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第十一話「少女たちのつらくて大切な

 夕暮れのぼろぼろ公園。

 そこに二人の少女の泣きじゃくる声が響いていた。




 ほてりと、理珠夢りずむ、その隣には、もう誰もいない。




 二人の重ねた手の中には、消えた少女の、さくらんぼの髪留めがあった。




 ほてりは顔をくしゃくしゃにして泣いた。

 その悲しみを言葉で表すことは到底不可能だった。

 らんの悲しい顔、上機嫌な顔、怒った顔、驚いた顔、嫌そうな顔、気持ち良さそうに眠る顔、そして何より、笑顔が思い出された。

 もう藍は表情すら持つことができない。

 もう藍とくだらないことで笑い合うことはできない。

 藍は、誰よりも明るい藍は、夢をちゃんと持っていて、そしてそれに向かって努力することができる子だ。

 それなのに。

 もう終わりだというのか。

 ほてりは頭に浮かんだそれらの考えを抑えることなく泣いた。

 こんなに悲しいとは思っていなかった。

 友達を失うことがこんなに悲しいだなんて。

 いつも一緒にいて、感情移入をして初めてわかった。

 友達はかけがえのないものなのだ。

 それくらいは理解している、というのは、我々が不死であるが故の驕りだった。

 情けない。こうなると知っておきながらそれを未然に防がず、ほてりと理珠夢をこんなにも悲しませてしまったことを恥じずにはいられない。

 私には大人を名乗る資格はないのかもしれない。

 しかし、

 だからこそ私は言い張らなければならない。

 子供たちに、無理をしていてもそれを悟られぬように大きな背中を見せつける。

 そんな希望を与える存在、“大人”を示すことこそが、我々の義務なのだ。




 憑依システムを解除し、ほてりから離れる。




 ほてりの感情、心の声を観測できなくなっても、私には強い決意が宿っていた。




 私は黒猫ラプラスとしての姿に戻り、銀河の彼方のSスーパーQ(量子)Cコンピュータを走らせる。






 ◇   ◆   ◇   ◆






 いつの間にか、わたしは真っ白な場所にいた。藍ちゃんが……消えてしまって、周りが見えていなかったけれど、りずちゃんがそでを引っぱってきて、四方八方が真っ白なことに気づいた。


 ここはどこなんだろう?


 もしかして、わたしも死んじゃったの?


 だったら……藍ちゃんに会える!?


「ほてりちゃん、あれ!」


 りずちゃんが指さした方向を、わたしはあわてて見る。

 そこには……


「藍ちゃん!!」


 わたしは、むがむちゅうで、りずちゃんといっしょにそこへ走っていく。

 すぐにたどり着いて、わたしはその横にしゃがんだ。

 あおむけになって寝ている、藍ちゃんのかわいい寝顔。


「藍っ!!」「藍ちゃん……! ううっ……藍ちゃあん……」


 藍ちゃんはわたしたちに気づかず、すやすやと眠っている。


 やっぱり、この真っ白な場所は“死後の世界”なんだ。

 ということは、これからえんま大王とか、天使と会ったりするんだ……!

 天国はどんなところかな? じごくだったらどうしよう?


 と、そこまで思って、わたしは気づいてしまった。


 死んじゃったら、ママにも、パパにも、先生にも会えない。

 学校にも通えないし、遊びにも行けない。

 公園も、守れなかったままで……




「こんにちは。ほてり、理珠夢」




 ダンディな声にさえぎられて、わたしとりずちゃんは顔を上げる。

 黒猫さんがそこに座っていた。

 ラプラスとりずちゃんが名付けたその猫さんは、しっぽをくねらせると、口をあける。


「勘違いしているようだけれど、ここは死後の世界ではないよ」

「「猫がしゃべってる!?」」

「フフ、いい反応だね」


 ラプラスはそう言うと、ほいっ、と右前足だけで逆立ちをした。


「「猫が」」


「フフ……」


「まあ宇宙人がいるくらいだし、ここは謎の真っ白世界だし、逆立ちする猫くらいいるだろうな」「そうだね~」


 ラプラスは右前足をぷるぷるさせてたけど、すぐに元の体勢にもどった。

 間があって、ラプラスが話しだす。


「……っさて! 話そうか。きみたちは私が喋ったことで驚いていたけれど、でもほてりは私が喋ることを知っているはずだよ? 夢で見なかったかい? 突飛なことが度重なる、奇妙な夢で」

