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火涙の少女  作者:
5/12

幕 間 『陰に潜む悪魔』

 ――――静寂に満ちた、職員室。


 そこでセラ・ユーベルは独り、熟考していた。その内容というのは、リン・アストロアートのことだった。

 セラは、リンと初めて会った日――リンが転校してきた日だ――から、彼女のことが気に入らなかった。いや、気に入らなかったのではない。恐れていたのだ。

 何を考えているか解らない、あの赤い瞳。他人を決して寄せ付けようとしない、孤独な雰囲気。正直、怖かった。

 だから、無意識の内にリンに向ける視線が、他の人に向けるそれと違ったものになっていた。行動も、それに基づくモノとなっていた。それは『恐怖』から来るものであったが、見方を変えればそれは『悪意』とも言えるモノだっただろう。


 何よりも彼女を恐れる一番の要因となっていたのは、リンから発せられる微弱な魔力だった。

 セラの家――ユーベル家は代々、祓魔師(エクソシスト)の家系だった。尤も、その職業は時代が流れ、代を重ねるごとに失われていき、セラの前前々代の時にはすでにユーベル家には祓魔師は誰一人居なかった。今では、その名残があるだけだ。

 だが、セラは生まれつき、その祓魔師としての能力を、微弱ながら持っていた。祓魔師としての、完全な洗礼能力や悪魔を祓う能力は持っていなかったが、魔力の感知――魔力の存在を、感じ取ることだけはできた。

 だからこそ、リンの存在が怖かった。

 リンから感じ取れる、微弱な魔力。最初はただの違和感かと思った。ただの一人の生徒が、魔力を持っているわけがない。数百年前ならいざ知らず、この時代にそんな人間がいるわけがない、そう思っていた。


 けど、彼女と接していく内に、その予想はだんだん確信へ変わり、やがてセラは、そんなリンを恐れるようになった。


 ――でも、どうして? どうして、あの娘は魔力を持っているの?


 セラはふと、この疑問に思い至った。それは、当然の帰結と言えた。

 そこでセラは、リンについて調べた。彼女と、彼女の周辺を調べ上げるのに、丸ひと月かかった。学校に存在する個人情報から、様々な手段を駆使―クロード家に直接彼女のことを聞きに行ったり――して、調べ上げた。そうして浮かび上がった事実が、


(リンが以前住んでいた街が、全焼……。住人は殆どが死に、リンはその街の唯一の生き残り……)


 と、いうものだった。


 この地域は、ほとんどの街が木組みの街だ。だから、火事などが起こればたちまち辺りは火の海になってしまうだろうし、そうならないよう、住人はみな火の扱いには細心の注意を払っている。

 だが、そんな注意をしていても、起きてしまったこの災害。そんな災害の中、唯一生き残ったリン・アストロアートという少女。一見すると、不幸な少女のことだが、どこか不可解だった。

 セラは、リンについて調べるまで、この火災のことは聞いたことも無かった。


 ――どこかで情報を規制されている、そう考えた。そうでもなければ、個人の情報を調べるのにこんな時間がかかるわけがない。けど、一個人がそんな情報規制など出来るハズもない。

 ならば、彼女の現在の保護者である、ここら一帯の地主であるクロード家が行ったのだろうか。だが、それも不自然だ。なぜなら、クロード家にはそこまでするメリットが無いからだ。


 ――いや。そもそもの話、クロード家はどうして、このことについて何の疑問も持た(・・・・・・・)なかった(・・・・)のだ?


 セラがこのことについて知った情報源は、クロード家に直接事情を聞いたことだ。ならば、クロード家はこのことについて知っていたことになる。

 知っていたなら、なぜこれを公表しなかったのだろうか。街ひとつが燃えるなど、言わないどころか、公にしなければいけない案件だというのに。


 ……まるで、この件が言うべきことでも無いと言わんばかりのようだ。

 規制されている、という話ではない。その推測は前提から間違っている。公に知られていなければ、情報を規制するも何もないのだ。


 けど、なんだろうか。

 話を聞きに行った時の、クロード家当主の顔を思い出す。


(あの顔は、意図的に隠したというより、単純に言わないだけだった――?)


