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第二話「少女たちのキュートな日常 ~孤独感尺度を用いた心理学実験~」

『こんな心理実験を知っているかね?』


 ほてりが初めて理珠夢りずむと同じクラスになった小三の春の休み時間、理珠夢は馴れ馴れしく机に座ってきて初対面の開口一番そう言った。ほてりは彼女に『ふぇ?』と気の抜けた返事しか出来なかったことを覚えている。


『その実験では、ある被験者に“ある検査の結果、あなたはこの先の人生で孤立するタイプの性格だとわかりました。今いる恋人や友人も、二十代半ばには皆いなくなるでしょう”という意味のことを告げる。すると、その被験者は後に知能テストの成績が悪くなったり、将来のための我慢を受け入れにくくなってしまったりしたというのだ。孤独になるという不安は、認知機能にマイナスの影響を与えることが心理学の分野でわかっているのだよ』


 ほてりには難しい言葉ばかりで、何を言っているのかわからなかった。


 そもそもどうしてこの女の子は挨拶もなしに突然意味不明なことを口走っているのか。ほてりの年齢がもう少し高ければ『この子変だぞ怪しいぞ』と思ったのかもしれないが、その頃のほてりは小学三年生。『日本語に似てるけど外国語かな、外国語しゃべれるのすごい』というふうにしか受け止めていなかった。


『つまりだね、きみ』


 話のまとめに入る予感がして、ほてりは頷く。

『う、うん』


『つまり』

『うん』

『その……つまりだ、えっと……』

『……?』


 理珠夢は頬を桃色に染めて目を逸らしながら、口を尖らす。

『だから……その……きみに、わがはいの孤独を取り除き、認知機能の低下を防ぐ手伝いをさせてやってもいいのだが……?』


 ニンチキノーと言われても何が何だかわからなかったので、ほてりは『な、なんで?』と答えた。理珠夢は激しく落ち込んだ。落ち込む彼女がかわいそうになったほてりは、『そうだ、あの、わたしと友達になろ?』と微笑みかけた。世には結果オーライと称される状況がある。これはその実例である。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 季節は冬。

 白く彩られた下校道に、小さな足跡が続いていく。


 叢雲市には珍しく、雪が積もっていた。それも歩道を真っ白にするほどの厚さ。犬が喜び庭駆け回りそうなその景色の中を、こたつで丸くなりたそうな猫――もとい小学六年生女子の二人が歩いていく。


「うぅ……さむいね、りずちゃん」

「うむ……お姉ちゃんに寒さを緩和するための知識を教えてもらうべきだった……」


 ぷるぷる震える鈴森ほてりの言葉に、ぷるぷる震える神崎理珠夢が返す。二人はどちらかといえばインドア派だ。だがもちろんそこは小学生、休み時間と放課後に雪で遊ぶだけ遊んでいたが、疲れてしまった。疲れると寒さもわかるようになってきて、彼女たちは今一刻も早く暖かい家に帰りたい気持ちでいっぱいなのだった。


「りずちゃんのお姉ちゃんって、今は何をやってるの?」

「いつものように部屋に引きこもって、げっそりしながらキーボードを叩いたりしているな。あと咽び泣きながら絵を描いてる」

「な……なんか怖いね……」

「怖いことはない。わがはいがお姉ちゃんの部屋に入ると、お姉ちゃんは泣くのをやめて優しい顔をして抱きしめてくれる。そしてせがむわがはいに、いろいろな学問の話をしてくれるのだ」

「ふうん、優しいんだね……」


 理珠夢の姉は東大を休学している大学生(引きこもり)だ。どうやら理珠夢の謎の知識は姉に由来するものであるらしい。


「だが、たまに教えてくれないものもあるのだ。以前お姉ちゃんに『赤ちゃんはどのようにしてできるのか?』と問うたことがあった」

「う、うん」


「するとお姉ちゃんはあからさまに動揺し、主張を二転三転させたのだ。コウノトリのプレゼント説をわがはいが全世界の一分あたりの出生数とコウノトリの生態系を比較して否定すると、今度は手を繋いだら赤ちゃんができる説を持ち出してきた。体内で分泌されるホルモン“オキシトシン”について語り出し、『オキシトシンは人と手を繋ぐことで分泌されるのだが、オキシトシンの機能は女性の子供ができる場所に働きかけて赤ちゃんを産みやすくしたり、乳汁の射出を促すことなのだ。よって手を繋いだら赤ちゃんができるのだ』という知識を書籍を用いて教えてくれたが、どうにも納得がいかない……」


