08 イロハ、死にかける
昨日の投資は、留守番五日目の朝すぐに返って来ることとなった。
ポーションとマナポーションの数を調整した初心者セットを三人にお買い上げいただいたのだ。ギルドの件もあったので、結界石を三つほどおまけさせていただいた。
結構奮発して投資したエクトルさんからは、まだ何も返って来ていないが、ダン君にした投資はすぐに返ってくる。有り難い限りだ!
「そして、今日もー客は……こねぇ……」
チラシの効果は今のところ不明である。昨日の今日だしなぁ……
ダン君たちの他に二組のお客様を捌き、ブレイクタイムを経て、常連さんを捌き、午後のブレイクタイムである。多くの場合、夕方にちらほら、いらっしゃるだけで店仕舞いだが……
制服作成がはかどるね!
……ああ、在庫の補填もしないといけない。今日は、魔力石がよく売れたから、作っておかないと。
ウチの店は、ポーションや食材、道具類は取次を経て仕入れている。
それぞれ別の取次から仕入れているので、取引相手はみっつだ。彼らは、週初め――月曜日に先週頼んだ物を持ってきて、次に必要な物を聞いていく。生鮮食品を除けば、仕入れは基本週一なのだ。
けれど、保存食初めウチで作っているモノは違う。減ったら、その都度補填か、減ってなくても休日に作っておく。
魔力石やいくつかの装飾品はウチで作っている。
装飾品は、元になるアクセサリーなんかを馴染のお姉さんから買って来ているけど、魔力石はその辺に転がっているよさげな石に魔力を込めるだけだ。とってもお手軽。私でさえ出来るんだから、本当にお手軽。
他の装飾品は、おばあちゃんが魔力を込めている。初級魔法が繰返し使える装飾品なんかは、片手間で作っていたし、私にも護身用だと言って一個くれた。
可愛くて気に入ってるんだけど、何故かそのブレスレットは付けたその瞬間から外れなくなってしまった。……あんまり深く考えないようにしてるけど、呪いの品なんじゃないかって疑っていた時もある。深く考えないようにしてるけどね。
さて、おばあちゃん特製ブレスレットはともかく、魔力石は簡単に量産出来る。魔力が尽きない限りは。
なので、私は制服を作る片手間、拾ってきた石に魔力を込めている。手を翳して、魔力を適量いれるだけだ。
緩やかな午後の終わりを告げたのは、来店を告げるベルの音だった。
「いらっしゃいま――」
「おい、ねえちゃんよぉ? てめぇのとこで買った中級マナポーションまったくきかねぇじゃねぇか! どーしてくれんだよ? あぁ?」
次いで響いたのは、ビンをカウンターに叩きつける音と、唾をまき散らしながらのがなり声だった。中級マナポーションと書かれたビンが割れなかったのは、幸いだ。
あーあー、コレはお客様じゃない。路上で壺持ってうろうろしているのと同じ類のイキモノだ。
こういうのは、おじいちゃんが対処してたし、対処してる間に警備隊――日本でいう警察を呼びに行ってたからなぁ……
「聞いてんのか!? あぁ?」
その大音量と恐ろしい形相を前にしたか弱い乙女としては、おどおどしながら、謝るところかな。ギルド長の品定めの方が怖いけども。
いかにも、頭悪そうな言い回しに相反さず、その男も頭が悪そうな格好をしていた。顔やら何やらのことじゃない。……まぁ、顔もあまり上品とは言えないけど、私が言いたいのは服装だ。粗野な方のファッションって規定でもあるのだろうかと言いたくなるような、世間の流行からズレたあげく、斜め後ろに爆走したようなスタイルである。RPGのモブが着てそうな、裸に簡素な革鎧だ。剣も手入れが行き届いているようには見えないし、三流……以下の冒険者だろう。
さて、事実確認からすればいいかな。誰かいれば、警備隊を呼びに行ってもらえるんだけど……残念ながら私ひとりだった。
こっちでは、領収書を作る習慣がない。必要に応じては書くが、日本のように毎度毎度レシートを発行したりしない。手書きでは手間だからね。
領収書があれば、見せろって言えばいいんだけど……
「……いつごろお買い上げでしょうか?」
「昨日だ! 見ろ、コレが使えなかったお陰で怪我しちまったじゃねぇか」
「昨日の何時ごろです?」
「謝罪もなしかぁ? あぁ?」
「売買の事実確認が取れませんと、こちらとしても対処できませんので。昨日の何時ごろお買い上げいただきましたか?」
顔が近い!
イケメンなら許すけど、好きでもない奴のドアップとか耐えられない!
