#11 ペガサスの女王
アテナとヘルメスを乗せた馬車はペガサス領へと向かっていた。
首が現れたことを伝えるためである。
「ペガサスの女王、それはペガサス族の始祖のこと。これまで数度、神としての生を全うし、また生まれ変わってきた。過去生を憶えていたり、忘れていたりと違いはあるが、同じ魂を持つことに変わりはない。前回、死去されてから数千年ぶりにお生まれなさった。最近の口ぶりだと断片的に過去生の記憶を留めているようとのこと。そこから推察すると、どうやらこの数千年の間は、人間に転生していたと思われる・・・これでいいですか、姉上?」
アテナの『ペガサスについてどこまで知っているか?』という問いに対するヘルメスの回答がこれであった。
「さすが!本当はもっと詳しく知ってるくせに、大事なところはボカして答えた!」
天界において他者の過去生を口にすることは禁忌とされていた。それを知った上での質問である。馬車の中で暇だったので、アテナが戯れにヘルメスに質問したのだった。
「そりゃあ、あの時僕も彼にサンダルを貸してますからね。それからどうしてこんなことになったのかおおよそ知っていますよ。でも、姉上はさらにその前から知ってるんじゃないんですか?」
「ああ、知っている。そもそもあの馬鹿野郎があいつにそそのかされたのが原因さ。元々あの娘はいい子だったんだよ。ただ少し世間知らずなだけで・・・」
「姉上、代名詞が多すぎてなにがなんだかわかりません」
「今はわからなくていいよ。そのうちわかるから」
そういうとアテナはこの話を打ち切った。
「あっ、ペガサスの屋敷です」
馬車がペガサスの屋敷の門をくぐると屋敷からペガサスの姫『テンマ』が駆け寄ってきた。
馬車からアテナが降りるや否や飛びつくテンマ。
「アテナさま!」
「テンマ、久しぶりね!少し背が伸びたんじゃない?」
2人の間は微笑ましい雰囲気に包まれていた。
そしてテンマの背後から、大男が一人現れた。
「ヘーラクレース、久しぶりね。お役目ご苦労さま」
「アテナさま、その名で呼ぶのはおやめください。アルカイオスとおよびください」
「はいはい、大英雄ともあろうものが謙虚なことで」
そんなアルカイオスの前にヘルメスが現れた。
「アルカイオス、息災なようだな。順調なのか?」
「ヘルメスさま、お久しぶりです。先ほど草原で賊がひとり、姫に迫ってきたところをブッ飛ばしたところです。取り逃がしてしまいましたが・・・」
彼はシェムハザのことを言っているようだ。
「それはまた命知らずな・・・。姫にケガは?」
「幸いなにもありませんでした。ただ、姫の名前を叫んでいたので。妙な賊でしたね」
「そうか、君がそばにいれば心配ないと思うが気を付けてくれ。それとな、どうやら『首』が近くにいるらしい」
「なんと!」
「今日ここに来たのはそれを話すためでもあるんだ」
そういうと4人は屋敷に入ろうと歩き出した。
アテナの手を引っ張るテンマ。
「はやくはやく、アテナさま!」
「こら、おしとやかにしなさい。今度のパーティーに出るんだから」
「パーティー?」
「そうよ、今度大きなパーティーがアテネであるの。オリンポス中の神族が出席するのよ。あなたはそのパーティーで社交デビューするのよ!」
その言葉を聞き、狂喜乱舞するテンマ。
その無邪気な姿をまぶしく思う3人。
4人は今後を話し合うため屋敷へ入っていった。
その時、屋敷よりかなり遠方の高い木が揺れた。
その木の上部の枝の上に、首の彼女がいた。
彼女は彼らを見届けると『クスッ』と笑い、次の瞬間、そこから消えていた。
◇
「いててててっ!」
シェムハザはアスタロトに治療を受けていた。
「我慢なさい、これくらいで!まあ、あのヘーラクレースのパンチをまともに受けてこの程度の怪我ですんだあんたもたいしたもんですよ」
ほめてるのかけなしてるのかわからないアスタロト。
「ただね、いい情報を仕入れたんですよ。今度アテネで大きなパーティーが開かれて、そこにペガサスの女王が出席するらしいんですよ」
アスタロトは諜報が得意なのである。蝙蝠の分身を使ってアテネ中を調べていたのだ。
ただ、アテネ全体を覆う結界の中では普通の姿では十分に動けず、蝙蝠に化けてようやく動ける程度なのだ。力も通常の数分の一しかでないのである。
「警備は厳しいと思いますが、首がこのチャンスを見逃すとは思えません。我々にとっても首を捕獲する絶好の機会です!」
「つまり、テンマをマークしていれば、首が向こうから現れるということ?。会場の中ではあの大男もそうそう動けないだろうし」
シェムハザはアスタロトの情報から自分なりに考えてみた。
「そう、そのとうり。この機会必ずものにしなければいけません!」
「わかった。で、段取りはどうしよう?」
「それはですね・・・」
2人はさらに話を詰めだした・・・
◇
「はあ~~、やっとついた!」
ユニは馬車から真っ先に降りた。それに続いて降りるのはイカロスである。
「ここがアテネか・・・。なんか懐かしい気がする・・・」
イカロスはアテネにデジャブーを感じていた。
「ほら2人とも。すぐに荷物を部屋に運ぶんだ。先方の手を煩わせてはいかん」
そういって降りてきたのは、ラファエルである。今回の2人の保護者役である。
馬車がついた先はヘルメスのアテネにおける仮屋敷である。仮とはいえその豪華さはアテネでも指折りだった。
「やあ、イカロス、ユニ、よく来たね。疲れただろう。すぐ屋敷に入りなさい」
そういって迎え入れてくれたのはヘルメスである。
「は~~い!」
2人は元気よく答えると、荷物を運びつつ屋敷へと入っていった。
今日はこのまま休み、明日はアテナに謁見、その後アテネ観光、そして3日後はいよいよパーティーであった。
そしてそのパーティーで、2人にとって重要な出会いがあることを彼らはまだ知らなかった。




