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第十二話「少女たちのつらくて大切な超常 ~全知全能~」

 だだだっと、わたしたちは男の人にむかって走る。

 男の人は、ちっ、と舌を鳴らしてこちらに手をかざした。


 ――ほてりちゃん!


 えっ?

 りずちゃんの声があたまの中でひびく。


 ――わがはいとほてりちゃんは今、ネットワークで繋がり合っている。思いが通じ合っているんだ。だから超高速で意志疎通が可能。このやりとりは一千万分の一秒の間に完了されるから、ゆっくり考えられる。


 たしかに、今は周りがスローモーションで見えている。へんなの、と思っていると、りずちゃんが続ける。


 ――ほてりちゃん、その“全能”の力で奴の攻撃を無効化してくれ!

 ――えぇっ!? ど、どうやるの!?

 ――やはりそうか。全知全能といっても、わがはいには“全知”のみ、ほてりちゃんには“全能”だけが割り振られたとでもいうべきか……。ほてりちゃん、今からわがはいが全知によって知った全能の使い方を脳に直接送るぞ。むむむむむ……!


 びびっ!

 わたしの頭に、いつかの夢の景色が流れる。

 いや、違う。

 パラレルワールドの光景が流れてきたんだ。

 これが、りずちゃんの考えていること。それはりずちゃんの言葉遣いのまま、わたしの中にインプットされていく。

 今のわたしとりずちゃんと――この髪留めをくれた藍ちゃんとは、一心同体。

 りずちゃんの全知が教えてくれる。全能の使い方を。

 そう、そういうことなんだね。どんなことでも、起こる可能性はある。未来は無限に分かれている。

 これは本来、自由自在には選べないその未来たちを、掴み取り、手繰り寄せる力。


 夢を……具現化する力!


「来てっ! おっきい雪だるまさん!」




 空から巨大な雪だるまが、わたしたちを守るように降ってきた。




「何っ!?」


 男の人が発射した赤い光弾は雪だるまさんに阻まれ、ジュッと音を立てて消える。雪だるまさんの高さは二十メートル。その体には、絶対零度を内包している。雪だるまさんは胴体をほんの少し溶かしただけで、ほぼ無傷だった。


「くっ……馬鹿にしているのか!」


 バーナーのようなゴォッという音。男の人が両手から炎を噴射する。雪だるまさんはどんどん溶けていく。

 わたしは、雪だるまさん! と叫んだ。

 わがはいは、次の手を! と促す。

 わたしとわがはいは手を固く繋いだまま、声を張り上げた。




「湧いてっ!」「噴き出ろ!」

「「由布院・アンダーグラウンド・温泉っ!!」」




 ばしゅっ、と炎に水が直撃。いや、お湯だ。地面から湧き出た温泉が、男の人の炎を弱めていく。それはお湯なれど、由布院アングラ温泉水なため、沸点は摂氏一〇〇〇度。すぐに蒸発するはずもない。


「なんだこれはっ……!」と男の人が喫驚(びっくり)。しかしまだ落ち着いてはいるのか、迷わず炎の温度を上げた。周囲の気温が一気に上昇する。

 しかしそれが仇となった。

 一気に気化した温泉が、辺り一帯に霧を発生させたのだ。


「ちっ、レーダーを……」


 自分に搭載した機器を操作する男の人だったけれど……由布院アングラ温泉の効能、その一つは、ジャミング。これは地底王国では常識なのだ!


 男の人が惑わされている間に、わたしはわがはいに笑いかけ、わがはいはわたしに頷いた。

 小声で、呟く。

「ニュートンさん、アインシュタインさん、お願いします」

「あい解った」「任せなさい」




 永遠の偉人、アイザック・ニュートンとアルバート・アインシュタインが、そこに佇んでいた。




 闇雲に、というよりはある程度自分で予測しているのか、男の人が光の弾丸をこちらへ撃ってくる。それをニュートンさんがリンゴを食べながら弾き返してくれる。


「私が遠くを見ることができたのは巨人の肩に乗っていたからだ」

 ニュートンさんがわたしとわがはいを見て、威厳のある笑みを浮かべた。

「だが、きみたちは本当に大きな巨人に乗っているのだな。私もいつかその景色を見てみたいものだ」


 爆風が巻き起こり、男の人が霧を払って姿を現す。アインシュタインさんはそれに対してべろりと舌を出してから、こちらに向かって片目を瞑る。


「神はサイコロを振らない。それがいえるのは量子論についてのみではないぞ。神はきみたちを必ず後押ししてくれる。神が振るのはサイコロではなく、(evil)を打ち砕く鉄槌(hammer)だ。さあ、あいつに白旗を振らせてやろう!」


