#15 パーティーの惨劇 その参
「ポセイドンさま、よろしいのですか?」
側近たちが狼狽していた。
「構わんさ。こんな機会でもないと下々の者たちと触れ合うこともできないからな」
そういってポセイドン自らがテンマにダンスを申し込んだ。
いくらペガサスの女王と呼ばれても、3大神のひとりであるポセイドンとは格が違いすぎる。
そんなポセイドンとテンマのペアが会場で踊り出したのだ。
会場は一気にヒートアップしていた。
(あの馬鹿野郎、急にどういう風の吹き回しだい?自分からテンマに接触しようだなんて)
アテナはその行動を不審に思った。だが、その踊りは見る者を魅了する素晴らしいものであった。会場から自然と手拍子が起こり、他のペアもこの時ばかりは踊るのを止め、その踊りに注目していた。
「テンマ、私のことを憶えているかい?」
不意にテンマに質問するポセイドン、テンマは困惑した。
「ごめんなさい、ポセイドンさま。私、ほんの少ししか憶えてないんです。それも夢の中で時々見るだけで・・・起きたらすぐ忘れちゃうんです。だから詳しいことは全く・・・」
それを聞いて、なぜか安堵の表情を見せるポセイドン。
「そうか、それならばよい。いや、それならば仕方ない。新たな生を存分に楽しんでくれ」
そういうと丁度、曲が終わり、2人のダンスは終わった。
会場からはあふれんばかりの拍手が起こった。
その余韻に浸りながら引き上げる2人。
フッ
テンマの隣を一瞬何かが通った。
思わず振り返るテンマ。
ほんの一瞬だが、目が合った。
その顔はテンマを見て微かに笑った。
◇
「我が主よ、素晴らしい踊りでした。今日のパーティーで間違いなく最高のものでしょう」
ポセイドンの側近たちが興奮気味にしゃべった。
「当然だ、あのくらい。観衆を魅了するのも神の務めだからな」
「はは~~恐れ入りましてございます」
オリンポス3大神たるポセイドンの実力に改めて感服した部下たちだった。
「素晴らしい踊りでしたわ」
突然、彼らの前に美しい女性が現れた。
一瞬、それがだれも理解できなかった。あのポセイドンでさえ・・・
かれらは、ハッと我に返った。
そして、その女性をキッと睨み付けた。
彼女は彼らに全く気配を感じさせずに現れたのだ。彼らが理解できなかったのは、そんなものは天界に存在しないということだ。彼らは神族として非常に優れている。他の神がどんなに気配を消そうとも、それに気付かないということはこれまでなかったのだ。
「な、なにものか!」
側近の一人が声をあげる。
「待て!」
ポセイドンは手をその側近の前に差し出し、それ以上の発言を制止した。
「初めて見る顔だな」
その女性は黙って頷き、ポセイドンを見て柔らかく微笑んだ。
それに魅了されるポセイドン。
「なにか用か?」
ポセイドンは女性に問いかけた。
「私とも踊っていただけませんか?」
女性は大胆にもポセイドンとのダンスを要求してきたのだ。
側近たちはそれが勘に触ったらしく、顔を真っ赤にして怒った。あるものは腰に付けた非常用の短剣を抜こうとしていた。
「待て!」
ポセイドンはさらに大きな声で、側近たちの行動を制した。
「なかなか大胆だな。直接要求してくるなど」
女性はまた無言で頷いた。
「気に入った。一曲付き合おう」
その言葉に驚く側近たち。
「いいじゃないか。これだけのリスクを冒してまで俺と踊りたいと言った女はこれまで一人もいない。その勇気に報いてやらねばならん。それに」
「いい女に誘われて、それを断るなど男としてあってはならん」
ポセイドンはその女性の手を取ると、再びダンススペースへと舞い戻った。
◇
ポセイドンの再登場で会場はまた盛り上がった。
今度は、成人した大人の女神とである。
(どこの女神だ?)
(見かけない女神だな・・・)
会場のそこかしこで、彼女の詮索が始まっていた。
ポセイドンの動きに息ぴったりに合わせる女性、その踊りの美しさは先ほどのテンマのものを上回るものであった。
その彼女の踊りにすっかり惚れ込むポセイドン。テンマだけでなくこの女性も自分の踊りにピッタリ合わせてくれる。これほど相性のいい相手は過去にいなかった。いや、いた、一人だけ。はるか昔の話だが・・・
「おい、娘よ」
女性に話しかけるポセイドン。
「貴様、名は?」
だが女性は名乗らずただ俯くだけだった。
「まあ、いい。だがここまで見事に合わせられる女はいままで見たことがないぞ」
「褒美を取らせる。あとで俺の部屋に来るがいい」
2人がそんな会話をしている中、会場の外は騒ぎとなっていた。
「ヘルメスさま、大変です!警備の者たちが石に!」
「なに!」
事態は急変していた。
◇
2人の踊りも終盤に差し掛かっていた。
踊りながら見つめ合う2人。
「そういえば昔、お前のように踊れた人間の娘がおったぞ。名は・・・なんと言ったかな?」
ポセイドンは彼女の前で、昔、相手にしていた女性の話をしだした。
他の女性の話をするなど、デリカシーの欠片もないが、3大神ともなると、代わりの女性はいくらでもいる。いちいち彼女らに気を遣ったりしないのだ。
「名前くらい、憶えてあげてください・・・」
彼女は俯きながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「ん?いやしかしな、人間の女など履いて捨てるほど相手にしてきたんだ。いちいち顔や名前を憶えておくなんてできるわけがない」
