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第五話「少女たちのキュートな日常 ~ヘギョギェギ・ベバ・スンスクスーン~」

 ほてりはベッドで目が覚めた。眠たい目をこすりながら起き上がり、時計を確認する。朝の八時。今日は土曜日だ。


 しばらくぼーっとする。


 奇妙な夢を見た。


 温泉に浸かってくつろいでいたら、学校の本棚の伝記に描かれている歴史上の人物が騒いでいたという夢だ。その人物とは確かニュートンとアインシュタイン。新しい理論を思いついただの言っていたが、肩のない地底人に地底語でうるさいと怒られていた。二人はその時ばかりは女の子のようにしゅんとしていた。ほてりは、偉い人にも可愛いところあるんだなぁ、と思った。


 最近はこのように、夢の内容を覚えていることが多い。理珠夢りずむの言っていた明晰夢というやつだろうか。しかし、自分から夢に干渉できたことはない。

 もしくは、パラレルワールドだったらいいのにな。

 そんなことも思った。






「おはよー、パパ、ママ」

「うん、おはようほてり」「おはよう。朝ご飯できてるわよ」


 パジャマのままリビングダイニングに行くと、父親が新聞を読みながらトーストを食べ、母親はキッチンにいて包丁でまな板を叩いていた。ほてりは、ぽやーっとしながらもテーブルの椅子に座る。やってきた母親が、はちみつのかかったパンの皿を娘の前に置いた。


「はい、はちみつパン」

「えー、りんごジャムがよかったよぉ」

「もう、わがまま言わないの」「はは、ほてりは甘えん坊だな」


 あまえんぼじゃないもん、とほっぺたを膨らませながらほてりはリモコンを手に取りテレビをつける。


《……とのことです。では次のニュースです。二〇二〇年東京オリンピックに向けて、政府は都の施設の本格的な整備・開発に着手するよう関連組織に指示し……》


「あ、そうそうこれこれ」

 NHKのニュースに反応し、母親の幸恵がほてりの隣に座る。

「オリンピックをやるから、うちの近くにも外国人のお客さんに利用してもらおうって、大きいショッピングモールができるそうよ?」


「そうなの? どこに?」

「四丁目だったかしら」


 ほてりは、ふうん、と思いながらパンにぱくつく。


 四丁目といえば、夏場は草がぼうぼうに生える空き地だ。冬の今、草が刈られている時期には思い切り駆け回って遊べる場所。だが、もっと小学校に近いところにきちんと芝生の敷かれた大きい公園があるため、あまり人気はない。


「もぐ……ごくん……ってことは、ぼろぼろ公園の近くだね」

「ぼろぼろ公園? ああ、ほてりが理珠夢ちゃんやらんちゃんとよく行く公園ね。ん? でもあそこって確か……」


 幸恵が近くにある棚の上のクリアファイルを取り出し、中を調べ始める。すぐに目当てのものを見つけたようで、「ほら」と一枚の紙をほてりに見せた。


「『大規模商業施設ノインの開発に伴う近隣住民の方々へのお願い』。これによると、開発の範囲にぼろぼろ公園も入ってるのよ」

「へぇ……。え? それってどういうこと?」


 幸恵は紙をファイルにしまうついでといったように、何でもないという調子で言った。


「ぼろぼろ公園、なくなるわ」






 ◇   ◇   ◇   ◇






 外に出ると、曇り空だった。気温は相変わらず低い。気象予報士は「昼、晴れるでしょう」と笑顔で伝えてくれたが、もう少し自信なさげに言うべきだったのではないだろうか。


 また雪でも降りそうな冬空の下、ぼろぼろ公園に歩いていくほてり。彼女は、理珠夢と藍はどう思っているのだろう、と考えていた。


 ぼろぼろ公園が開発により潰される。


 あそこは思い出深い場所だ。藍と友達になった低学年時代も、理珠夢を加えて三人になった中学年の今も、ずっとあそこで遊んできた。勝手にキャンプをして三人揃って怒られたこともある。


