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異世界征服物語2  作者: COCO
序章
1/21

#01 イカロスとテンマ その壱

遠い昔、この世界は神と人間が共に暮らしていた。神に似せて造られた新たな生命、それが人間であった。

彼らはこの世界を舞台に様々な物語を創るために生まれてきた。そのあまりにも短い生涯を懸けて・・・




ここはとある王城、その中の豪華な部屋でひとりの老人が今息を引き取ろうとしていた。

老人のベッドの周りには彼の最後を看取ろうと大勢の人が詰めかけていた。


「メガペンテースへの報復は無用じゃ、葬儀は密葬とせよ」


「王よ、それでいいのですか!?」


「これも因果応報というものだ。私はこれまで彼の父も私の祖父もこの手にかけてきた。憎しみは何も生み出さん。因果の連鎖は断ち切らねばならん」


「王・・・」


周囲の者たちはその老人の英断に感服し、その彼がもうすぐ旅立ちことに涙を流した。


「他の者もこれまでどうり行動せよ。国を守り家族を守れ。これからも皆で力を合わせてゆくのじゃ」


皆その言葉を胸に刻みつつ、すすり泣いた。


「そろそろじゃろう、すまぬ、しばらく妻と二人だけにしてくれぬか?」


その老人の言葉に皆部屋を出る、一人の老婆を残して。


「あなた・・・」


「そろそろのようじゃ。先に行かねばならん」


「そんな、悲しいことを言わないでください」


老婆はポロポロ涙を流し泣いている。


「泣かないで。しばらく間お別れするだけだ。すぐにまた会えるさ」


「本当?」


「本当だとも。どんなに離れていても、僕は君を必ず探し出す。そしてまた結婚しよう」


老婆は泣きながらウンウンと頷く。二人だけの会話。口調も砕けている。まるで若々しいカップルの会話である。


「ああ、思い出すね、君との冒険。君は一緒に空を飛ぶことさえ怖がって」


「もう、あなたは私を強引に抱えて飛ぶんですもの・・・」


「もう一度飛びたかったな、君と一緒に・・・」


2人の脳裏には若かりし時の楽しかった思い出が蘇っていた。その老人の記憶の中に気になる白い影が映った。その姿は空を征く者すべての者の心を掴んだにちがいない。


「ペガサス・・・」


老人は呟く。


(あの後、彼女はどうなったのだろう?)


