最終話「鈴森ほてりは大人になりたい」
大学生になってまで入学式に親が同伴しなくてもいいのにと思う。
そんなことを母さんに言ったら『立派になって……』とホロリ涙を流された。調子が狂う。着物姿の母さんはさっきも隣を歩いていたが、これからコンパあるから、と追い返した。遠くに行っても振り返って、最後まで『一人で大丈夫?』と心配してくる母さんを余所に、新調してもらったスマホを取り出す。集合時間までは余裕がある。
「あのー、すいません、新入生の人っすよね?」
一人になって、さてこれからだ、と気合いを入れ直していると、メガネをかけた男子に話しかけられた。
「あ、はい、そうですけど。もしかしてそちらも?」
「はい。どうも、黛といいます。さっきのガイダンスで質問してた人だよね? 勇者だなーと思ってさ」
「ははは、いや、ネットに書いてた情報を真に受けただけだよ。最初に目立て、さすれば友達は与えられん、みたいなやつ」
「ははっ、オレはまんまと引っかかったわけだ」
「それな」
二人で笑う。この男子とは仲良くなれそうだ。「名前は?」と訊かれ、僕は「三谷川。三谷川雄馬」と返す。
「三谷川もこれから花見会?」
即、名字を呼び捨てしてくる黛。僕も気楽に「うん。なんかどっかの公園でやるらしいけど、僕、ここ入試の時に来た以来だし場所わかんなくてさ」と話を広げていく。
東戸大学、教育学部、教育学科。
その入学試験になんとか合格した僕は、憧れのキャンパスライフを貪るべく、まずはコンパ……花見会にとりあえず出ることにしていた。
○ ○ ○ ○
幸い、黛は大学周辺の地理に詳しかった。なんでも一人暮らしをするにあたり、既にできている友達と一緒に探検したらしい。居酒屋にも入ったらしい。聖職者の卵として未成年飲酒はいかがなものかと思う。
「いや、飲んでないって。ちょっと覗いてみようぜーってノリで入り口から覗いたら酔っぱらいのおっさんに引きずり込まれて」
「飲んだのか」
「一緒に翼をください歌ってダチになった」
聖職者の卵としてコミュ力が高いのは非常に好ましいと思う。
一緒に東戸第一公園を目指す黛が、隣で「そういえば」と言った。
「三谷川、やっぱ花見会の主目的は女の子だよな?」
「え? いや、ぼっち回避できれば御の字かなと思って」
「おまえはそんなんだからさ~、咲いた桜の花弁が自分以外の風にさらわれていくのを眺めるだけのつむじ風なんだぜ~」
「かっこいいこと言うね」
「だろ?」
僕と黛は二人して黙って歩いた。
「いやちょっと今のなし」
「『つむじ風』のところがニクいよね、その場に停滞する存在を表すレトリックとして効果的フヒッ」
「笑うんじゃねえ!」
そうこうしているうちに公園に着いた。既に十何名かの新入生が集まっていて、ソフトドリンクを紙コップで飲みながら談笑している。男子も女子も半々くらいか。僕と黛はその中の代表らしき人に手招きされ、名簿に名前を書き込んだ。
「まあ今日は軽く集まって顔合わせして、すぐ帰る感じだから」と代表に言われ、紙コップにカルピスウォーターを注いでもらう。
周りをキョロキョロ見回した。
今のところは大してグループもできていないようだ。みんな散らばって、行き交って、喋っている。黛が知り合いを見つけたようで「よう、まっつぁん!」と近寄っていった。僕もそれについていく。
まっつぁんとかいう男子の近くには、男子の他に女子も数名いた。今はちょうど初等教育の頃の話をしていたらしい。
「初めましての人もいるか。オレは黛洋司。趣味は、割とギターとか弾いちゃう。よろしく~」
「あーっと、三谷川雄馬っていいます。趣味は空手かな」
へー優男なのに空手家かー見えないなー、と囃された後、それぞれの男子女子も軽く自己紹介してくれる。その中で少し気になる反応をした女子がいた。
清楚な女子だった。一度も染めたことがなさそうな長い黒髪を自然に背中に流している。なんというか、なよやかな体なんだけれど、その中に硬くて強い何かを持っていそうな人だ。まだあどけなさの残る顔立ちにどうしてそんなものを感じたのかは、わからない。
そんな彼女が、興味津々といったふうに「空手? 何段?」と訊いてきた。
「ああ、初段です。才能ないなりに部活をちゃんとやってはいたってレベルで」
「初段でもすごいじゃないですか! そう、この話の流れで言うんだけどね? わたしの小学校の頃の友達にね、スポーツ少女がいたんだ。今は空手で世界大会に初挑戦しようとしてるみたいで、すごいんだよ」
