04 イロハ、説教する(後)
午後というより、夕方近くにダニエルくんはやってきた。
ケリーさんに連れられ不承不承といった感じだ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、イロハちゃん。ほら、ダン挨拶なさい」
「……どうも」
何度かあったことがあるが、いつもより態度が悪い。その眼は、道具屋ごときが何が出来ると語っている。
道具屋如きと舐めていると痛い目を見るのだが、齢十五歳の少年にはわからないことだろう。今から、道具の大切さを叩き込んでやる。
……なんて、偉そうなこといえない。私も受け売りだし。出来れば、おじいちゃんの生の声を聞かせてあげたかった。
「こんにちは、冒険者になりたいんですってね」
「まぁ……」
「冒険者に必要なのはなんだと思います?」
「腕っぷしだろう?」
安直だけど、一理ある。
魔物がのさばる街の外やダンジョンにおいて弱ければ、死ぬのは真理だ。
「うん。腕っぷしって何? 力の強さ? 剣術? それとも魔法?」
「俺だったら、剣術だな! 結構強いんだぜ」
「へぇ」
「信じてねぇな?」
というか……たぶんだけど、普段来る冒険者の方が強い。
「んー、ダニエル君の言う強さと私が思う強さって多分違うからね」
「はぁ? 強さは強さだろ?」
「じゃあ、ダニエル君は、冒険で一番大切なモノってなんだと思う?」
「強さだろ?」
うんうん。
彼の言う強さ=腕っぷしだろう。
私もそう思ってた。
でも、おじいちゃんの話を聞いて変わった。
「私は、冒険で一番大切なのは、判断力だと思う」
「判断力?」
「そう。そして、冒険における強さは正確な判断力だと思う」
どんなに腕っぷしが強い人でも、判断を間違えれば死ぬ。死ねば元も子もない。腕っぷしが強いことによる慢心、過信が招くのは死以外の何者でもない。
「ダニエル君は、死にたくて冒険者になるわけじゃないわよね?」
「あ? あたりまえだろ!」
「でも、今のままだと死ぬわよ」
「なんだと!?」
「ダン!」
「ほら、キレた」
怯むな私!
今にも掴みかかられそうだけど、まるで場数を踏んでいるかのように余裕の顔をしろ!
「冷静な判断が出来てない。もし、私が貴方より強かったらどうするの?」
「そんなわけねぇだろ!」
「わからないわよ。能ある鷹は爪を隠すっていうし、慢心が招くのは死、よ」
死という言葉に怯んだのか、ダニエルくんは、拳を振り上げたまま止まった。危ない危ない。殴られたら、ポーション自分に使わないといけない所だった。
「己の力量を知り、勇気と蛮勇の境目を知る。それが出来ないなら、冒険者はやめた方がいい。……お母さんを、大切な人達を悲しませたくないならね」
振り上げていた拳を降ろし、ダニエル君は項垂れた。怒りは収まったらしい。よしよし。
私、生きてる!
「どうしたら、いい……」
「うん?」
「どうしたら……いい、っすか? 俺は、どうしても冒険者になりたい!」
えっ、急に敬語とかどうしちゃったの?
そんなに感動した? おじいちゃんの受け売りだけど。感謝はおじいちゃんにしてください。
じゃない、セールストークかますのに絶好の機会じゃないか!
「まず、準備はちゃんとすること」
「準備?」
「ダニエル君は、冒険に何が必要だと思う?」
「判断力、は必要だと思いました」
うん。今話したいこととはちょっと違うけど、ちゃんと届いてて嬉しいよ。
「そうね。じゃあ、持っていく物は何が必要かしら?」
「……剣と鎧、だけじゃない……んだよな?」
まぁ、死ぬね。
「想像してみて。街から出て冒険するの。まずは……そうね、近場がいいわ。遠くても半日で帰って来れる範囲がいいかも。でも、魔物も出るわ、当然?」
「……怪我もする、っす」
「そうね」
「ポーションは必要、すね」
よくできました!