だが、耐えねばならん。
一歩引いて、動揺してるだなんて思われたくないし。
「……五時ごろだ」
「何本お求めでしたか?」
「30本だよ! 売った分くらい覚えとけ!」
「中級マナポーションを30本ですか? その全てが不良品だったと?」
「そういってんだろうが!」
中級マナポーションは一本2000Eが相場である。それが30本なら、2000×30=60000E。
うわぁお! すごい金額!
「おい! さっきから何、書いてんだぁ!」
「事実確認書です。もう少しで終わりますので」
「早くしろ! こっちは、客だぞ?」
「……最後に確認させて頂きたいのですが、万が一、当店に不手際があったとして、返金をご希望ですか?」
「あぁ? 金返せばいいとでも思ってんのか? こっちは怪我したっつってんだろ?」
「……誠意を――慰謝料を払えということですね」
「わかってんならとっととしろ!」
急かされずとも、事実確認書もとい、警備隊に提出する書類はほぼ完成している。
どう書いていいかよくわからなかったけど、聞き取った内容をそのまま書けばいいか。
甲とか乙とか入れとけばそれっぽいかな。……ちゃんと勉強しておこう。
ラシド屋店主代理イロハ(以下、甲)にラシド屋で商品を購入した男性(以下、乙)より、不良品の申し立ての件について
昨日、乙は午後五時にラシド屋に来店し、中級マナポーション(2000E)を30本購入したと申告している。
購入した中級マナポーション30本全てが不良品であり、怪我をしたため、返金と慰謝料の請求で来店した。
ただし、甲の店では、中級マナポーションの扱いはない。
署名:甲 ラシド屋店主代理 イロハ
:乙
さてはて、いかに私がチート能力をもらっていないといってもこの世界で一般人が使える魔法は使うことが出来る。例えば、認識をしにくくなる魔法とか。
「こちらの書類の署名欄に署名していただけますか? 返金の処理に必要なんです」
「ちっ、ほらよ!」
馬鹿め!
署名する時は書類の内容をよく読めと教わらなかったか!
認識を甘くする魔法もいらなかったね。認識出来なくする魔法もあるけど、痕跡が残るためわざわざ甘くする魔法にした。けど、その気遣いも無駄だったね。
さっさと書類を回収して、カウンターの下にしまう。
さてさて、やっと反撃だ!
「ところで、ウチの店、中級マナポーション扱ってないんですよ」
「んだと?」
「中級マナポーションは扱ってないんですよ。開店以来一度も」
「……か、下級の間違いだ!」
「署名頂いた書類には、中級マナポーションと明記しましたよ? それに貴方が持ってきたビン、中級マナポーションのラベルが貼ってあります」
「っ! べ、別の持ってきちまったんだよ! 怪我して気が立っててな! いいから、早く金返せ!」
ボロが出ると、もう挽回出来ないらしい。
やるなら、もっと栄えてる店にした方がよかったんじゃないかな。お客様の前でやれば、事実じゃなくても心証悪くなる場合あるし。何より、中級マナポーションが30本も売れたら、忘れたくても忘れられなくなるウチと違って、覚えてない可能性もあるし。
「まだ、ありますよ? 昨日の五時は別のお客様がいらしてて、他は誰もいなかったんです。狭い店ですから見逃すわけないでしょう?」
「ぐっ……!」
「昨日じゃなかったって言っても無駄ですよ。書類には、昨日の五時にウチで中級マナポーションを買ったって署名したんですから。後は、警備隊に証拠として提出するだけです。ゆすりのね」
正直に言おう。
この時の私は浮かれていた。相手より優位に立ち、罵れる立場に酔っていたと言っても過言ではない。
……つまり、判断力が鈍っていたのだ。
本当に、他人に説教してる場合じゃない。
「この女ァ! 黙ってれば、調子に乗ってベラベラとっ! 痛い目見ねぇとわかんねぇらしいなぁ!?」
男が武器を持っていることも、こういう種類の人間が、分かりきった愚かな行為に走りやすいかも忘れていた。いや、そもそも、考えが回らなかったのだ。
鈍く反射する剣に映る娘は、見たことのない顔をしていた。酷い顔だ。この世の終わりの様な顔をしている。
男がニヤリと――優位を取り戻したことを知って笑うのが印象的だった。ゆっくりと吊りあがって行く唇も、私を映した刃が振り上げられるのもしっかりと見て取れる。今までで一番はっきりと見えた。
部屋の温度が下がった気がする。
ああ、わたし、しぬのね?