 そして手にエネルギーを溜めている男の人に対し、ニュートンさんとアインシュタインさんは二人でシンメトリーな構えをとった。


「行くぞ、アインシュタイン君!」

「はい、ニュートン先生!」


「「食らえ! 我々の発見した運動の第六六六法則による――時空振動波ッ!」」


 二人の伝説的物理学者が発動した衝撃波は、空間に歪みすら作って相手のエネルギー弾と激突し、それを打ち消し、敵に直撃させた。

 男の人は「ぐはぁっ!」と吹き飛び、地面を転がる。


 そして更に、霧が発生した時に天高くジャンプしていた巨大雪だるまさんが――男の人の上から落ちてくる。

 そのまま潰すかと思われたけれど、男の人が手のひらではなく胸の辺りから強力なエネルギー波を発射し、雪だるまさんは空中で砕け散ってしまった。


 粉雪となった雪だるまさんは、公園の跡に降り積もる。


 時空振動波の残滓により一粒一粒が光を発する粉雪。その美しさにニュートンさんとアインシュタインさんは微笑み、それから消えていく。


「では、ここでお別れだ。まだ男はやられていない。しかし君たちの力ならば、地球の平和を守れるだろう。そうだな、アインシュタイン君」

「はい。二人とも。私たちの地球を守ってくれたまえ。私たちはまだ……宇宙の謎を全て解明してはいないのだから」


 光の靄となってその場から去る偉人たちに、わたしとわがはいは最後まで手を振っていた。




 そして、男の人へ向き直る。




 彼は、息切れつよろめきつ、立ち上がったところだった。






 ◇   ◆   ◇   ◆






「ふざけるな……」


 殺気。男の人は明確な殺意でもってこちらを睨んでいる。


「貴様たち、」

「『一体何者だ』か? わがはいたちは、スーパー量子コンピュータの力を得た、ただの小学生だ」


 男の人は凍り付く。


 スーパー量子コンピュータ……SQCだと? この星の文明でどうやってそれを得た? くそっ、ここにきて侵略計画が頓挫しようとしている? 有り得ない。そんなことが有っていいはずがない。俺はアヅルの最高決定機関“アヅルチル”の、誇り高きエージェントだぞ!

 ……と、内心で喚いているのが、全知であるわがはいには手に取るようにわかる。


 そして、次に奴が何をするのかも、わがはいがどう対応すればいいのかも、この戦いがどういう終わりを迎えるのかも――全てわかっていた。


「これならばどうだ? そこで寝ている子供を一度消滅させた“解滅装置”」

「解滅装置。指向性のある特殊な波を発する装置だ。その波に触れた物体は徐々に分解され、光の粒子に変わっているように見える。あんたはそれに“終光装置”をカスタムし、光の速度で波を放てるようにしている」


 男の人は黙り込んだ。わたしは、りずちゃんすごい、と褒める。わがはいは、照れてしまって頬を熱くした。


「……成る程。貴様はSQCにより読心を可能としているのか。だがそれがどうした? この装置は光速で貴様たちを消滅に追い込む。仕組がわかったところでどうにかなるものでもあるまい。もう奇妙な白い塊や謎の人物を召喚させる暇は与えんぞ。消えろ」


 カメラのフラッシュのような、一瞬の光。

 わたしは全能ならそれをかわせることを知っていた。

 わがはいは全知だからそれをかわさないことを知っていた。


 わたしとわがはいの体に、続けざまに光が直撃する。

 じんわりと体中に光の毒が染み渡り、体が消えていくのを感じる。


「……ふ」

 男の人が笑った。

「ふはっ……ははは……拍子抜けだな。一度それに当たったら最後、もう治癒は不可能だ。この宇宙の、どこの世界にも存在しなくなった体を取り戻す。それができるなら是非見せてもらいたいものだ……が……?」