そんな疑問が彼の脳裏を走る。


「あなた・・・」


彼女の声で引き戻される。最後の時間は刻々と迫っていた。


「そろそろお別れみたいだ。ねえ、お願いがあるんだ、最後は笑ってお別れしないか?」


そういうとニッコリ笑う彼。


「あなた!」


その言葉にさらに涙が出てしまう彼女。


「泣かないで。本当、泣き虫だね、君は。でも最後は笑って見送ってほしいんだ」


そういうと突然苦しみだす。


「あなた、行かないで」


取り乱す彼女。だが、そんな彼女の頬に彼は右手を当て


「笑って、かわいい顔が台無しだよ。本当にいままでありがとう」


彼の右手を握る彼女。その手から力が抜けていく。彼がもう限界だと悟り、要望に応え、必死に笑顔をつくる。


「うん、かわいい笑顔だ。ありがとう」


苦しそうに声を絞り出す彼。


「しばらくの辛抱だ。必ず迎えに行く。それまで待ってて」


その言葉にウンウンと頷く彼女。


「じゃあね、愛しているよアンドロメダ」


それが最後だった。彼の右手から完全に力が消える。彼女は彼の胸にしがみつき泣き続けた。


英雄と呼ばれた一人の男の最後だった。





「何を泣いておる?」


その言葉で目が覚めた。


「あれ?父さん、ここは?」


「『ここは?』ではない。なにを寝ぼけている?起きたら作業に戻らんか!こんなところさっさとおさらばするんじゃ!」


彼はいままでなにかとても悲しい夢を見ていたようだった。しかし、父親の声で現実に引き戻された。目の前には様々な工具が並び、そして父親は熱心に工作中だった。


「さすがにこれで脱出できたらすごいよね。まさかこんな方法、誰も思いつかいもん!」


「できたらじゃない、絶対するんだ!こんなところ、これ以上いてたまるか!」


父親は吐き捨てるように言うと、また黙々と作業を始めた。


彼の名は『イカロス』父親の名は『ダイダロス』、彼らは今、この迷宮ラビリュントスから脱出するための翼を蝋を使って作っている最中だった。


事の発端は半年前、テーセウスがミーノータウロスを倒したところから始まる。


ダイダロス親子は元々アテネに住んでおり大工を生業にしていたが、ダイダロスがとある事件から追放処分となり、クレタ島のミーノース王の元に身を寄せていた。そこでその才能を活かし様々な発明をしていた。この迷宮を造ったのも彼である。迷宮にはミーノータウロスが幽閉されており、生贄を各地から捧げる習わしとなっていた。そこに現れたのがアテネの英雄テーセウスである。彼はこの習わしに強い憤りを感じ、自ら生贄となっていた。目的はミーノータウロスの討伐。この過程でミーノース王の娘アリアドネーが彼に恋をしてしまう。彼女は彼を助けるため、彼に赤い麻糸の鞠と短剣をこっそり手渡した。彼は彼女からもらった毬の麻糸の端を入口の扉に結び付け、糸を少しずつ伸ばしながら、他の生贄たちと共に迷宮の奥へと進んでいった。そして一行はミーノータウロスと遭遇。皆が震える中、彼はひとりミーノータウロスと戦い、見事これを討ち果たした。その後、彼らは糸を逆にたどって、無事に迷宮の外へ脱出したのだった。彼は彼女を妻にする約束をし、追手から逃れてアテナへ戻るため、急いでクレタ島から脱出したのだった。


問題はここからだった。


彼らがミーノータウロスを倒し、船を奪い脱出したと分かるとミーノース王は大激怒した。すぐさま追手がかかったが、時すでに遅し。彼らはとうに逃げおおせていた。それで王宮は王の怒りでごった返になった。

事件の真相を暴くため徹底的に調査が進められた。そしてここでダイダロス親子に火の粉が飛んだ。


調査の結果、王女アリアドネーに迷宮脱出の策を授けたのが、ほかでもないダイダロスだったことが判明したからだ。


結果、迷宮の秘密が外部に漏れることを恐れた王は、それを理由に彼ら親子を迷宮の塔に幽閉したのだった。


彼らはどうにかして脱出しなければならなくなった。こんなところで朽ち果てる気は毛頭ない。いかに世話になったミーノース王の命令とはいえ、こればかりは聞くわけにはいかなかった。ダイダロスはこの迷宮の作者である。脱出不可能といわれるこの迷宮も彼の知恵があれば脱出できる。しかし、その出口は衛兵で固められておりそこを突破するのは不可能であった。


そこで目を付けたのが空である。


塔の上から翼を使い逃げるのである。それなら衛兵など関係ない。そしてそれを作るための工具も問題ない。この迷宮をつくるために使った工具が、塔の部屋に大量に遺棄されていたからだ。


問題はその材料が見当たらないことだった。だが・・・


「材料ならある!」


ダイダロスは塔や迷宮に使う蠟燭を大量に集めてきたのだった。この蝋を使って脱出するための翼を作ろうというのである。


こうして彼らの蝋の翼作りが始まったのだ。



「ここはこんな形の方がいいはずだよ」


イカロスがダイダロスに助言する。大工として技術者としてはるかに先輩である父ダイダロスに助言などありえない。しかし、なぜか翼に関してだけは息子イカロスの方が知識、センスがあった。そのおかげで翼はとても蝋で作ったとは見えないほど精巧な物となっていった。


「なんでこれに関してだけはそんなに詳しいんだ?」


ダイダロスはイカロスを不思議に思った。


「よくわからない。でもなんだか昔その素晴らしさを目の当たりにしていた気がしてならないんだ」


「デジャブーだな。きっとお前は生まれる前にそんな経験としてきたんだろう。そういえばお前は昔から妙に空にあこがれているようだったな。小さい頃から鳥を見ては『自分もいつか空を飛ぶんだ!』ってはしゃいでいたっけな」


ダイダロスは小さい頃のイカロスを思い出して目を細めた。


こうして2人の蝋の翼は完成した。あとは脱出を図るだけだった。





決行当日の早朝、2人は今、塔の最上階にいた。蝋の翼を背負い後は脱出するだけである。


「ふふふっ、衛兵どもめ、今日も警備ご苦労なこったな。全く我らの動きが読めとらんようだ」


2人がこれから空から脱出するとは、彼ら以外は誰一人気が付いてはいなかった。


「ではイカロスよ。これより脱出する。目的地はシチリアのカミコスだ。そこの王コカロスは以前わしの業物を所望してきた人物だ。わしが行けば無碍な扱はしないだろう。しばらくは彼の元で過ごすこととあいなろう。」


「わかっております」


「それでな、移動中の注意事項だが、再度確認しておく。まずできるだけ一緒に飛行するつもりだが、空の上だ。風の影響で思った通り動けるとは思えん。途中でバラバラになってしまうこともあるかもしれん。しかし、最低でも海さえ超えればOKだ。あとは地上を歩いて場所を確認しつつ、状況をみて飛んでシチリアを目指せばよい。そして飛行に関してだが、この翼はよくできている。だが蝋製だ。つまり熱に弱い、おまけに湿気にもだ。だからあまり太陽に近づくな、熱にやられる。そして海面にもだ、湿気にやられる。高度を一定に保ち、安全飛行を心掛けろ。そうすれば気流に乗ってシチリアへあっという間に到着できるぞ」


