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第六話「少女たちのキュートな日常 ~ロンゴロンゴ~」

 あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。

 ぼろぼろ公園では、三人の女の子がかたまってうろついていた。


 ダウジングする理珠夢りずむにほてりがついていき、その後ろにらんがくっついている。三人が縦に並び、前の肩を持ち、電車ごっこをするような格好だ。ダウジングロッドの反応が定まらないので、蛇行したり、突然直角に曲がったりして歩いている。一見意味もなく縦列で動く様は、ドラクエのプレイヤーキャラクターのようであった。


 理珠夢は足下を調べた。小さなメダル(一円玉)を手に入れた。十枚集めてアイテム(駄菓子)と交換だ。


「りずちゃん、どう? 反応は近い?」

「りじゅむーん、早く何か見つけてよー」

「むぅ、うるさいなぁ……たぶんこっちなのだが……」


 むーんと唸る理珠夢。その両肩に手を置いて歩くほてりは、なんでダウジングロッドなんてものがりずちゃんのお家にあるのかな、と思っていた。


 理珠夢の作戦を採用し、公園を守ろう同盟が締結されてから、一旦ほてりたちは自分の家に戻った。そうしてほてりは小さなスコップ、藍は大きなスコップ、理珠夢はダウジングロッドを調達してきて、何か価値のある物が埋まっていないか探索し始めたのだった。


「ねぇねぇりずちゃん」

「なんだ? ほてりちゃん」

「もしかして、そのダウジングロッドはお姉ちゃんの物?」


 理珠夢の姉は東大生で、理珠夢にいろいろな知識を教えている張本人である。だが情緒不安定で、東大は休学しているらしい。それでも理珠夢はその姉を尊敬しているようだ。


 ほてりが訊くと、理珠夢はふふんと自慢げに笑う。「その通りだ。お姉ちゃんは面白そうな道具はだいたい持っているのだ。ヴァンデグラフ起電機や様々な錯視図形、ピンホール式プラネタリウムまでなんでもあるぞ!」


「よくわかんないけど、りじゅむんのお姉ちゃんすげー!」

「いったい、そのお姉ちゃんって何者なの……?」


 ほてりの半分独り言のような質問に、よくぞ訊いてくれたとばかりに理珠夢が振り返って不敵に笑う。


「くっくっく。知りたいかね? わがはいのお姉ちゃんは、実は……」

「実は?」「実は……?」


 理珠夢がたっぷりと溜めを作ってから、ばっ! ばっ! とロッドを持った腕を万歳のように突き上げる。

 そして声高に言った。


「実はお姉ちゃんはニコ動の歌い手なのだ!」


 ぼろぼろ公園に静寂が訪れる。


 ブランコが、キィ、と軋む音が侘びしく鳴る。


 そしてほてりと藍は、「す……、」と口を開き、


「「すごぉぉい!」」


 目を輝かせた。


「すごいね、りずちゃんのお姉ちゃん! 歌手ってことでしょ!?」

「りじゅむんのお姉ちゃんが、あーてぃすとだったなんて……!」


 理珠夢が鼻を高くする。「くくく……お姉ちゃんが“歌ってみた”というジャンルの動画を自分で録り、ネットにアップすると、なんと再生数が500を超えることがあるのだ!」


「500人も聞いた人がいるってこと!?」「すげー!」

「しかもお姉ちゃんは、マスクをした自分をカメラに映して、日本中のファンに向けて生放送をしているのだっ!」

「ファン! すげー! アイドルみたい!」

「お姉ちゃんは“ツインテールの姫”と呼ばれ、可愛いフリフリの服を着てファンサービスしている。まさにネットアイドルなのだ……!」


 理珠夢の言葉に感激し、藍が腕を縦にぶんぶん振る。一方ほてりは「で、でも……」と首を傾げていた。


「りずちゃんのお姉ちゃんって、引きこもりさん……なんでしょ? それにこの前りずちゃんが、『お姉ちゃんはげっそりしながらキーボードを叩いたり、むせび泣きながら絵を描いてる』って……」


 藍が「そーなの?」と理珠夢を見る。

 問われた彼女は、すっと表情を優しげなものにし、本当に誇らしそうに言った。


「お姉ちゃんはもう引きこもりではない。また大学に行くようになった」

「えっ!」「おぉ!」


「歌い手活動がお姉ちゃんを明るくさせたのだ。あんまりげっそりしなくなったし、咽び泣きながら描く絵も以前よりカラフルになったよ。そして、お姉ちゃんが引きこもりから脱した理由はもう一つある」


「もう一つ……?」

「そう。それはわがはいがお姉ちゃんのことをこんなにも自慢したい理由でもある」

「らん、ききたい! 変人のおねえちゃんの話は面白いし!」


 変人ということは否定せず、理珠夢はブランコの周りの低い柵に座った。ほてりと藍も腰掛ける。


「……ある日、お姉ちゃんは、お父さんに呼び出された。実際には部屋の扉越しに話していたが、その内容は『頑張って外に出てみないか』という優しく語りかけるようなものだった。それでもお姉ちゃんには応えたみたいで……その後、わがはいは部屋にいるお姉ちゃんを励ましに行った。部屋に入ることを許されているのはわがはいだけだからな。そこで会ったお姉ちゃんは」