 わたしは変わらず立っている。

 わがはいは変わらず睨んでいる。

 粒子と化していたわたしたちの体は、再び粒子を取り込み、再構成され――元に戻った。


「…………何、だと?」

「今のわたしは、全能なんです。だから……」


 わたしは言葉を切り、わがはいが続きを追った。


「一度粒子として離れたわがはいたちの体の一部が、たまたま、何かの弾みで、消える前に元の場所に収まる……そんなパラレルワールドに移動したのだ」


 だから藍ちゃんは助かった。ラプラスがその力で、粒子を消さないでおいてくれたから。

 藍ちゃんの髪はほどけたまま。髪留めはわたしとわがはいの繋いだ手の中にある。


「馬鹿な」

「雪だるまさんも、温泉も、昔のえらい人たちも……全部、わたしが『それらが今この瞬間に出現しているパラレルワールド』に移動したから、来てもらえたんです」

「つまり、ほてりちゃんにできないことはないのだ。そしてわがはいはそれらを全て知っていた。読心ではなく、全知。あんたに勝ち目はない」


 男の人は、苦渋に満ちた表情をしながら息を荒くしている。

 それは、負けを認めなければならないのかと葛藤しているから、


 ではない。


 一旦体の力を抜いた彼は、空を仰いだ。紺色の冬空。まだ西の空はやや桃色がかっている。

 そして、諦めるように笑った。


「全能か。……どうやらパラレルワールド移動ができるのは本当のようだ。しかしそれが神でなくコンピューターの処理によるものである以上、限界は存在する。それは最早、全能ではない。ああ、私の負けだ。それは認めよう。だがそれは『勝負』の話。『試合』では――俺個人ではなく惑星単位では、我々の勝ちだ。俺は今現在から、貴様たちをアヅルの脅威に当たる存在とみなす。つまり」


 目を見開く。


「貴様たちは、アヅルの平和のため、必要ならその星を巻き込んででも葬り去らねばならぬ存在となったということだ!」


 夜の空が、まるで満天の星空みたいに輝きだした。






 ◇   ◆   ◇   ◆






 地響きが起きる。

 目の前の地面がすっぱりと裂け、その割れ目を辿ると、遠くのマンションまで続いていた。ぱっくりと切り裂かれたマンションが、ずずずと沈んでいく。

 そして、街の地面には、そんな割れ目が乱雑な模様を描いて幾重にも重ねられていた。


 地割れでぐらつく足下。わたしとわがはいは藍ちゃんの元へ戻り、守るようにする。


「この星にも人工衛星や宇宙ゴミ(デブリ)はある」

 男の人がおもむろに話し出す。

「計画の前に調べたが、それらの合計は三万をゆうに超えていた。その一つ一つに電子寄生虫を入り込ませてある。多機能のナノマシンであるそれは、あらゆる金属のエネルギーを増幅させ光として放出させることも可能だ」


 光の点が無数に散らばる夜の空から、一本の光の束が射してきて、すぐ隣を横切っていった。乗り捨てられていたバイクを両断し、爆発させる。


「星の衛星軌道を様々な方向性を持って周回する、大量の人工衛星やデブリ。その一つ一つから高出力レーザービームを幾本も放射した。一本一本のレーザービームの先にあるのは、また別の人工衛星たちだ。光エネルギーを誘導し、点に見立てた全ての宇宙浮遊物をレーザービームという線で繋ぐ。当然それらのレーザービームは地球を貫く。そうすればどうなるか」


 男の人は、ゆっくりと言った。


「高速で回る人工衛星たちと、高速で自転する惑星。お互いの回転により、星は真っ二つどころではなく乱れるように斬り裂かれ、バラバラになって滅亡する」


 わたしは、それを聞いて思った。

 この人は絶対に、ごめんなさいをしたとしても、許すわけにはいかないと。


 地響きが激しくなる。プレートが刺激され、地震が起きていた。そして更には、空がレーザービームとは別の光が浮かび上がり始める。


 わがはいは呟いた。


「……オーロラ」


 神秘的な光のカーテンは、そよ風に揺らめくように形を変えていく。

 地球には核がある。核は磁場を持っており、それを安定させる役割を担っている。

 その核が破壊された時、磁場は強烈に乱れ始めた。すると、太陽のプラズマと地球の磁場の相互作用によって起こるオーロラが――異常発生したのだ。


「成る程……この星にもダイナモ効果が働いているのだったな。アヅルにもオーロラはある。宇宙規模で普遍的な美しさだ。この星は美しい……」


 男の人は目を伏せて、わたしたちへ語りかける。自爆の道を選んだ彼は、悲しそうにしている。


「すまない、少女たちよ。貴様たちにも正義はあった。物的、そして心的な財産もあったことだろう。それを踏みにじったのは必ずしも俺の一存ではなく、緊急時には惑星を破壊せよと決定した“アヅルチル”の意志だ」


 そして、輝く空を見上げた。


「もう……終わりだ。俺も、貴様たちも。だが、最期の時をこんなにも美しい夜空とともに迎えるというのは、なかなかに洒落ている」


 再びこちらを見る。


「少女たちよ。俺の、いや、アヅルの技術の粋を集めた装置たちのほとんどを凌駕するそれにはなかなか楽しませてもらった。貴様たちはある意味では地球を守ったのだ。もう十分だろう? ……最後に、我々の行いに関して、我が星を代表し、謝罪する。アヅルチルが勝手に決めたこととはいえ、すまなかった」




 その謝罪が空虚なことくらいは、全知でなくてもわかる。




「一ついいか?」




 わたしはわがはいを見る。

 わがはいはわたしの手をぎゅっと握って、言い放った。


「わがはいが大好きな人の話をさせてくれ」


 思い描くのは、わがはい(りずちゃん)にとっての大人――。

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