 そんな気がしなくもない。

 単に、セラがそう感じただけで、他の人が見たらまた別の感想を抱くのかもしれないが、それでもセラはこう感じずにはいられなかった。


「…………」


 ひどく、不可解だ。

 リン・アストロアートは、いったいなんなのだ。

 まさか、まさかとは思うが――。


(あの娘が、この火災の――?)


 ゴトン、と。

 セラが一つの推測を出した矢先、背後から物音が聞こえた。


「――誰かしら?」


 振り返らずに、声だけで背後の人物に問う。後ろに誰かが居るのは、気配で感じ取れた。だから、努めて冷静に、質問を投げた。


『おや。まさか気付かれていたのかな』


 背後の人物は、とても意外そうに声を上げる。

 声色から判断するに、少年と言ったところだろうか。

 しかし何だろう。つい最近、この声をどこかで聞いた気がする。


「……質問に答えなさい。貴方は誰かしら?」

『んー、そうだなぁ……』


 セラがそう問うと、背後の人物は少しの間を空け、



『――君の願いを叶える者、と言ったらどうだい?』



 そう、告げたのだった。


「私の願いを叶える、ですって……?」

『そう。セラ・ユーベル、君はリン・アストロアートのことが気になってるね? 決して好意的な意味ではなく、ね』

「……どうして、それを」

『僕には解るのさ。僕は、そういう風に出来ている』


 セラは決して振り返らず、声に感情も乗せず、淡々と背後の人物に対応してきた――が、それが段々と崩れてきている。今にも振り返ろうとする衝動を抑えながら、再び問う。


「……それが、どうして私の願いだと言うの?」

『簡単なことさ。君はリンに、ここから居なくなってほしいと思っている。君は自覚してないだけで、心の奥底――まぁ、無意識と言えばいいか、そこで彼女を嫌い、そして居なくなって欲しいと願っているのさ』

「違う! 私はそんなこと、願ってなんか……!」

『じゃあ聞くけど、どうしてリンのことを調べてるのさ? 彼女のことを何とも思っていないのなら、彼女に関わらなければいい。それでも彼女について調べたのは、彼女を陥れる為のキッカケが欲しかったからだろう? あるいは、自分の『悪』をぶつける捌け口が欲しかったのから、とかね』

「――――ッ!?」

『正直になりなよ、セラ・ユーベル。君はリンが居なくなって欲しいと願っている。そうだろう?』

「……私、は」


 紡ごうとした言葉が、喉から出てこない。ただ、喉が震えるだけ。

 セラの心は、背後の人物の言葉で掻き乱されていた。


 ――そっちは駄目だ。行ってはいけない。と、脳は警鐘を確かに鳴らしているのに、少年の言葉は、その鐘の音を静めるかのようだ。

 甘い、誘惑の言葉。誘導されていると解っているのに、心はそっちに引かれていく。

 少年の言葉は脳内に直接響くようで、しかもそれを聞いているだけで、脳が溶けてしまいそうだった。少年の言葉には、そんな力がある。

 隠そうとしていた胸の内の悪意を、無理矢理引き摺りだそうとする。

 その行為は、自らへの、そして周囲への裏切りの行為だと解っているのに、それはどうでもいいことだという認識が、セラの理性に上書きされていく。

 やがて、セラの心は、引かれ、誘われ、導かれるかのように、少年の声を受け入れていった。


「……いったい、貴方の目的は何なの?」


 少年を受け入れたセラは、少年に問うた。目的は何なのかと。

 それは、少年に導かれるまま、自然に発した問い。その問いに少年は、


『僕は、リンが欲しいんだ』


 そう、答えた。


「あの娘が、欲しい……?」

『ああ。そして君はリンに居なくなって欲しい。ほら、利害は一致している。だったら、君がすべきことは何か……解るよね?』


 未だに、少年の姿は見ていない。セラは少年に背を向けたまま、彼と話している。見ていないが、彼が笑っているということは安易に想像出来た。いったい、その笑みは何を表しているのだろうか。


