第十三話「少女たちのつらくて大切な超常 ~すとーむ・きっく~」
「わがはいのお姉ちゃんは引きこもりだ」
「大学一年生で二年間留年し、その後なんとか通えるようになり飛び級で三年生へ上がったのはいいものの、また引きこもってしまい、留年」
「でも」
「お姉ちゃんは、謝れば人に迷惑をかけてもいいなんて考える駄目人間なんかじゃなかった」
「お姉ちゃんはお父さんやお母さん、お世話になったカウンセラーの人たちにも謝って、教授にはお詫びの論文も提出した」
「そしてわがはいを抱きしめて、私がんばるからと言ってくれた」
「これからはきっと、お姉ちゃんが引きこもることはないだろう」
「お姉ちゃんは悩みすぎる人だ」
「それは誰よりも誠実だからだ」
「そして、誰よりも解決策を考えているからだ」
「いいか」
「お姉ちゃんの謝罪文に比べれば――」
わがはいはわたしの手をぎゅっとする。
「あんたの謝罪などこれっぽっちの価値もないっ!!」
崩壊していた地球。
数多の死した生物が、
一瞬にして元に戻った。
◇ ◆ ◇ ◆
オーロラはもう見えない。
空のまばゆい光は消えた。
それでも、澄んだ二月の空、建ち並ぶ家々、そして、復活してもぼろぼろのままな公園を、綺麗だと思った。
「……馬鹿な」
男の人が目の前の空中に出したタッチパネルのようなものを動かす。
「これは……、幻覚か……? いや……、」
パネルを操作していた手が止まる。
「間違いない……地球のどこにも、レーザーで焼き切れた痕はない……まさか……ふざけている……しかしこんな……こんなことが可能な大規模処理能力……、貴様たちは……」
そしてパネルを叩いて消滅させた。
「貴様たちは、その気になれば……この宇宙を滅ぼすことも……?」
わたしとわがはいは、男の人の発想に辟易しつつ、答えた。
「わたしたちは、この宇宙を滅ぼしたりしません」
「だが、強いて言うならわがはいたちは、立派な大人の下でなら全てを意のまま操れる」
「だから」
「この宇宙どころか、ありとあらゆる全ての宇宙を今この瞬間終わらせて、ビッグバン以前の『無』に戻すこともできるし、」
「その状態から、たくさんの宇宙を創造することもできるでしょう」
男の人がこちらを鋭く睨む。
ゲームで負けた子供のような目をしていた。
「貴様たちは……神にでもなったつもりか……!」
「違います」
わたしは足下の藍ちゃんを見た。
わがはいは足下の藍を見た。
「わたしたちは、大人と友達に恵まれただけの、ただの小学生です」
「…………ぅ……」
足下で、もぞりと動く小さな体。
藍ちゃん……!
「藍!」「藍ちゃん! だいじょうぶ!?」
「んぇ……? あれ……?」
目をこすりながら上体を起こす藍ちゃんに、わたしとわがはいは抱きついた。ほっぺたをすりすりする。
「藍っ……よかった……」
「心配したよぉ……藍ちゃんん……」
藍ちゃんはちょっとびっくりしていたけれど、やがて自分がどうしてか助かったことを理解したのだろう。そして、わたしとわがはいの藍ちゃんを大切に思う気持ちも。
大きな目に涙をいっぱい溜めて、優しくわたしたちの頭を撫でてくれる。それはまるでお母さんのようだった。
――ら、藍ちゃん、大人っぽくなってる……?
――真面目だとこうなるのだな……。
「おい」
声がする。振り返ると、男の人が疲れ果てたというように、大きな黒い機械にもたれかかっていた。
わたしとわがはいは、髪がほどけたままの藍ちゃんと一緒に立ち上がる。
「な、何ですか。もうあなたには何にもできないでしょ……?」
「いや、ほてりちゃん。あいつは自爆覚悟の手を打っても、あの黒い機械だけは頑なに守っていた」
わたしとわがはいは、自分たちが思っていることを全て共有しているわけではない。故に、わがはいはわたしに、
――つまり……
と説明しようとするが、
頭の中でブツッと何かが切れるような音がして、わたしにはりずちゃんの声がきこえなくなった。
「えっ?」「始まったか……」「なに? ほてりん、りじゅむん、どうしたの?」
「くっ……クク……ハハハ……。そう、そうだ。おまえたちには弱点があったらしいな。全知と全能、処理限界の問題で分けざるを得なかったのだろうが……そこに付け入る隙ができてしまった。いくら全知によって未来を知っていても、全能側が役に立たなければ意味がない。それに全知というが、これを防げなかったということはほんの少し先の未来しか見えないということか」
――ど、どういうこと、りずちゃん?