「了解です」


この話はもはや耳にタコができるほど聞かされていた。だが、もしかするとこれが最後の会話になるかもしれない。父としては話さずにはいられなかったのだろう。


日が昇り始めた。朝日に紛れて塔を離れるのが最初の関門だ。ここで気が付かれなければ追手がかかるまで相当な時間が稼げる。


「では参るぞ!」


「ははっ!」


2人は勢いよく塔から飛び立った。


その姿は朝日に紛れ、衛兵たちに気づかれることはなかった。


「うまくいったようですね、父上」


「おお、このままシチリアへひとっとびじゃ!」


2人はそのまま海に出た。日差しは柔らかく、風は穏やか。そこまでは順調そのものだった。


だが・・・


次第にあたりは暗くなっきた。風が強くなり、どんよりとした雲が彼らを飲み込んでいた。


「おい、このままではどっちがシチリアかわからん。雲の上に出るぞ」


「はい」


2人は雲を抜けようと上昇を始めた。その時だった。


イカロスの体が急激な上昇気流に巻き込まれたのだ。


「うわ~」


あっという間に吹き飛ばされるイカロス。


ダイダロスも後を追おうと必死に飛ぶ。しかし、この空で思うように飛べるわけがない。イカロスを押し上げた気流に乗ろうにもうまくいくわけがない。


「イカロース!」


ダイダロスは悲痛な叫びをあげることしかできなかった。





晴天、そこは雲の上だった。

無音、あたりは何の音もなかった。

無風、風が全く吹いてなかった。


気が付くとイカロスは不思議な空を飛んでいた。

ここがどこだかわからない。

しかし自由だった。

そこではイカロスは自由自在だった。

この空すべてが自分の庭であった。

そこにあるもの、見えるものすべてが彼のものだった。

赤々と燃える太陽すら自分の物と思えた。


(近くに行ってみたい)


まるで幼児のようであった。

好奇心で、近くものを訳も分からず手で触り、口に含もうとする。

そんな好奇心が無意識に彼の体を支配していた。

彼はただひたすら上昇し始めた。

何か催眠術にでもかかったかのように、ひたすら太陽めがけて飛んでき行った。

その頭には、父の注意など完全に失念していた。


彼の体は日に照らされ赤く染まりだした。

蝋の翼は熱を持ち、次第にほころび始めた。

それでも上昇を続けるイカロス。

彼はもはや何も考えていなかった。


そして・・・


翼に火がついた。


それは一瞬だった。火はあっという間に翼全体に広がった。

みるみる翼は溶けてゆく。

そのときになって我に返るイカロス。

だがもう遅い。


彼は真っ逆さまに海に向かって落ちていった。



走馬燈が走る。

幼いころからの記憶が一気に頭に流れ込んでくる。

その中に翼のある白い馬が飛び出してきた。

メデゥーサの首を切り落としたとき、その切り口から飛び出してた彼女。


(って?あれ?なんだそりゃ?俺が化け物退治?でも、覚えてるぞ。やった気がする。えっ?でも、そんなこといつしたんだ?)


そんなことを考えているうちに目の前に白い影が現れた。


ハッとするイカロス。


しかし、そこまでだった。


そこで彼の意識は再び途絶えるのだった。





風が気持ちいい、日の光が柔らかく温かい。


(えっ?)


イカロスは目を覚ました。体中を見回す。あちこちに軽い火傷の跡がある。そしてそこには治療の跡がある。

イカロスは部屋で寝かされていた。その部屋の窓から海が見える。風が穏やかに吹き込み、日の光が差し込んでいた。


「無茶ですよ、あんな翼でヘリオス様に近づくなんて。体よく追っ払われちゃいましたね。気を付けてくださいよ。結構あぶないところだったんですから」


そういいながら女性が部屋に入ってきた。


「よかった、気が付いてくれて」


そういいながら微笑む彼女。

その姿を見て驚くイカロス。

美しい黒いロングストレートの髪、バランスの良いプロポーション、小さく可愛らしい顔。

どんな男も一瞬で心を奪われそうなその姿に、彼は言葉を詰まらせた。

しかし、同時になぜか昔から知っているような不思議な感覚に包まれていた。

姿形は違えど、この雰囲気を自分はどこかで感じたことがある。

しかし、記憶の中に彼女の姿はどこにもない。


「あ、あの、た、たすけていただいたみたいで、ありがとうございます。あ、あの、気を悪くしないで聞いてもらいたいんですけど、いいですか?」


気が動転しているイカロス。

しどろもどろで彼女にお願いする。


「はい、どうぞ」


イカロスのお願いに、にっこり笑って応える彼女。


「僕の記憶違いならごめんなさい、でも、あの、ぼくたちどこかでお会いしたことありませんか?」


普通なら変人確定の質問である。


「ええ、ありますよ。やっと会えましたね、お久しぶりですイカロス。私はテンマ。あなたの妻です」


「えっ?」


ニコニコ笑うテンマ。

しかしその目にはうっすらと涙を浮かべている。


そして彼女の発言に思考停止するイカロス。


こうして運命の歯車は廻り出した・・・

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