ポセイドンはそれが『さも当然』と言わんばかりに言い切った。
すると彼女は顔を上げ、ポセイドンを見つめて言った。
「この顔、憶えていらっしゃいませんか?」
その目は今にも涙があふれそうだった。
「んんん?お前、前に俺と会ったことがあるのか?残念だが全く憶えてないぞ」
これまた『さも当然』とばかりに言い切った。
おそらく彼には、女性に対するデリカシーという概念がないのだろう。
彼女は俯き、呟くようにしゃべり出した。
床にはポタポタ涙が落ちていた。
「そう、あなたにとって人間の女など、野原に咲く花のようなもの。きれいだと言っては摘み、枯れれば捨てる、ただそれだけのもの・・・」
「お前、泣きながら何を言ってるんだ?」
彼女は再びポセイドンを見上げて言った。
「ホント、酷い人」
彼女の目を見るポセイドン、その目からは涙があふれ、その表情には悔しさがにじみ出ていた。
そして、彼は石と化していた。
◇
「姉上、大変だ。首がこの会場に潜伏してるかもしれないんだ!」
ヘルメスが大慌てでアテナの元に参上した。
その時には、アテナとイカロスは踊りを終え、席からポセイドンたちの踊りを眺めているところだった。
「そのようだね、一足遅かったようだけど・・・」
アテナはヘルメスにポセイドンを指し示して見せた。
石化したポセイドンを見つめて、自分が遅かったことに気付くヘルメス。
「どうやら『首』はあの娘のようだね」
アテナは彼女を睨み付けた。
「イカロス、あの娘と目を合わせてはいけないよ。因果を吸われて石にされるからね」
アテナはイカロスに最低限の注意をすると、ユニ、ラファエルとともに避難するように伝えた。
(本来なら、1番頼りになる子なんだけど、今の状態では無理ね。ここはあたしたちが頑張るしかないか・・・)
アテナはイカロスの覚醒が遅れていることが残念でならなかった。
「ヘルメス、みんなの避難を!」
「分かりました!」
このような事態も想定していた。
会場の係の者たちは、ヘルメスの指示の元、招待客らを会場外へと誘導し始めた。
「我が主・・・」
ポセイドンの側近たちはよろよろと石と化した主の元へと集まった。
「なんとおいたわしい姿に」
みな、その姿を見てすすり泣いた。
そして、怒りを込めた目で彼女(首)を睨み付けた。
「よくも我が主を!」
側近たちはみな非常用の短剣を抜いた。そして側近の頭らしき男が命令した。
「討て、我が主の敵を!」
その命令が下るや否や、彼女に側近たちが躍りかかった。
だが、
「ぎゃ~~」
彼女の髪がまるで生き物のように大きく広がり、側近たちを捕らえた。
髪は彼らの手足の自由を奪い首を絞めつけた、そして
ゴトッ
髪に捕まった者たちは全員絞め殺され、床に転がった。
その状況にあっけにとられる側近の頭、しかし、
「おのれ!」
頭はそのまま彼女へと突っ込んだ。
先ほどと同じように彼女の髪が、彼を捕らえに来た。だが、
髪は彼を捕らえることは出来なかった。
「捕らえられなければどうということはないな!」
頭はすでに彼女の背中に移動していた。ポセイドンの側近の頭である。戦闘力はかなり高かった。
「覚悟!」
そういうと彼女を短剣で刺し殺そうとした。だが
「なっ・・・」
確実に仕留めたと思った。
突き出した短剣は間違いなく彼女の心臓を突いたはずだった。
しかし、目の前に彼女はいなかった。目の前を数本の髪の毛が舞い落ちた。
「酷い人・・・」
彼女の声が背中から聞こえてきた。
彼女は彼に背中から抱き着いていた。
そして万力のような力で彼を締め付けた。
「グァ~」
その痛みで悲鳴を上げる頭。
そんな中なんとか反撃しようと彼女に目をやった。
目と目が合う2人。そして
彼も石と化してしまった。
◇
「なんということだ!あれほどの豪の者たちを!」
アルカイオスは、テンマと屋敷の者たちを非難させようと、彼らの盾となっていた。しかし、自分ほどではないにしろ、天界でも有名な豪の者たちを、彼女はたちどころに全滅させたのだ。
アルカイオスの脳裏にヘルメスの言葉が蘇る
『彼女は因果を食料に成長を続けている。どれほど強くなっているか見当もつかない』
今、目の前にいる彼女は、いままで彼が戦ってきた相手の中でも最強かもしれない。
アルカイオスはテンマに振り返った。
「姫、お早くお逃げを。ここは私が引き受けます」
アルカイオスは覚悟を決めたような顔をしていた。
「え?やだ、一緒に逃げようよ」
テンマは突然の彼のセリフにビックリした様子だった。
「私は戦士です。皆をこの脅威から守らねばなりません。ここに残ります」
「そんな!」
悲痛な表情を浮かべるテンマ。
「なにをしている!はやく姫をお連れいたせ!」
屋敷の者たちがテンマの手を引き連れ出そうとした。
「アルカイオス!」
叫ぶテンマ、見送るアルカイオス。
だが次の瞬間
「だあ!」
アルカイオスは首の髪の毛に捕らえられ、会場の反対方向に投げ飛ばされた。
驚くテンマたち。
そんな彼女たちに近づく影がひとつ。
「やっと見つけたわ、私のかわいい娘・・・」
そして影はテンマの前で立ち止まった。
「テンマ」
彼女はテンマの名を呼んだ。
じっと彼女を見つめるテンマ、そして呟いた。
「母様・・・」