心で呼びかけても、りずちゃんは答えてくれない。
「今までの俺の行動……白い塊や謎の老人二人との交戦、そしてこの惑星の破壊未遂は、全て時間稼ぎに過ぎない」
可笑しそうにしていた男の人が落ちつきをとりもどし、調子をとりもどし、低い声でおどしてくる。
「本命はこれだ」大きな黒い機械をコンとたたく。「“断絶装置”。我が母星アヅルが誇る、宇宙一ともいえるであろう電波妨害障壁展開装置だ。あらゆる通信を阻害するこれは、この星を全て包み込むほどの障壁を作り出せる。これで外部からの通信は完全に絶った」
すべすべの機械を撫で、無表情。
「この星には奇妙な何かがあるとは予想していて、それが他の宇宙生命体が星の外から干渉していることによるものと仮定して製造したのだが……功を奏したようだな。この星の素材では起動に時間がかかるものしか作れなかったが。……さて」
すっかり冷めた顔で、男の人はそっけなく手を振った。
「全知全能がなんだって?」
わたしはその話をしてる間に、もうわかっちゃってた。
えすきゅーしーの力が、使えない……。
となりを見ても、りずちゃんは首を横にふるだけ。
ど、どうしよう……?
「やっと解ったか? 貴様たちの力は所詮借り物でしかないのだ。メッキを剥がされた今、矮小な存在だという事実が露呈したな。しかし、手こずらせてくれたものだ……。最初から何故か俺を瞬殺しようとしなかったことが僥倖だった……殺すのを躊躇ったのか? それとも他の……まあいい」
男の人はくるりと背をむけ、かえっていく。
「SQCは封じられた。もう貴様たちには何もすることはできない。普通の小学生として生きていきたければ、早々に去れ。今までの勇気に免じて、全人類洗脳後も相応の自由と安全を確保しよう」
じゃあな、そう言って、すたすた歩いていく男の人。
藍ちゃんが「だ、だめだったの?」と不安そうに訊いてきて、わたしは答えられない。思わずりずちゃんを見てしまう。
「全知は」
りずちゃんは不敵に笑っていた。
「知ろうと思えば百年後だって、千年後だって、無限に未来を知ることができる」
小声で、それでも強い芯をもって。
「わがはいはこうなることを知っていた。だからわかる。奴はあと五歩でつまずいて転びかける――」
男の人は悠々と十歩歩いた。
「――はずなんだ」
「ああ、それとな」
帰ろうとしていたのに振りかえって、耳にこびりつくような声を男の人は発した。
「断絶装置を起動した時点で、同時に別の装置も発動させた。それにより、過去に現在の自身を同時に存在させ、過去を書き換え未来を強制的に変えたんだ。この未来変更はランダムであり、俺にもどう変わったか見当がつかないのだが……。変わった未来を、既に全知ではない貴様には読むことはできない」
そしてこんどこそあっちへ歩きだす。
「俺の周囲に近づけば、空間歪曲装置を発動させる。俺が一度消滅させたあの少女を吹き飛ばした時の、あれだ。つまり貴様たちの攻撃は俺には絶対に当たることはない。正真正銘の終わりだ。諦めろ」
えっ……
そんな……
「ねえ、りずちゃん」と呼びかけても、りずちゃんはうつむいてしゃべらないまま。
こ、これじゃあ……。
と、ふにゅりと手にやわらかい感触がする。
藍ちゃんがわたしとりずちゃんの手をとって、強気な笑顔でうなずいていた。
そして、落ち込んでると思われてたりずちゃんは……
「そ……それしかないのか……」
顔を上げると、冷や汗をたらして口の端っこを上げた。
「わがはいは全知だった時、ちゃっかり、あれを解読していた」
「あ、あれって……?」「あっ、もしかして!」
「そう。石板のロンゴロンゴだ」
りずちゃんは、おそるおそるといったふうに、男の人の背中をみる。
「全知で知ったが、ロンゴロンゴは、その絵文字を見たイースター島民が伝承を思い出すためのものだ。地図記号を見たらここがあそこの畑でここがうちの学校だと思い出す、というようなものに近いな。しかし思い出す内容はいくらかの共通項こそあれ、人それぞれ。故に明確な解読法は存在しない。しかし、全知ならば、その絵文字を見た時にイースター島民が思い出した記憶をトレースすることができた」
よ、よくわかんないけど、ロンゴロンゴのことがわかったということ……?