「世界大会!? それはすごいな」
周りもそれを聞いて沸き立つ中、僕は本気で驚いた。まさか身近にそんな人がいるとは。世界選手権ってことは、無差別のフルコンなわけで、顔面に突きを入れられたりもするわけで。そういうのに出る女子は、女子なのにすごいなあと毎度思っているが、それを言うと師匠に怒られるので、今も「じゃあ今年の大会が楽しみだね」とだけ返しておく。
「とっても可愛いから、きっとマスコミに取り上げられて、アイドルになっちゃうと思うな」
笑みを抑えられない感じの清楚女子。言われずとも誰より楽しみにしているみたいだ。
「そうだ、アイドルといえばさ」
黛が紙コップから口を離した。
「アイドルといえばっていうのもアレだけど、噂の美人すぎる経営コンサルタント・神崎理珠夢がテレビに映ってたんだよ」
「ああ、知ってるー。プロフェッショナルでしょー?」
チャラそうな女子の一人(名前忘れた)が言うと黛が「それ!」と指さす。「初めて見たけどやばかったぜ。すげえ綺麗な人だった。本人は『コンサルティングの腕と関係ないところで評価されるのが嫌だ』って言ってたけどな」
「あ、その神崎理珠夢もわたしの友達なの」
僕たちは振り返って、さっきの清楚な女子を見た。んふふ、と笑う女子。
彼女以外で声を合わせて、
「……嘘でしょ!?」
「あの子、プライベートだと自分のこと『我輩』って言うんだよ」
「え? ああ~~知ってるぜ~~~、オレも友達だったから」
「じゃあ黛その神崎さんプライベートだとどうなの」
「え? ああ……えっと…………オレの彼女?」
まっつぁんとかいう人に黛が殴られている間に、僕は清楚な女子に向き直る。くすくす、と可笑しそうに笑っていて、僕はちょっと可愛いなと思ってしまった。僕の視線に気づき、清楚女子が小首を傾げる。
「えーっと、三谷川くんだっけ。よろしくね」
「あ、うん」
その時、どうして僕が突然『そんなこと』を訊いたのかは……この女子に“硬く強い何か”を感じた理由と同じように、わからない。
入学したてのコンパという、浮かれてもいい時期にそんな質問をするのは、少し恥ずかしいくらいだったのに、どうして訊いてしまえたのか。
けれど、なんとなくいえるのは。
僕は出会った時から、この女子に惹かれていたのかもしれない。
ある意味で成熟しているような、深い瞳を持つ彼女に。
「あの、何を学びに教育学部へ?」
彼女はややびっくりしたように目を開くと、その目を伏せて「そうだなあ……」と呟く。
「わたしには……なりたいものがあるの」
「なりたいもの?」
「わたし、今までいろんな強い人たちに支えられて生きてこられたんだ。お母さん、お父さん、学校の先生、親友、あとその他にも……。みんながいなければ、わたしはずっと子供のままで、燻ってたと思う。わたしは弱くて、臆病で、怠惰だったから」
「でもね、そんなわたしでもここまで来れた。小学生の頃に抱いた夢に励まされて、その夢をくれた人たちに助けられて、夢を叶えるその百歩手前くらいには来られたの。だったらわたしは全ての子供の可能性を信じたい。世界中のどんな子でも、立派な大人になれるんだって、おっきい背中を示したい」
「元気なあなたは、みんなを引っ張るそのエネルギーで、憧れられる存在になれるんだって、教えてあげたい」
「知りたいことがたくさんあるあなたは、考えることを続ければ、必ず誰かの役に立てる存在なんだって、教えてあげたい」
「今は引っ込み思案なあなたは、その殻を破ることで、ほかの内気な子供にとってのヒーローになれる存在なんだよって、教えてあげたい」
「その方法を、まずは先生になることを通して学びたいの」
「いつでも心をあたためて、背中をトンと押してくれる」
「そんな先生、憧れの大人に、なりたいから」
◇ ◆ ◇ ◆
「あっ、いけない! わたし、りずちゃんと藍ちゃん……友達と待ち合わせしてたんだった! わたし帰ります!」
わたしは時計を見て、みんなに挨拶し、走り去ろうとする。
そこで呼び止められた。
「鈴森さんっ!」
振り向くと、三谷川くんが何かを言いたそうにしていた。
わたしはふわっと笑って、頬をほてらせる。
「また大学で!」
桜吹雪の向こうへ走っていく。
わたしはきっと大人になれる。
だって、
世界は夢でいっぱいだから。
〈終〉
2日後の31日に、おまけというか、後日談を投稿します。
もう少しだけ続きます。




