だったからだ。