わたしはりずちゃんの話をしんけんに聞いてて、藍ちゃんも同じくらいしんけんだった。
「そうして、解読できたのが……今から言う、この三つの文だ」
「“これは私からの励ましだ”」
「“ここからは自分たちだけで戦いなさい”」
「“頑張って”」
わたしには、りずちゃんが冷や汗をだらだらしている理由がわかった。
藍ちゃんと顔を見合わせて、わたしは考える。
ここからはもう、ラプラスは助けてくれない。
でも……、
そうだった。
えすきゅーしーの力なんて、最初から当てにしてたわけじゃなかった。
大人の人には頼ってたけど、あのこわい男の人の目の前に立ちはだかったのは……わたしたちだけだった。
えすきゅーしーがなくたって……!
「りずちゃん! 藍ちゃん!」
わたしは、つい声をうらがえらせてしまったけど、それでも強く言った。
二人はわたしをじっと見て、言葉を待つ。
「北村先生は、ほかの人に上手く頼るのが大人だって言ってた。だから……三人で、おたがいを頼って、あの男の人を……」
声も、体も、ぷるぷるとふるえる。
でも、怖くたって、みんながいるから――
「――あのひとをやっつけよう!」
平凡なんかじゃいられない。
現状なんかにいられない。
子供なんかじゃつまらない!
「そしたら……そしたら、今度はゆうえんちに遊びに行こっ!」
わたしの言葉に、りずちゃんと藍ちゃんは、強く強くうなずいた。
「さすが、ほてりちゃんだ。わがはいはいつかほてりちゃんがそんなことを言ってくれると信じていたぞ」
「ありがと、ほてりん! らん、げんき出た! よーし、すとーむきっくのでばんだね!」
そしてわたしとりずちゃんは、固くにぎっていた手をはなし、髪留めを藍ちゃんに返した。
藍ちゃんはにっこり笑って、かわいいサイドポニーテールを復活させる。
藍ちゃんが教えてくれたこと。
「わたしたち、あきらめないで、がんばろぉ!」
「「「おーっ!」」」
◇ ◆ ◇ ◆
男の人は、歩きで駅まで帰るみたい。徒歩五分だから、それでいいと思ったのかな。
それをこっそり追いかけながら、りずちゃん藍ちゃんと作戦かいぎをする。
「切りふだは、藍ちゃんの“すとーむ・きっく”だよね」
「らん、きりふだ? ふふー、えへん!」
「こら、緊張感がないぞ。ほてりちゃんも、藍をよしよしするんじゃない」
ご、ごめん……。わたしはごまかし笑いをするけど、すぐに「あのね、思ったんだけどね」と意見を言う。
「あのひとは、くうかんわいきょく……? を使って、『きさまたちの攻撃はぜったいに当たることはない』って言ってたよね? それって、ほんとなのかな?」
「どういうことだ?」
「あの、りずちゃんには失礼なんだけど、それを言ったときのあの人、ちょっとへりくつを言うりずちゃんに似てて……。ほら、藍ちゃんのすとーむきっくを、りずちゃんが『ぜったいに当たることはなーい!』って言ってたことあったよね?」
りずちゃんはちょっと顔を赤くして、でもうなずく。「あったな。ストロンゲストプレジデントカイザーゴッド竜王棋聖エベレストスカイツリー不可説不可説転カップ。ゼノンのパラドックス“二分法”を使って、藍の行動を封じたつもりになっていた」
「あのときは、らんのかち! ってなったんだよね?」
「うん。だから……くうかんわいきょくそうち、なんてものは、もう……」
わたしはこくんとうなずいた。藍ちゃんも、にやりっ、と笑って、わかってくれる。でもりずちゃんだけは、むむむと腕を組んでしまう。
「だが、そんなものは憶測レベルだ。もし空間歪曲装置を使えることが嘘じゃなかったら……。けど、使えないとすれば、壊れて……」
はっとするりずちゃん。
「……そうか。ニュートンとアインシュタインの攻撃や、様々な装置の度重なる発動で、空間歪曲装置が壊れていてもおかしくない……!」
「りじゅむん、なんかわかるの?」
「藍。あの男の歩く姿に、おかしなところはあるか?」
藍ちゃんは両手でそうがんきょうを作り、男の人をながめる。
「あっ、ちょっと重心がヘンかも。あんなんじゃ、空手も柔道もできないよ!」