微笑んで、カウンターの下――用意してあったカゴの中から初級ポーションを一本取り出す。
「何本必要かしら?」
「……人数分くらい?」
「最低は、そうね。私だったら、その倍は欲しいところよ」
追加で、九本取り出すとダニエル君だけじゃなく、ケリーさんも目を丸くしていた。
「あとは?」
「……えっ、まだあるんすか」
「ダニエル君は、お腹すかないの?」
「あっ、お弁当!」
「惜しい。お弁当も必要だけど、もし、帰れなかった時――遭難した時のことを考えてみて」
「……保存食」
「正解」
んー、これだと私が必要だと思うモノをあてる感じになってるけど、判断力って自分で正しいモノをみつけないといけないんだよね? 私の正解を探させるのも如何なものか……
とはいえ、コレはセールストークである。うん、セールストークなんだよ、問題ない。
机の上に、保存食を三日分並べる。
「あと、水も欲しいす」
「大切だね」
水筒を置く。
あっ、もし、自動で水が補充される魔法の水筒があったら? すごく便利だ! 魔法具屋さんに売ってないか見に行こう。
「帰れなくなって……もし暗くなったりしたら、灯りも欲しいっすね。ランタン!」
「はい」
「それに、魔物を倒した時の解体用にナイフも」
「はい」
「こんなもんっすか?」
カウンターには、初級ポーション×10・保存食・水筒・ランタン・ナイフが並んでいる。
冒険したことないだろうになかなか優秀ではないだろうか。パックポーチを忘れているけど、これは日常でも使うので思いつかないかもしれない。こっちでは、あって当たり前なのだ。
「近場に行くには大丈夫かな。ただ、私だったら――」
彼が言った物に、救急セット・魔力石・火打石・ロープ・パックポーチを必要と思った理由と共に加える。
「これらもあったら便利かなって思う」
「な、なるほど。イロハ姐さんは冒険者だったんすか?」
「まさか。いろんな冒険者を見て来ただけよ。あとは、想像力を働かせるの」
ゲームの中で冒険したこともあったけど。それはノーカウントだろう。
ところでねえさんってなんだ。姉御的なやつか。
「想像力……」
「うん。己を知る。慢心しない。想像力を働かせる。判断力を養うには、コレが大事」
「何が必要になるかとかってことっすね……」
「そうね、あとは……~かもしれない行動」
「かもしれない行動?」
かもしれない運転的な感じって言っても伝わらないだろう。なんて言うのが一番いいかな?
「いつも倒してる魔物だから大丈夫だろうとか慢心するんじゃなくて、もしかしたら突然変異で凶暴になっているかもしれないとか思って常に気を引き締めるの。何が起こるかわからないからね」
「そ、そんなことが」
「有り得なくはないかもしれない」
「は、はい」
ダニエル君は神妙な顔で頷いていた。正直、あまりいい例えじゃないかもしれない。有り得なくはないけど、そうそうあることじゃないし。うーむ、難しいね!
「姐さん! 俺、これ買うっす!」
「どーも」
「いくらっすか? 言い値で買いますよ!」
私が言うのもなんだけど、値引き交渉くらいしようね。商人っていうのは人の足元見てくるものだからね。ひよっこ商人が言うのもなんだけど。
さて、単品で買った場合、値段は――
初級ポーション×10
→100E×10=1000E
救急セット
→500E
保存食×3日分
→100E×3=300E
水筒(小)
→400E
魔法のランタン
→2000E
魔力石×4
→5E×4=20E
火打石
→100E
ロープ
→50E
ナイフ
→500E
パックポーチ
→2000E
以上、計6870Eとなる。
なんとも中途半端だ。このままの値段を告げるのも芸がない。
かといって、6000Eに切り捨ててしまえば、約一割引きになる。結構痛い。なんといっても、ウチの仕入れは相場――つまり販売価格の七割だ。そこに更に一割、正確には≒12.7%。
純粋な儲けは、約17.3%≒1189E。痛い。本来なら、2061Eのところこれでは痛い。
でも、纏めて買ってもらえるのは嬉しい。
ここはキリよく、6500Eとしておくのがお互いのためだろう。
それに、ダニエル君は学校を卒業して働き始めたばかりのはず。冒険ギルドの下働きだとケリーさんが言っていた。社保険などないので、この世界では、所得税を引かれるのみである。手取りにして、八万前後が見習いの一月の給料だ。
道具だけでなく、剣や防具も買わないといけないはずだから、多少はおまけしてあげるのが人情……いや、別に情に流されてるわけじゃない。これも投資だ。将来のお客様のための。
「じゃあ、6500Eになります」
「……ちょっと安くないっすか?」
「保存食(300E)とロープ(50E)、魔力石(20E)はまとめて買ってもらうおまけです」
「いいんすか!?」
「もちろん」
「ありがとうございます! 大切に使うっす!」
保存食といえど、三ヶ月くらいが期限だ。出来れば、大切に保管するより美味しくいただいて欲しい。
……すごく美味しい物ではないけど。
「俺の仲間になる奴らも連れてきていいっすか? 是非、さっきの話とこのセットをお願いしたいっす!」
「えっ、う、うん。構わないけど」
「ありがとうございます!」
そんなに感じ入ってもらえるなんて……嬉しいけど、虎の威を借りた狐みたいでなんとも言えない気分だ。
私より、おじいちゃんに感謝して欲しい。
ダニエル君は目を輝かせながら、ケリーさんは安心した様子で帰っていった。
「あれ……?」
ちょっと、まって……
これ、いけるんじゃない?
……うん、いける。
冒険初心者セット――初級ポーション×10・救急セット・水筒(小)・魔法のランタン・火打石・ナイフ・パックポーチが入って6500E。
更におまけで、保存食×3日分・魔力石×4・ロープをプレゼント。
……いい!
ついでに、初級ポーションを減らして初級マナポーションを入れた、魔法使い用冒険初心者セットと、遠出を意識してテントなんかも入った遠出用冒険初心者セット。
……いい! コレは売れるかもしれない。
キャッチは『何を買っていいかわからない人に贈るラシド屋特製初心者セット――イ・ロ・ハ』
私の名前からとったわけじゃない。
イロハは入門の意味がある。ちょうど三つだし……いい!
よしよし、そうと決まれば他のみっつも考えなければ!
制服? そんなもの暇な時でいいよ。
以降、週一回程度の更新になる予定です。