 理珠夢は息を吸って、吐いて、また吸う。

「百ページ以上に渡る謝罪文を、ペンで、自主的に、書いていた」

 ほてりは想像してみる。

 いや、想像などできるはずもなかった。

 エリートでありながら引きこもるに至り、謝罪の言葉を溢れさせるほどに自責に駆られていた、一人の大人のことなど。


「お姉ちゃんはそれをきっかけに、少しいろいろあった後、大学に復帰した。そこで早速、書き溜めていた論文を提出し、その内容で教授たちを驚かせたらしい。お姉ちゃんは……本当に、格好いいのだ。考えすぎるほどに考えて、時間はかかるかもしれないが、必ず卓越した答えを導き出す。お姉ちゃんはどんなことにも真剣なんだ。歌い手にも、勉強にも、そして自らを省みることにも……」


「りずちゃん……」「りじゅむん……」


 理珠夢は、ぱっと勢いよく立ち上がると、ダウジングロッドを再び構えた。「さて、探索を再開しよう」と言ってずんずん歩き出す少女。その背中は小さくも強い。


 考え抜く力を持った人。

 それがりずちゃんにとっての尊敬できる大人なんだなあ、とほてりは思った。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 ダウジングを始めて三十分。

 三人は歓声を上げていた。


「すげーっ! なんか出てきたー!」

「すごいよ藍ちゃん、これ……石の板? 模様が描いてあるよ! ほら、りずちゃん見て!」


 ほてりと藍が掘り当てたのは石板だった。十センチ四方、厚さは屋根の瓦程度である。はしゃぐ二人。ほてりはダウジングにより石板の埋まっている場所を見つけだした理珠夢に、その戦利品を見せる。


 理珠夢は、

「う……嘘だ……ありえない……」

 呆然としていた。


「ありえない! だってダウジングには科学的根拠などないのだから!」


「りずちゃん!? そ、そんなことにわたしたちを付き合わせてたの!?」


 先程まで『理解わかる……秘められし真実の在処が……!』などと言っていた理珠夢の自信は何だったのか。ほてりは本気で『すごい……!』と思っていたのでがっかりした。しかしそのがっかりを吹き飛ばす、この成果。


「んー、これ何だろー? もよう、というか、絵文字?」


 藍が小さな石板を裏返したり土を落としたりしている。その表面には奇妙な絵文字が描かれていた。



 挿絵(By みてみん)



 理珠夢がはっとした。

 その仕草に気づいたほてりは、理珠夢の言葉を待つ。

 石板の匂いを嗅いだりしている藍を差し置き、小さな博士は言った。


理解わかる……この絵文字が何を意味しているのか……!」

「絶対わかってないよぉ! もうだまされないよっ!」

「いや本当に理解わかっているぞ。これは縄文人がコミュニケーションに使用した絵文字で“石画”と呼ばれており槍あるいは牙という意味を持っているのだ」


 ほてりは理珠夢の表情をじっと見た。得意げに語る彼女は、語り終えると息をつき、見つめ返してくる。


 引き結ばれた彼女の口元。

 微動だにしなかったその口元が、

 ぷるぷるとゆがんだ。


「笑いそうじゃん! 絶対うそだよぉ!」

「だから不明わかっているって」

「うぅ……もう漢字からしてあきらめてるよぉ……」


 肩を落とすほてり。理珠夢は楽しそうに笑うと、石板をいじくり回す藍に「何かわかったか?」と声をかける。


「うん、わかったよ!」

「ほう! 何がだ?」

「えーっとねー、すごく古くて、けっこう重くて、土の味がする!」


 ほてりは慌てて小さなカバンからペットボトルを取り出し、中に入った温かい緑茶を藍の口に入れてうがいをさせた。有毒な物質が石板の土に付着していたら危ないところだった。


 と、そこへ黒猫ラプラスが歩いてきた。ほてり、理珠夢、藍の順に足の間を通り抜け、三人の前にちょこんと座る。

 もふもふ可愛いぃ、とほてりは目を細めるが、そこで気づいた。


「あっ!」

「ふむ……!」

「え? なになに?」


 ラプラスの額の青い毛。

 それは、石板のものとは異なるが、奇妙な絵文字を浮かび上がらせていた。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 ほてりの夢に出てきた黒猫と全く同じ姿をした猫、ラプラスは、一体何者なのか。


 彼についてわからないことの一つに額の青い絵文字があり、以前から気になっていた。そんな中発掘された石板は、その謎を解明する糸口になるのでは。


 そんな推測に三人は色めき立って、数分後。わかったことは一つだけだった。


「その、ごろんごろんって何なの?」

「“ロンゴロンゴ”だ」


 よくわかっていない藍に、理珠夢が再び説明する。それをほてりは不気味なお馬さんに座って聞いている。


「太平洋のイースター島は知っているな?」

「モアイ!」

「そうだ。石造彫刻モアイで有名な絶海の孤島。そこだけに存在していた謎の未解読文字……それがロンゴロンゴである」


 理珠夢は手頃な枝を探してきて、ほてりと藍に見えるように、土に絵文字を描いた。


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「この二つを見て思い出した。お姉ちゃんの部屋にある資料にはロンゴロンゴについてのものもあり、これらの絵文字はそこに描かれていたものと一致している。つまり」