それを聞いたりずちゃんは、何かにちょうせんする時の研究者みたいに、楽しそうに笑った。
「藍、ほてりちゃん。奴の体について、わかったぞ」
「ほ、ほんとに!?」「おぉーっ!」
「アヅル星は機械の星だという。そして奴は腕や胸からエネルギー弾を発射したりさせていた。このことから、奴の体はサイボーグのような形で機械化されていると推理できる。そして……」
男の人が角を曲がったので、わたしたちはささっと走って後を追う。
「恐らくは」りずちゃんが花壇にかくれながら小声。「藍の見立てが本当ならば、姿勢制御装置が壊れている……のかもしれない。それを必要とする体なのかはわからないが……ともかく、体にはダメージを受けている。だとすれば、空間歪曲装置がいかれている可能性が考えられる。そして、その根拠はもう一つある」
生き生きしているりずちゃんを見て、わたしは、こうでないとねと思った。
「奴は自分で潔癖性だと言っていた。実際、脅威となり得なかったはずだったわがはいたちを、執拗に脅したり殺そうとしてきた。そんな奴が、全知全能として一度は自分を苦しめたわがはいたちを放っておくと思うか? 奴は慈悲として見逃すようなことを言っていたが……殺さないのではなく、殺せないのだ。つまりエネルギー弾も撃てないし、自分から近づいて空間歪曲装置で痛めつけることもできないということ」
「えっと、ということは……」
「ああ。今のあいつは無力。ただの手負いの大人ということだ……!」
「さっきから何をこそこそとしている?」
お腹の底をずずんとふるわせるかのような、低く重い声がした。
ばっと顔を上げると、十メートルくらい向こうの階段の上で、男の人がこちらを見下ろしている。
見つかっちゃった……!
わたしは思わず、りずちゃんと藍ちゃんの名前を呼ぼうとする、でも……
「ほ、ほてりちゃん」「ほてりん……」
二人も不安そうなかおをしていて、わたしは、はたと思いだした。
わたしには、りずちゃんほど頭が良くないし、藍ちゃんほど運動が得意じゃない。
だから、だれよりもがんばらなくちゃ……!
「りずちゃん、藍ちゃん、行こっ!」
すたっと立ち上がって、元気づけようとこぶしをにぎる。
「あの人が仲間の大人に助けられたら、今度こそ勝ち目がなくなっちゃう!」
「た、確かに……」「そうだね! よし、行こう!」
わたしは真っ先に走りだす。
めざすのは……男の人がいる、階段の上!
と、その時。
冬のからっ風が、びゅうと吹いた。
「ぐっ……!?」
その風に、なんと、男の人は少し吹き飛ばされ、体をうかせてしまう。
どう見ても体重がいっぱいありそうなのに!
となりで走るりずちゃんが、「そうか!」と叫んだ。
「アヅルは機械化で動物がいなくなったというが、人間もそうだとしたら!? 人間を機械で再構成する際に、不要な内臓等を排除したとすれば!!」
「どういうこと!?」
「あの体の中身は、スカスカだ――」
「だからどうしたッ!!」
びくっ、と両どなりの二人が走る速さをおそくする。
「俺を壊すか!? そんなことをすればアヅルの民が黙っちゃいない。その時は必ず貴様たちに地獄を見せてやるぞ! やってみるか? 我々の復讐を招き、惑星滅亡の引き金を引いてみるか?」
走る二人は怖くなってしまったのか、だんだんとゆっくりになっていき――
そんなりずちゃんの左手と、藍ちゃんの右手を、わたしはがしっとつかんだ。
それだけで十分だった。
わたしたちは勢い良く階段をかけ上がる。二段も三段も飛ばして、一気に男の人の目の前へ。三人で並び、手をつないだまま、思いっきりジャンプする。
りずちゃん、
藍ちゃん、
わたしの順で――
「行くぞ!」
「くらえっ!」
「すとーむ――!」
「「「きぃぃーっく!!」」」
ガラスが割れるような音とともに、辺りが光に包まれる。かがやきの中でわたしは思った。そしてその思ったことを、いつまでも忘れないでいようと、刻みつけた。右手にはりずちゃん、左手には藍ちゃん。それぞれの手の優しさも、ずっと覚えていよう。そう思った。