 うーんと悩む理珠夢。一方ほてりは彼女の言葉の半分も理解できなかったが、それでも知っていることがあった。


「あ、あのね、ママが言ってたんだけどね? 赤ちゃんは、お互いが好きって伝え合った瞬間に、女の子の方にできるんだって!」

「そ、そんなのは非現実的ではないか?」


「ひげん……? で、でも、好きな相手とじゃなきゃ赤ちゃんはできないんだよ。それに、人を好きになる気持ちって、すごく安心したり楽しかったりするよね? それってほら、赤ちゃんを見た時の気持ちと同じじゃない?」


「むむ……その理屈は……」

「……あっ」

「む?」


 ほてりは気づいた。安心したり、楽しかったり。それは友達と一緒にいる時も同じだ、と。そして、ほてりと理珠夢は何度となくお互いを好きだと伝え合っているではないか、と。


「……わ、わたしたち、赤ちゃんできちゃうのかな……?」

「わがはいとほてりちゃんに!? うーむ……ほてりちゃんのママが正しければ、そうなるかも……」


 驚いたような表情になっていたほてりは、難しい顔の理珠夢を見て、くすっと笑った。


「じゃあ、赤ちゃんができたら、一緒に育てようね!」

「なっ!? そ、それって結婚じゃあ……。べ、別に嫌ではないが……その……」


 優しく微笑むほてりと、あわあわとしてペースを崩す理珠夢。二人の間に温かい空気が流れる。心温まるその空間は、しかし現実的には冬の風吹く雪道だ。ぶるっ、と二人の体が震える。


「そ、そんなことより早く帰るのだ!」「そうだね、うぅ、寒いよー……」


 そこへ、

 飛んでくる白い飛行物体があった。


 球体をしたそれは日光を反射しながら放物線を描く。


 そして、理珠夢の頭にぺしゃっと当たった。


「ひぇっ!?」 「わっ! 何奴!」


 怯えるほてり。臨戦態勢に入る理珠夢。二人の視線の先には――


「あははははっ! 先に帰ってごめんね! でもランドセル置いてきたから、今のらんは身軽だよっ!」


 冬なのに半袖半パンの、身軽にもほどがある少女・小玉(らん)が、雪玉を両手に高く掲げて立っていた。






 ◇   ◇   ◇   ◇






『なによんでるのー?』


 ほてりが初めて藍と同じクラスになった小一の春の休み時間、藍は読書中のほてりに親しげに話しかけ、顔を近づけてきた。ほてりは彼女に『ふぇ?』と気の抜けた返事しか出来なかったことを覚えている。


『えほん?』

『う、うん……』

『なんか、じがおおいね。ねむくなる……ぐー』

『えぇっ!? ね、ねちゃだめだよぉ』


 確かにほてりが読んでいた“まんまるくらげとよるのうみ”という絵本は、絵本の割に文字が多かったが、そこまで眠りを誘うものではないはずだった。しかし藍はいとも容易くほてりの机に突っ伏して寝息を立て始めてしまった。ほてりは、『このえほんにはおやすみなさいのおまじないがあるのかも……』と恐怖に震えた。


『おきて! おーきーて!』

『んん……むにゃ……あれ? おはよぉ……そういえば、なんてなまえ?』

『ほてりだよ。すずもり、ほてり』


 そこでほてりは気づいた。自分が驚くほど自然に名乗れたことに。


 ほてりは内気な少女だ。小学一年生になって、まだあまり他の子と話せておらず、休み時間もだいたい読書をしていた。周りに“えほんはかせ”のあだ名を付けられて一応は馴染んでいたが、我のない臆病少女であることには変わりなかった。


 しかし藍はそんなほてりの心をほぐしてくれた。無自覚だったろうが、その振る舞いは他人への恐怖心を和らげてくれたのだ。


『らんはね、こだまらん!』

 藍はにっこりと無邪気に笑った。

『おなじくらすだし、ともだちになろっ!』


 親友ができた。初めてのことだった。






 ◇   ◇   ◇   ◇






 冬空の下、軽装をした藍が雪玉をぽいっと投げる。


「藍ちゃん!? その格好さむくなっ、わぷっ?!」

「それーっ! あははははっ!」

「も、もー、やったな! えいっ!」

「ひゃー! つめたい!」


 ほてりはランドセルをガタゴト言わせながら雪玉を作っては投げを繰り返すが、身軽な藍には避けられてあまり当たらない。もちろん、ほてりが藍の心配をしているからというのもある。ほてりは背中のランドセルで雪玉を防御しつつ、藍に休戦協定を申し込む。


