05 イロハ、折れる
ダニエル君のお陰で、私は【冒険初心者セット伊呂波】を生み出した!
伊は、物理タイプの冒険初心者を意識したセット――初級ポーション×10・救急セット・水筒(小)・魔法のランタン・火打石・ナイフ・パックポーチと、おまけ→保存食×3日分・魔力石×4・ロープ。お値段6500E。
昨日、ダニエル君に売った商品だ。
呂は、魔法使い初心者を意識したセット――初級ポーション×6・初級マナポーション×3・救急セット・水筒(小)・魔法のランタン・火打石・ナイフ・パックポーチと、おまけ→保存食×3日分・魔力石×4・ロープ。お値段7000E。
波は、遠出も想定した初心者セット――初級ポーション×10・救急セット・水筒(小)・魔法のランタン・火打石・ナイフ・パックポーチ・簡易テント・毛布・結界石×3とおまけ→保存食×9日分・魔力石×4・ロープ・虫除石×3。お値段11000E。
一番お得なのは、波だ。他のセットは、お値段の約5%のおまけとなっている。しかし、波は11%のおまけが付く。
もちろん、カラクリがある。
実は保存食は自家製なのだ。売れ残りの食材を加工し、寿命を延ばしている。もちろん、生産ギルドに申請してお墨付きをもらっている。安心安全、余所の保存食に比べれば美味しい保存食だ。
ロスを加工しているので、原価は安い。だから、保存食を九食分=900E分つけても大丈夫!
本当は波に、パックバックというパックポーチの上位版を付けたかったんだけど、コレは5000Eもして、セットのお値段がかなりあがるのでやめた。
簡易テントなら、パックポーチに入らなくもないし。毛布とか考えるとあった方がいいんだけどね、パックバック。
「さーて! 頑張るよ!」
留守番四日目、今日こそは、お客様がたくさん来るはずだ!
――――
「……今日も、客はこねぇ……」
それはそうだろう。
新商品を出したからと言って、宣伝していないのだからお客様が知っているわけがない。
それに気が付いたのは、例のごとくラッシュ時である時間に、いつも通り片手で足りるお客様が来ただけだと知ったあとだった。
彼らは物珍しげに眺めていたけど、冒険初心者ではない。
「へぇ、コレいいわね。冒険始めた時に欲しかったわ」
と、中級者レベルくらいのお姉さんがいっていた。
やっぱり、需要はあるらしい!
昨日、偉そうに慢心ダメとか言ったけど、私は慢心していたし浮かれていた。反省。
さて、反省したし、対策を考えなければ。
……うーん。初心者冒険者が集まるのは冒険者ギルド、もしくは登録の際に訪れる役所だろう。となれば、そこにチラシを貼らせてもらうのがいい。
役場はひとつだが、ギルドは街の東西南北にひとつずつある。チラシは五枚必要だ。
再開した制服作りはまたも、一時休止らしい。
「上出来じゃないですかー」
マジックはないので、色鉛筆で仕上げたチラシは我ながら素晴らしい。【何を買っていいのか、わからない貴方に贈る ラシド屋特製初心者セット――イ・ロ・ハ】キャッチも悪くないと思う。
ちゃんと地図と開店時間も入れた。休憩時間も入ってる。価格とおまけ付きの旨も入れた。けど、セット内容の詳細は書かなかった。スペースがなかったのが一番だ。
誤字脱字なし!
と、喜び勇んで向かったお役所。
「申し訳ないんですが、こういった広告はお断りしてるんですよ」
「えっ?」
「規則ですので」
取りつく島もなく追い出されてしまった。
異世界でも役所はお役所仕事しかしないらしい。
……まだ、ギルドがあるもん。
と、向かった冒険者ギルド。
「広告か、スペースはどうする? 最低十万Eからだが」
「じゅ、十万……? お金かかるんですか?」
「あ? 当然だろ。ギルドに広告は出したい店がいくつあると思ってる」
言われてみればその通り。
見渡して見れば、私のチラシなんて霞んじゃうくらい見栄えのする広告が沢山貼ってあった。
なかでも、目立つのは、展望見込堂の広告だった。
高級感漂う上に、一番いい場所に貼ってある!
……また、か。また奴が立ちはだかるのか……
「どーすんだ、嬢ちゃん」
「……いいです。出直します」
十万払ってコレは貼りたくない。
店の前にでも貼ろう……
「あれ? イロハ姐さんじゃないすか!」
「……ああ、ダニエル君」
「ダンでいいっすよ、水臭い。どうしたんすか?」
「ダン君……なんでもないの。ちょっと、情報不足で反省中」
もう、ウチ帰って制服縫うわ。
流石に、心も折れる。
「なんだ、知り合いか?」
割り込んで来たのは、先程完膚なきまでに私の心を折ったおっさんだった。
「ギルド長、恩人っすよ。ほら、さっき話してた」
えっ? この人ギルド長なの?
確かに強そうだけど、なんで受付やってるの? 人手不足……ではなさそうだし、あれか、入って来る奴を見極めてるのか。
「……ほう。この嬢ちゃんが、ねぇ」
なんだ、その品定めする目は。
私は、品定めする方であってされる方ではない。
睨むのも、違うので余裕を持って見返した。……内心はさておき、だ。
「……角のスペースが空いてる。使っていいぜ」
「えっ? でも、お金は」
「ダンの恩人だからな。金はいらねぇよ」
「よかったすね!」
嬉しい!
いろんな意味で嬉しい!
実は、ギルド長の視線は怖かった。解放されて嬉しい。
もちろん、広告を貼れるのも嬉しい。
それ以上に、自分が少し認められたみたいで嬉しかった。でも、恩人は大げさだ。ダン君の冒険が成功して初めて、私のしたことに意味が出来ると思う。
「ありがとうございます! ダン君もありがとう。是非、仕事が終わったらお店に来てね」
「はい! みんなも連れてきますんで!」
「……じゃ、ダンは仕事に戻れ」
「うっす!」
チラシを貼らせてもらえるところは、お店を入って右手側だ。カウンターと違って人の目には触れにくいかもしれない。それでも有り難かった。
「嬢ちゃん」
「うわっ! な、なんですか?」
張り終え、一息ついていると、背後にギルド長がいた。ま、まったく気づかなかった。
「……引退した冒険者ってわけじゃねぇのか」
「? ほとんど、街から出ませんけど」
「初心者セットの内容は誰が決めた」
「私ですが……」
えっ、何?
なんか問題あった?
ギルド長の目は、先程の品定めをする時のモノになっている。怖い。
だからといって、負ける私ではない。当然、正面から視線を受け止める。
「なんで思いついた」
「ケリーさん――ダン君のお母さんに冒険者に必要な物の相談を受けまして、私が冒険するなら必要だと思うモノをセットにしました。……あの、それがなにか?」
「よく出来てる」
……お?
褒められた?
「初心者が見落としがちなところも押さえてある。保存食、ロープ、火打石は重要だが、忘れやすい」
「あ、ありがとうございます」
「……この席な、初心者や冒険者志望の奴らが良く座るんだ。売れるといいな」
……なんと。
ギルド長……顔怖いけど、いい人。
「ありがとうございます!」
見えないナニカと戦っているイロハ嬢
沢山読んでいただけているみたいでとても嬉しいです。
毎週、金曜日の夕方更新にしたいと思います。