「この絵文字は、イースター島の文字、ロンゴロンゴ……?」

「その通り」


 今度の理珠夢は嘘をついている風ではなかった。続いて彼女はイースター島についての簡単な説明をする。


 チリ領の太平洋上にある島だということ。

 先住民がモアイ作りのために森を伐採し続けていたら木材が枯渇し、部族間で争いが起きたこと。

 その結果、一八世紀より後には文明が崩壊し、島民の生活は石器時代並みに衰えてしまっていたこと。


「そしてロンゴロンゴを読めるのは先住民の中でも高位の者だけで、その彼らもヨーロッパ人の侵略により奴隷にされたり、持ち込まれた病原菌による疫病で全て死んでしまったという言い伝えがある。先住民とヨーロッパ人、双方に知識や良心があれば、ロンゴロンゴは永遠の謎ではなくなっていたのかもしれない……」


 理珠夢はドキュメンタリー番組のノリで締めくくった。ほてりと藍が拍手を贈る。


 ほてりは不思議な気持ちになっていた。海の向こうの島にある文字がこんなところに埋まっているなんて。もしかしてイースター島の人が旅をして日本まで来たりしていたのかな。実は日本のどこかにイースター人がひいおばあちゃんですっていう人がいるかもしれない。


「まあこの石板は日本の誰かが作ったレプリカだと思うがね」

「えっ……」


 冷めたことを言う理珠夢。「念のため、お姉ちゃんにお願いして東大の考古学研究室に調べてもらいはするが……こんなところに埋まっているのがオリジナルの文字板だとはとても思えない」


「りじゅむんには夢がないなー! もしかしたら宇宙人が、しびびびびって送ったメールなのかもよ!」

「そ、そうだよりずちゃん。宇宙人さんからのメッセージだったら、イースター島だけじゃなく日本にも送られてきてるかもしれないよ……?」


 理珠夢は、っはーん! と鼻で笑ってくるかと思われたが、意外にも何かに気づかされたように目を見開く。


「宇宙人か……」

 フレミング右手の法則の形をした手で顔を覆い、悩み始めてしまった。


「あ、あの、りずちゃん……? わたし、ああ言ったけど、あんまり宇宙人さんがいるって信じてなくって……」

「しーっ! りじゅむんは今、ソーダイな宇宙のシンピについて考えてるんだよ」

「そ、そうなの?」


 ほてりは理珠夢を改めて見る。彼女の頭の中で無限の宇宙が広がる様子を想像する。その宇宙にいる生命は変なことをうるさく言いそうだなと思った。

 彼女は思考を終えたのか、くくくと笑う。


「それはあるかもしれないぞ……!」

「宇宙人のメールが!?」「ほ、ほんとに……!?」

「とはいえ、わがはいにもわからない。お姉ちゃんが最近教授に論文を提出したというのはさっきも言ったな? それは宇宙人の地球への干渉を高度に裏付けるものだったらしいのだ。……まだ詳しくは教えてもらっていないが」


 干渉とはこの場合地球に宇宙人がいるかもしれないということだ、と理珠夢は補足した。ほてりは驚いてあわあわとする。地球に宇宙人がいるだなんて。なんだか怖いようなわくわくするような気持ちになったが、情報が少なすぎて信じようがないことも確かだった。


 一方、藍は「ア、ア、ア」と謎の声を出し始める。


「ら、藍ちゃん? どうしたの?」

「ワレワレハ ウチュージンダ」

「藍!? 宇宙人はおまえだったのか!?」

「ワレワレハ ウチュージンダ」

「藍ちゃん、じゃなくて、宇宙人さん。どうして地球へ来たの?」

「………………ワレワレハウチュージンダ」


 少なすぎるレパートリー。ほてりはコダマラン星の言語体系が心配になる。しかし藍は頑張った。


「ソノ セキバンハ ワタシノホシノモノ」

「か、返した方がいいですか?」

「カエサナイト ホシノミンナガ ナイチャウ」

「ちなみにキミの星はどこに位置しているのだ? 太陽系のハピタブル惑星は地球だけだから、火星等ではないだろう。オリオン渦状腕のどこかか? それともKepler-452bか? まさか……パンドラか!?」


 コダマラン星人は理珠夢に異星人を見るような目を向けると、ブランコの方へトコトコと歩いていき、その遊具に立ち乗りした。


 そして遠くの空を見つめる。


「アキタ」


 飽きたらしい。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 結局、黒猫ラプラスのことはわからず終いで、石板についてわかったこともほとんどなかった。

 だが、ぼろぼろ公園には何かがある。

 そう確信した三人は、もしかしたら本当に公園を守れるかもしれないと、期待に胸を膨らませていた。




 そして数日後。

 石板の調査を依頼した東大の考古学研究室から、一通のメールが届いた。




 その文面は謝罪だった。




 石板が消えた、と記されていた。

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