「藍ちゃん、そんなかっこじゃ風邪引いちゃうよ? やめたほうがいいよぉ」

「ふっふっふ。だいじょーぶ! なぜなら!」


 藍が夏物のTシャツをがばっとたくし上げ、そこにあるものを見せた。


「らんのお腹にはカイロをじゅーおーむじんに張りめらぐ……張りぐらめせて……はり……」

「『張り巡らせている』だな。くく、いいだろう……その状態ならわがはいが本気を出しても死にはしない!」


 カイロの防弾チョッキを着込んだ藍を見据える理珠夢。その足下には、大量の雪玉が既に生産されていた。ほてりが藍と応戦している間に作ったものらしい。


 自信満々に雪玉を投げつける理珠夢。

 しかし、藍には全く当たらない。


「あははっ! らんだって本気を出したらすごいんだよ!」

「くっ! ほてりちゃん、手伝って!」

「ふぇぇ、うん!」


 当たらない。踊るように玉をかわし続ける藍は、遂にはほてりと理珠夢の雪玉をキャッチして投げ返す。飛んでいく雪玉は二人の顔面に直撃した。


「ふにゃ」「うぎゃっ」


「はっはっはー! らんの勝ち!」


 腰に手を当てて大いばりの藍。一方、「つ、強すぎるよぉ……」「化物か……」と呟きながら顔の雪を落とすほてりと理珠夢は、寒さにぶるりと震える。


「あれ? さむいの?」

「あたりまえだよ……藍ちゃんが風の子すぎるんだよぉ」「ウォッカでも飲んでいるとでもいうのか……?」


 いくら服の下にカイロを仕込んでいても、半袖半パンで冬の寒気に耐えられるというのは尋常ではない。藍は「らん、実はロシア人とホッキョクグマのハーフだからね!」と胸を張ってから、ほてりにずいっと近づいた。


「ら、らんちゃん?」

「さむいならー……」


 藍がにっこりと笑った。


「らんのカイロであったまろ!」


 ほてりの全身が火照る。藍に抱きしめられたのだ。太陽を包み込んだような藍の体温が伝わって、ぽわぽわとする。


「らんちゃん!? こ、これ……」

「えへへ、あったかいでしょ? おうちに帰るまでずっとこうしててあげる!」


 ぎゅーっ、と藍のお腹や腕が密着する。柔らかい頬同士もくっつき、むにゅむにゅと餅のように形を変える。

 ほてりは気持ち良さを感じたが、通行人にぎょっとされていることに気づいて恥ずかしさに顔を赤らめた。


「うぅ……らんちゃん、これじゃ帰れないよぅ……」

「あ、そっか! じゃあ、お手手繋ご?」


 藍はほてりから離れて、彼女の手を繋いだ。先ほどまで雪玉を持っていたはずなのに、ほてりよりも温もりのある手だった。ほてりの手は強めの力でキュッと握られ、引っ張られていく。


 一方、理珠夢はむすっとして呟いた。


「……わがはいだって、寒いのに……」


「りじゅむーん、早く行こー?」


「わ、わかっている! 藍が速すぎるのだ!」


「りずちゃん、どうしたの? ふきげん?」


「そんなことはない。国際情勢を憂いていると自然とこんな顔になるものだ」


「こくさいじょーせー? なんかかっこいい! もっとうれいて!」


「むむむむむ……」


「あははは! りじゅむんすごい顔!」


「わわわ、りずちゃん、うれいないで! 楽しいこと考えよ? ね?」


「そーだ! らんのおかーさんがウィーのゲーム買ってくれたから、後で一緒に遊ぼ!」


「ふむ、それはいいな。わがはいのテクニックで一人勝ちしてやろう」


「えー、でもりじゅむん、ゲームへたっぴじゃん」


「なんだと!? この!」「いてっ! あはははは!」「わ、わわわわ……」 三人の放課後は終わらない。






 ◆   ◆   ?   ◆






 三人の放課後は終わらない。そう、それは長きに渡る戦いの始まりだった。三人組の前に立ちはだかる巨大な雪だるま。二十メートルはあろうかという背丈は、化物のそれである。雪だるまは木の枝でできた口で何事かを叫ぶと、木の枝でできた両腕を掲げた。すると雪が降ってきた。大雪という言葉だけでは表せない、バケツをひっくり返したような降雪。ほてりは「きゃああ」と手で頭を守り、理珠夢は「遂にこの時が来てしまったのか……」と立ち尽くし、藍は「うひゃー! 雪がいっぱいだあ!」とはしゃぐ。積雪量は増えていき、三人は完全に雪に埋もれてしまった。しかしすぐに雪は溶けていく。上からではなく、下から徐々に。それは地熱により天然のかまくらが形成されていくことを意味していた。雪に頭上と四方を囲まれた空洞で、三人は足下を見る。そこにあるマンホールの蓋が開き、一匹の野良猫が出てきた瞬間、ほてりは硫黄や湯の香りを感じた。どうやらマンホールは“由布院・アンダーグラウンド・温泉”に繋がっているらしい。三人で顔を見合わせていると、額に模様の付いた黒猫が喋った。一言だった。






挿絵(By みてみん)

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