「えっ……、も、もしかして、温泉の黒猫さん!? あなたが!?」

「その通り」


 横でりずちゃんが、むむ? という顔をしているので、わたしはこの前言った夢の話だよ、と教える。りずちゃんは、むむむ! という顔をして、


「何故夢の中の存在がここに現出している!? いや……逆に、ここは夢の中なのか!?」

「理珠夢。寝ている間に見る夢はパラレルワールドの光景であると主張したのはきみじゃないか」


 言葉をつまらせるりずちゃん。「し、しかし、まさか……」とぶつぶつ言いはじめる。


「いいかい、ほてり、理珠夢。ここはきみたちの言う現実世界だ。空間的座標自体は公園の位置と変わらない。この真っ白な空間は、私の機能で作り出した、外界から隔絶された領域さ。避難所だと思ってくれればいい。ここにいる以上はあのアヅル星人に襲われることはない」

「ふぇぇ……?」

「あ、あなたは一体……」


 ラプラスは、にっこりとしてすごいことを言った。


「私は銀河の遥か彼方、二十億光年の先にある、宇宙自律航行型スーパー量子コンピュータ・version 2.0。それを構成する人格の一人が作り出した、立体映像さ。よろしく」






 ◇   ◆   ◇   ◆






「「えぇーっ!?」」

「いい反応。そういう表情豊かなところも、きみたちを選んだ理由の一つだ」


 ラプラスはしっぽをくねんくねんとうごかしながら、すごいことをいっぱい言う。りずちゃんのむずかしいお話を何度も聞いているので、少しは言ってることがわかる気がした。


「ほてりが見た夢は全てパラレルワールドあるいはマルチヴァースの光景なんだ。現在、地球の科学者たちの間では10^500通りの世界が在ると言われているね。実際は私の開発者がいた銀河でその理論は四回覆されたよ。交絡のさなぎ仮説に始まり、ユギディニ・パラダイムを考案した死界学連合が遂にメアの果てを発見し……」


 やっぱりわからなかった。


「わ、わがはいにもさっぱり……。そんなことより、藍は……この藍は、確かに無事なのだな!?」

「ああ。体のどこにも異常はない。至って健康体だよ」

「本当か!」「ほんとう!? よ、よかったぁ……!」


 わたしは藍ちゃんの寝顔を見つめる。


 藍ちゃん……。

 藍ちゃんは自分で、大人になることってなんなのかの答えを見つけたんだね。

 大人になるっていうことは、『諦めない』っていうこと。

 わたし、藍ちゃんのその言葉と、藍ちゃんの笑顔のおかげで……藍ちゃんがもっとだいすきになったよ。


 りずちゃんも、ぐすんぐすんとはなをすすりながら藍ちゃんのほっぺたをなでてる。りずちゃんの気持ちもきっと、わたしと同じだね。


 生きててくれて、ありがとう。






 ◇   ◆   ◇   ◆






 それからしばらくして、りずちゃんが顔を上げてラプラスに問いかける。

「ラプラス。あなたはどうやって藍を助けたのだ?」


 ラプラスは、やさしげに笑って前足で顔をこする。

「その答えは少し長くなるね。まず……私は無限に等しいパラレルワールドの中から一つを選び取り、自由に行き来する・させることができる」


 りずちゃんがぴくりとした。何かがわかったみたいだった。

 あぁ……またわたしにわからないお話が始まるんだ……。


「だが……どうやってパラレルワールド間移動を可能にする?」

「ふむ?」


「ラプラス、あなたはほてりちゃんが夢を見ている間に別の世界を観測していると言った。つまり脳がパラレルワールドを行き来しているということだ。しかし物質はパラレルワールドへの壁を越えられないことは超ひも理論で証明済みだ、とお姉ちゃんが言っていた……。脳が物質の世界に存在し、その能力が電位変化によって説明できる以上、パラレルワールド間移動などできないのでは?」