それは――
「この人は、私の恩人だ。害するならただでは置かない」
目を瞑ることしか出来ない私に届いたのは、男の剣ではなく、凛とした声だった。
「……あっ」
いつの間にか私は床にへたり込んでいた。
男は、剣を振りかざしたままだが、その手はしっかりと捕まれていて動かない。捕まえている手の主は、にっこりと私に微笑んだ。
「お久しぶりです、イロハさん」
「……エクトルさ、ん」
「な、何すんだ! この野郎!?」
「黙っていろ」
エクトルさんに、床へと突き放された男は動かなくなった。
たぶん、拘束系の魔法だ。意識はあるみたいだけど、瞬きすらしないし、当然声もあげない。かなり上位のものだ。
呪文は聞こえなかった。でも、魔法具を使ったわけじゃない。呪文省略……?
「怪我はありませんか?」
そっと手を差し伸べてくれるエクトルさんが眩しい。
その手に縋って泣き叫びたい私と、プライド的な何かにひとりで立ちあがって見せろと言われている私……そして、もう一歩も動けない私がいる。
みっつの私に急き立てられ、結局私は――
『死ぬかと思った……』
「え、えっと……今なんと?」
動けないまま日本語で呟いていた。
困ったように笑っているエクトルさんはこの前会った時と変わらない。さっきの凛とした……ちょっと怖いエクトルさんとは違って――うまく言えないけど、いや、私は彼のこと全然知らないけど、なんていうか……笑ってしまった。
きっと、私が漏らした笑い声は情けないものだっただろう。でも、しかたないよね、変に入っていた力が抜けちゃったんだもん。
「イ、イロハさん……?」
「大丈夫。ふふっ、ありがとうございます」
「本当に大丈夫ですか?」
「はい。安心したら気が抜けてしまって……今のエクトルさん『ヒーロー』みたいでかっこよかった」
わっ、な、なんか私恥ずかしいこと言ってる気がする。
でも、本当にかっこいいし! 今からでも抱きついてもいいかな。イケメンに抱きつく機会なんてそうそうないし!
「ひぃろぉ?」
「あー、えっと……」
無意識に日本語――というか英語だけど、向こうの言葉を混ぜていた。こっちの言葉だとなんだろう。『英雄』と同じ意味だっけ、ヒーローって。
「英雄、みたいってこと」
「英雄……それは、少し恥ずかしいですね」
ふわっと、花が咲いたみたいにエクトルさんは笑った。美人さんの微笑みを間近で見れるなんて……! 大変、目の保養になる。
その微笑みが、不意に悲しげに崩れた。
「……イロハさん、泣いてもいいんですよ」
小っ恥ずかしいことを言ってしまったのも、内心ハイテンションで意味がわからないことが次々浮かんでいたのも、強がりのせいだと本当は気づいている。
人前で泣くなんて――
「先程の言葉はわかりませんでしたが、怖かったんでしょう。もう大丈夫です」
『なんで、そんなこと言うの……ズルい』
そして、私は弱い。
誰かに頼ることが出来ないことも弱さだというなら、私はとても弱い。怖くて辛くて、わけがわからなくても、思考をずらして、別のことにすり替えて紛らわせてしまう。誰にも怖がっていたことなんて知られたくない。
ポタリと雫が床を濡らした。
大きな手が、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
女を泣かせるなんて、酷い人だ。流石、イケメン。これまでにも何人も泣かせて来たのだろう。
『エクトルさん、絶対タラシだ』
「えっと、呼びましたよね?」
――――
結局大泣きした私が落ち着くまで、エクトルさんは一緒にいてくれた。その間、ゆすり男は放置だった。仕方ないね。
「本当にありがとうございました。……後始末までしてもらっちゃって」
「いいんです、貴女は僕の恩人ですから」
「大したことしてないけど……」
エクトルさんは緩く首を振った。
私のほんの少しの気紛れ的な行為は、どうやら彼にとって大変嬉しいことだったらしい。
縁というのは不思議なものだ。今度は、彼が私の恩人になったのだから。
「じゃあ、僕はこの人を警備隊に引き渡してきますので」
「お願いします。明日も店は開けるのでよかったら来てください」
エクトルさんは驚いていたけど、商人たる者、死にかけたくらいで店仕舞いは出来ない。生きてるし、怪我もないのだから稼がねば。
ゆすり男を連れて去って行くエクトルさんが見えなくなるまで見送ってから、自宅に戻った。店の戸締りはもう終わっている。
『うぅー、あー! 今更ながら恥ずかしくなってきた!』
ひとりになると、久しぶりに人前で大泣きしたことを思い出し、別の意味で泣きたくなった。……というか、転げまわりたくなった。
今日はもう寝よう!
おまけ
エクトルさん的、いろはにやめて欲しいこと
「ありがとう! これ、お礼のポーション」
好意に対して現物支給すること。物が欲しくてやっているみたいだから。
追記
ゆすりくんには、是非拘束されている間「イケメン爆ぜろ!」と歯軋りしていて欲しい所存です。