序 幕 『炎の記憶』
炎が、燃えている。
その炎は燃やしている。
街を、森を。――人々を。
そこに在るのはただの赫い炎。
街を燃やし、森を燃やし、人々を燃やす、無慈悲なまでに赤く、そして綺麗な赫い炎。
「う、ぁ……ぁ」
嗚咽が漏れる。涙が頬を伝う。
そしてそれが地に触れる前に、拭う。
泣いてはいけない。泣いてはいけない。
泣いたらまた、燃えてしまう。それだけは、ダメだ。
けど、拭いきれなかった涙が、地に触れる。
刹那、炎が燃え上がった。
「あぁ……ぁ、ぁあ……!」
――燃えた、燃えてしまった。
――燃やしてしまった。
それが、決定打となった。
「――――――!」
堤防が決壊する。
涙が溢れる。
燃える。
「ああああああああああ――――――ッ!!!!!」
燃えていく。
生まれ育った街も、駆け回った森も、さっきまで話していた人々も、等しく、燃えていく。
その光景を、泣きながら、虚ろな眼で見つめる。
「――――――、」
駄目だ。ここに居てはいけない。
何処か、遠い場所へ。
遠く、遠く。誰も来ない場所へ。
涙を拭う。そうすれば炎は収まる。けど、一度放たれた炎はもうどうすることもできない。
地獄を歩く。
己がつくった地獄。その事実に、思わず涙が出そうになる。
泣いてはいけない。泣いてはいけない。
これ以上は、もう。
だから、せめてものも償い。
この光景をつくってしまった、償いを。
この光景を、眼に。
「――――、なさい」
呟く。
「――――ごめん、なさい」
その呟きは、誰に向けられたモノか。
「ごめんっ……、なさい……!」
泣いてはいけない。泣いてはいけない。
泣いたら、燃えてしまう。
――泣いたら、失くしてしまう。
嗚咽を堪え、涙を拭い、償いの為に光景を眼に焼き付け、そして呟きながら、歩む。
――この日、わたしは総てを喪った。