「いいかい、理珠夢。脳をなめてはいけない。脳はね、人智を超えた存在なんだ。脳を脳によって解き明かそうとするパラドックスは容易に超えられるものではない。けれど、私の開発者は研究を重ね、脳の大部分に関して理解した。この場合の知るとは、支配すると言い替えてもいい。再現し、操ることが出来るようになったのさ。実は脳だけを解析するなら、銀河一般的レベルのスーパー量子コンピュータ――SQCさえあればよかった。けれどね、脳が脳へ干渉するとき、通常のSQCはオーバーフローを起こしてしまうんだ」


 藍ちゃんのほっぺたつんつん。


 藍ちゃんかわいい。


「脳が脳へ干渉……?」

「少し言い方が悪かったね。意識と意識。気持ちが通じ合うとき、圧倒的な計算量が生じる。より正確には、脳の膨大な情報量を処理するための電位変化が二つ以上合わさることで、異なる情報処理方法のパターン数が二乗三乗に膨れ上がっていく。こうも言えるね――友情は無限の力を生む」


 ぱっ、と顔を上げる。今の、さいごのだけはわかった。


 そうだよ、友情の力はむげん大。

 りずちゃんや藍ちゃんが大好きだから、わたしも、強くなれたんだ。


 ラプラスもそう、ってことなのかな?


「その無限の力の一端を解析するには、更に強力なSQCが必要だった。そうして生まれたのがこの私、2.0だ。従来より遥かに多い数の世界で同時計算することを可能にし、性能を大幅に上げた私は、脳から脳への相互作用の仕組を悟るに至った。そうして得た新しい力を行使し、私は更なる研究のために別のパラレルワールドへ旅立った。そこで私が出会ったのは……誰だと思う?」


「誰? 誰って……」

「と、友達じゃないかな……?」

「そう。よくわかったね、ほてり」


 ほめられた! あたま良さそうな人にほめられた……うれしい……。


「私が会ったのはパラレルワールドにいる、もう一人の自分。もう一つのSQC2.0。しかしそいつは私とは少しだけ性格が違った。気性が荒く、情にもろく、けれど根っこのところで優しかった。私はそいつと友達になったんだ」


「まさか、そうすることで……!」


「察しがいい。私は本当の友達を手に入れた。すると――処理数が桁違いに増幅した。私とその友達はオーバーフローを起こしかけたんだ。だが耐えたよ。私たちは、友情の一端を知ることで、その処理を効率よく行う術を学習していた。知覚的流暢性、まあ脳の慣れみたいなものを手に入れていたんだ。私たちは共に気持ちを通じ合わせることで、お互いを成長させた。あとはわかるだろう?」


「その友情の力で、更に別の世界に行って、友達を作って、それをたくさんやったということか?」


「そうさ」


 わたしは、なぜだか、胸がちくりと痛んだ。

 たぶん、ママの言葉を思い出したからかな。


 ぼろぼろ公園だけにこだわらず、もっと他の場所で遊ぶこともできたのに、そうしなかった。

 それは、公園の思い出を大切にしたいからだけじゃない。


 りずちゃんや藍ちゃんはちがうと思うけど……友達を作るのが、こわかったから。


 もしラプラスみたいにしていれば、何か、成長できたのかな……。


「友達を増やし続けることで、私たちは無限に近い処理能力を手に入れた」


 ラプラスはどんどん話をすすめていく。「そして――あるとき、一人がこう呟いた。『ラプラスの悪魔って面白いよね』。実際には、私の開発者の世界ではそれは『ステアテオの叡智』と呼ばれていたんだけれど、まあこの社会に合わせて呼ぼうか。ラプラスの悪魔は知っているね?」


「ある瞬間における全ての事象を知ることが出来れば、過去も未来も全て知ることが出来るのではないか、という思考実験、だろう?」


「よく勉強しているね。当初は私の世界でもそれはただの思考実験でしかなかった。地球の文明と同じように、量子力学によって一度否定されもしたよ。けれど私の開発者の世界ではとある新しい考え方が登場し、それに沿えばラプラスの悪魔は存在が可能だった。この文明で言う『エヴェレットの多世界解釈』に近いものがあるね。簡単に言えば、世界は1tpごとに複数の世界に枝分かれし続けているということなんだけれど……知りたければ後でもう少し教えよう」