 でも、とほてりは思う。

 でもりずちゃんや藍ちゃんは、別に寂しくはなかったりするのかも。


 あの公園はなんたって、ぼろぼろである。ほてりたちが生まれる前からあり、作られた当時は人気があったらしいが、今ではあの遊具たちが盛者必衰の理をあらわしている。

 沙羅双樹もとい桜の木にも薬が散布されないので毛虫がつくし、それだったら他の新しい公園や、桜がもっとたくさん立っていてなおかつ虫除け薬の恩恵を受けた公園に拠点を移す方が良い。合理的に考えればそうだ。


 理珠夢も藍も、仕方ないよねーと言うだけでその話を終えてしまうかもしれない。


 そんなようなことを思っていると、背後からばたばたと足音がしてきた。

 何かが迫ってくる。


「ほおおおおおてええええええりいいいいいいいん!!!!」


「わっ、藍ちゃん!? それにりずちゃんも!?」

「ほてりいいん!」

「ふわぁっ、藍ちゃん急に抱きつくと危ないよぉ」

「ほてりん聞いた!? コッカケンリョクのオーボーで公園がウチコワシされるって!」

「うん、聞いた……。う、うちこわし……?」

「む……。それならば話が早いな。ど……どうしようかほてりちゃん。わがはい、ぼろぼろ公園がなくなると寂しい、というか……なんというか……不愉快なのだ……」


 抱きついてきた藍と、追いかけてきた理珠夢。不安そうな二人の表情を見て、ほてりもつられて悲しい顔をした。


「そうだよね……りずちゃんも藍ちゃんも、寂しいんだよね……」


 そして三人は肩を並べて、とぼとぼといつもの公園へ歩き出した。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 ラプラスが歩いていた。ラプラスという名で呼ばれるようになったその黒猫は今日もぼろぼろ公園を散歩していた。その碧く深い瞳に三人の女子小学生が映る。


「公園をまもろう!」


 挙手をして声を張り上げたのは藍だった。ほてりも、胸の前で拳を握って、うんうんとしきりに頷く。しかし理珠夢がむむむと唸った。


「しかし、どうやって守る? 市政に働きかけるならまだしも、これは国が推進するプロジェクトなのだぞ? 国家権力に抗うようなものだ」

「コッカケンリョクにあらがう!? かっこいい!」

「か……かっこいいけどダメだよぉ……」


 理珠夢の言う通りだった。大規模商業施設の建設は、東京オリンピックに向けた国の政策の一環。そうやってよりよい日本にしていくというのはもはや国際公約であり、それに対抗するのは困難を極める。


「えー、じゃあどーすればいいの? りじゅむん、いつものようになんか考えて!」

「他力本願すぎる……。うーむ、そうだな、署名を集めるというのは一つの手だろう。商業施設建設の中止を求める市民たちのサインを集めて、それを市長やらに提出する。ただ、これは……」

「ただ?」「これは?」


「どうしても市民の協力が必要になる。そして協力してくれる人が市民の過半数に達するとはとても思えない。なぜなら、恐らく、多くの叢雲市住民は商業施設の建設をむしろ望んでいるからだ。大きな店があれば暮らしが便利になるし、そもそも四丁目の空き地やこの公園がノインに成り代わっても誰も悲しまない」


 理珠夢は滔々と述べ、一つの可能性を否定した。「えー」と藍がぶうたれる。「でもらんたちは悲しんでるのにい」


「で、でも、仕方ないよね……。この前、六年生を送る会の出し物を決めるときも、みんながたくさん手ぇ挙げたほうにするっていうふうに決めて、あんまり手が挙がらなかったほうはだめってなったし……」

「最大多数の最大幸福。その理念に基づく以上、署名の線は無しだ。ほてりちゃん、何かいい提案はあるか?」


 ほてりは考える。多くの人の協力が得られないならば、三人だけでなんとかするしかない。そうりだいじんさんにお願いする? お店の人に頭を下げまくる? 考えるほどに無理な気がしてくる。