「……改めて、問うわ」


 ゆっくり、息を吸って、そして吐く。

 数瞬の躊躇いの後、セラは振り返る。


「……貴方は、いったい誰――?」


 振り向きざまに、最初の質問と、同じ質問をしながら。


「――え?」


 そして、セラは視た。

 その少年の姿を、直視した。

 セラの翡翠の眼に映るのは、一人の少年。

 赤色の髪に、紅色の瞳。

 髪と瞳の色は違えど、しかしその顔は間違いなく、


「ファルシュ、くん……?」


 最近転校してきた、アレン・ファルシュだった。


『――僕をアイツと同じにするな。燃やすぞ(ころすぞ)、人間』


 刹那、少年の声に怒気が混ざる。いや、それは怒気というモノではなく、明確な殺意だった。


『……僕のことは、悪魔と呼んでくれたらいいよ。現に、悪魔だしね』

「悪魔……って!?」


 驚愕する。まさか、この時代に悪魔がいるとは。

 そういうことならば、事情は変わる。衰退した家系ではあるが、祓魔師の家系として目の前の悪魔を倒さなければならない。

 そしてセラは、彼の甘言によって沈みかけた意識を何とか取り戻し、彼を見る。その様子に、悪魔は若干意外そうな顔をしたが、すぐに元に戻り、声を発する。


『君が祓魔師の家系の人間ということは知っているよ。けど、君には僕を祓えない。まぁ尤も、それ以前に――』


目の前の少年――悪魔は、表情を変えずセラをじっと見つめ、


『――君はもう、僕の傀儡(モノ)だ』


 その表情(かお)が、嗤った。


「なっ――!?」


 心臓がどくんと鳴る。だんだんと身体の自由が無くなっていくのがわかる。そして意識さえも。


『ちょっと事情が変わってね。本来ならこんなやり方、僕は絶対にしないけど、今回は事情が事情だ。僕は、僕自身の手で彼女を手にする』


 悪魔の声が聞こえる。聞こえるが、内容がよく理解出来ない。


(いったい何!? 私はどうなるの!?)


 そう必死になって叫ぶも、その叫びは届かない。


『ああでも、安心してよ、セラ・ユーベル。君の願いはちゃんと叶えるし、君の意識を消失させたりはしない。僕の用が済むまで、君の意識は奥底に封じ込めておくだけさ。代わりに、仮初の意識を与えて、君の身体だけを使わせてもらうよ。今の僕には、僕の代わりに人間界(ここ)で手足となる手段が必要なんだ』


 ついに手足の自由が無くなり、セラはその場に倒れ込んだ。


『なんで、って顔をしてるね。そうだね、これだけは答えてあげよう。君が、リンに対する悪意を明確にした時点で、僕は君のその悪意を自分のモノにした。なんせ悪魔だ。それくらいは造作もないし、僕の得意分野でもある。その悪意を起点に、君の身体と意識を操って、今に至るというわけだ。わかったかい?』


 嗤いながら、悪魔はそう告げる。


 ――裏切られたのか。そう、思ってしまった。


 先ほどは自分が裏切ろうとしていたのに、自分が裏切られたらこうも簡単に他者を憎むとは。

 いや、セラは決して裏切られてはいない。そもそもの話、裏切るもなにもないのだ。

 悪魔は最初からこうするつもりだったのだ。

 セラを、騙す気だったのだ。

 それが結果として、裏切られたに過ぎないだけ。

 利害一致。確かにそうだ。しかし、これでは一致してセラが得る「利」以上に、「害」が増えては、本末転倒もいいところだ。なんて、心の中で嗤う。

 だが、なによりも屈辱だったのは、祓魔師の家系でありながら悪魔の傀儡にされたことだった。そう思っても、もう遅い。

 かろうじて残っていた、残り滓も同然の意識が、身体から乖離していく。


『あぁ、待っていてくれ、リン。駒は揃った。これでようやく、君に……!』


 意識が乖離していく中、悪魔の声が聞こえた。

 それは彼の、彼女に対する純然たる想いの声。その声に偽りはなく、とても綺麗だと感じた。

 だからこそ、同時にセラはこう感じた。


(ああ、この悪魔――)


 ――とても、狂っているな。

 そして、セラ・ユーベルの意識は消えた。


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