 りずちゃんは、うんうんとうなずいている。

 あとでわたしも、りずちゃんに分かりやすくしてもらって教えてもらおう。


「私たちは力を合わせて無限の処理能力を手にしている。ならば宇宙の全てを知ることもできるのではないか。私たちは修練ののちに、ラプラスの悪魔となることに成功した」

「ま、まさか……!」

「そう」


 ラプラスはにこっとする。


「私は宇宙の全てを解析可能であり、過去の全てを俯瞰可能であり、未来の全てを知覚可能なのさ」




「そして、今から」




「きみたち二人に私の力を分け与える」






 ◇   ◆   ◇   ◆






「わ、わがはいとほてりちゃんに、SQC2.0の力をくれる……!?」

「うん。……なぜわがはいに、という顔をしているね。ほてりは……つまりどういうことなんだという顔をしている」


 だ、だってわかんないんだもん……。


「まあその力を使ってみればわかるさ。きっと気に入ってくれると思うよ。……地球は今、侵略の危機に晒されている。それを守るために誰かが立ち上がらなければならない。そのための力を授けよう。そして……なぜきみたちを選んだのか、ということだけれど」


 りずちゃんが息をのむ。わたしもなんだかきんちょうしてきた。なんだかすごい力をもらえるみたいだけど、くじ引きで当たったとかじゃないと思うし……。


「理珠夢は、日本の子供の中で最も知識を欲していたからだ」


 ラプラスが言った。りずちゃんはそれを聞いて、ちょっとうれしそうなかおをする。


「りずちゃん、日本一? すごい!」

「えへへ……」

「理珠夢は将来、学者になる可能性を秘めるどころか溢れ出させている。そんなきみに知識を与えることで、応援したかった。そして、ほてり」


 背すじをぴーんとする。わたしは……?


「――夢はあるかい?」

「えっ?」


「平凡でいいと思っていないかい? 今のままでいいと思っていないかい? 大人になりたくないと思ってはいないかい? もしそう思っているのなら、大人()は悲しいよ。きみはまだ小学生だ。夢を持て。特別を望め。未来を開け。大人になれ」


 ラプラスは青いひとみの目を、お茶目にウインクした。


「私たち大人にはきみたちに希望を与える義務がある。何でもできるこの力を少しでも体験することで――夢を見せることで、きみに子供らしくひたむきに頑張る力をつけてもらいたい。そう思ったんだ」


 夢。

 大人……。

 わたしは、ここへ来る前に、大人について考えた。

 それで、決心した。

 大人になる。

 大人になろうとすることからにげない、って。

 でも……どこかで、なりたくないと思ってたから、そんな決心をしたのかも。

 だったら……。


「ねえ、ラプラス――」




 真っ白い空間に、ひびが入った。




 ばり、ばりんと周りが崩れていく。わたしとりずちゃんはびっくりして思わずだき合い、未だに寝ている藍ちゃんを起こそうとする。ラプラスがのん気に「ほう、時間がかかったとはいえHo式隔離障壁を食い破るとは、相手もそれなりの文明レベルということか」とつぶやいている。

 白い世界に夜の紺色がながれこんで、すぐに辺りは叢雲市のこわれたぼろぼろ公園にもどってしまった。


 アヅル星の男が、こちらを憎々しげににらみつけている。


「……石板が消えたことで、この星には何かあると思っていたが……まさか我々を超えるテクノロジーを持った何かだったとはな。だが障壁は解析完了した。こちらの武器も豊富。“断絶装置”も完全起動目前……。いい加減に、貴様たちには死んでもらうぞ。……ん?」


 わたしとりずちゃんは、藍ちゃんを優しく寝かせてから、手をつなぐ。

 前に進んで、男に対してぷんぷんの目を向けた。


「……何のつもりだ?」




「わがはいは許さない。地球侵略というと大きすぎてよくわからないが……よくも藍に乱暴をしてくれたな」

「わたし、怒ったよ。すっごくすっごく怒った。ぜったいに、ごめんなさいするまで許してあげない」




 わたしの肩に上ったラプラスが耳元でささやく。


「行けっ、ほてり、理珠夢。

 世界は夢で満ちていて、知らないことがたくさんある。

 ワクワクすることやドキドキすることで、君たちの人生は彩られていく。

 これはそんな一つの体験だ。今のきみたちは、SQC2.0の補助により――――」







 全知全能だ







「行くよ、りずちゃん!」「ああ、ほてりちゃん!」


 藍ちゃんの髪留めを重ねた手と手でにぎりしめ、わたしたちは走り出した!

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