「あ! はいはい! らん思いついた!」

 ブランコに立ち乗りしていた藍が、ぴょんと飛び降りる。


「ほう。どんな案だ?」

「あのね、公園におばけが出るってうわさを流すの! そしたらみんなこわがって、寄ってこなくなるよ!」

「三人で何か細工をするというアイディアか……。しかし、おばけがいると流布したとしても、いきなりそんな噂は浸透しないと思うが……」


 そこまで言って言葉を切り、理珠夢は周りを見る。ほてりと藍もつられて、周りの遊具たちを見た。


 廃墟の建物のような滑り台。

 ギィ、ギィと軋む赤錆だらけのブランコ。

 妖怪の死骸をモチーフにしたとしか思えない、お馬さんのスプリング遊具。


 三人は顔を見合わせ、藍と理珠夢が口を揃えた。


「「これだ……!」」


「だ、だめだよぉ! たしかにおばけ出そうだけどだめ! というか、怖いのはいやだよぉ!」


 危うくここが亡霊蠢く呪いの公園扱いにされるところだった。そんなことで有名になればもうここで遊びたくなくなる。本末転倒であった。


「うー、いいと思ったんだけどなー」

「うむむ……それに、心霊スポット化しても着工に遅れが生じることはまずないだろう」


 三人はため息をつき、空を仰いだり地面と見つめ合う。

 ほてりがもどかしい表情をしながら「はぁ……」とうなだれた。


「でも、ほんとにどうすればいいのかなぁ。公園にはおばけ遊具以外になにかいいものとかってないし……」


 何気ない一言だった。


「あ!」


 それを聞いた理珠夢が素っ頓狂な声を出す。注目するほてりと藍。理珠夢は嬉しそうにニヤリと笑うと、たたたっと走り出した。


「りずちゃん?」「りじゅむん?」


 彼女は思いついたことを話すためだけにわざわざ滑り台の上まで上り、そこへ仁王立ちしてから、言い放った。


「ほてりちゃん!」

「ふぇ?」

「今度こそ、それだっ!」






 ◇   ◇   ◇   ◇






「それだ、とは言ったが……や、やはりわがはい、自信がなくなってきた……」

「だ、だいじょうぶだよ、りずちゃん。きっと何か見つかるよ!」

「おっ宝♪ おっ宝♪」


 ほてりと理珠夢と藍はぼろぼろ公園の中心に佇み、それぞれ異なる道具を構えていた。


 ほてりは園芸に使うような小さいスコップ。

 理珠夢はL字型のダウジングロッド。

 藍は自分の肩の高さまであろうかという大きなスコップだ。


「ごほん。では始めるぞ。とりあえずこれをやるしかない。ダウジング開始!」

「よおし! おもしろたんけんたい、キックオフだー!」

「お、おー!」


 理珠夢が早速ある地面を指し示し、藍がそこを「まいぞーきんっ♪ まいぞーきんっ♪」と鼻歌をうたいながらスコップで掘り返す。誰かのMy雑巾が出てきた。藍は転げ回って笑った。一方ほてりと理珠夢はというと、転げ回って笑った。小学生科の生物は妙なことでツボにはまる習性を持つ。






 理珠夢が思いついた作戦はこうだ。

 公園に何らかの価値、例えば化石がたくさん埋まっていたり、隠された遺跡が残っていたりといったようなものがあれば、公園は貴重な場所と認められるのではないか。ならばそれを発見すれば商業施設の魔の手は伸びない。


 しかし。


 それを滑り台の上で高らかに提案した理珠夢は、数秒固まった後、そそくさと滑り台を降りた。そして二人の下に戻り、恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。


「今のなし」

「え、どうして……?」「すごくいいのにぃ!」

「だって……現実的に考えて、こんな公園に考古学的重要性のあるものが存在するとは思えないではないか……」


 自信を喪失している理珠夢。

 いつもふんぞり返って訳の分からない理屈を並べる彼女には珍しいことだった。


 恐らく、公園がなくなってしまうかもしれないという事実のせいだろう。思い入れのある場所が奪われてしまうという不安と、それに対して何もできないという辛さ。それは冗談で誤魔化せる類のものではない。

 せっかく思いついた起死回生の策も、冷静になれば愚策だと知ってしまい、そのことが理珠夢を滑り台から降ろさせたのだ。


 だからほてりは言わなければならなかった。

 大切な友達のために。


「りずちゃん、」


 呼びかける。心配そうにしていた藍も「りじゅむん」と理珠夢の手をとり、二人は微笑みかけた。


「大丈夫。きっと公園は守れるよ。三人なら何でもできるはずだから!」

「うんっ! りじゅむん元気出して!」

「でも……」


「わたしもすっごく不安だよ? でもね、りずちゃんがいるから頑張れるよ! りずちゃんはわたしを応援してくれる最高の友達だもん。だから、わたしもりずちゃんをいっしょうけんめい支えるね……!」


「りじゅむん、物知りだし、とりあえず体をうごかしてればもっとすごいアイデアを思いつくかもしれないよ! らんといっしょにがんばろっ!」


「みんな……」


 理珠夢は体を震わせた後、素早く後ろを向いた。ぐしぐしと目のあたりを拭い、きちんとした顔になってからほてりと藍に向き直る。しかし二人の笑顔に、結局また涙が出てしまうのだった。






 ここに“公園を守ろう同盟”が締結された。

 締結者三名はダウジングロッドとスコップを武器に、国家権力へ立ち向かう。

 しかしそれは――






 ◆   ◆   ◆   ◆






「あんたがそうなんだろ?」


 言葉を投げかけられた私は振り返る。そこには地底の国の王、ヘギョギェギ・ベバ・スンスクスーンⅣ世が完璧なポージングでコーヒー牛乳を飲んでいた。地底人は四角い口と三角の口が一つずつあるので、飲みながら喋るということが可能だ。


 私は応える。

「何のことです?」


「ここ数日、この世界には何らかの異分子が紛れ込んでいる。個人にとってとか、国家にとってとか、そういうレヴェルの話じゃない。この世界、この宇宙にとっての、だ」

「へえ、そうなんですか」


 白を切ると、スンスクスーンは弾力のある体を揺らして笑った。

「もきゃきゃきゃきゃ! まあいいさ。それにあんたがその異分子だと言いたいわけじゃない。ただ、あんたが異分子を招き入れているという意味で、出会い頭の一言だ。『あんたがそうなんだろ?』」


「まあ隠す必要性もありませんか。確かにそうです。私がとある少女の意識を連れてきて、この宇宙を観測させている」


「そいつはこの国を脅かすか?」

「決してそうはなりません。この国は何の干渉も受けずに平和を保つでしょう」

「ならばよし、だ。つっても、何か目的があっておまえさんは行動してんだろ?」


 私はスンスクスーンから視線を移し、奥の自販機にたむろする女子小学生三人を見た。足を生やして逃げていく缶ジュースを追いかけ、三人仲良くすっ転んでいる。


「……こことは別のとある宇宙、その中の一つの天体が今、大いなる危機に瀕しています」

「それを救おうってのか?」

「それだけではありません」

「んじゃあ」

「私は“大人”を示したい」


 細長いスンスクスーンの目がぴくりと動く。私は口角を上げたまま、少女たちが再び自販機のボタンに手を伸ばすところを見つめる。


「……この国が安全ならいいさ、詳しかぁ訊かねえよ。けど、おまえさん、暇なんだな?」

「わかりますか?」

「もきゃっ、悪い悪い、暇な訳ねえよな」

「お互い大変ですよね」

「けど、夢がある話だな」


「ええ」


 私は碧く深い瞳の目を閉じた。


「世界は夢で満ちている」

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