03 イロハ、説教する(前)
偵察は完敗だったが、ひとつだけ収穫があった。
あの店の制服は可愛くない。
不潔なわけじゃないけど、作業着って感じでありふれている。日本で言うならジーパンにシャツ、エプロンといった感じだ。
近所の中小店に何度か行ったことがあるけど、そっちの方がまだ可愛かった。
というわけで、
「可愛い制服を作ります」
断じて暇なわけじゃない。
お留守番三日目、ただいま午前9時、ここまでのお客様は七人。昨日よりかなりいい。四人組と三人組だったってだけの話だけれど。両方冒険者だったし、ポーションそこそこ売れたからいいの。
しかし、ここから一時間程、ブレイクタイムである。もう少しすると昼食の材料を求めて、ご近所さんがいらっしゃるから、それまでは暇――じゃない、えっと、一時の休息だ。
昨日のうちに、おばあちゃんの不要布置き場を漁って材料は見繕った。型紙も出来たし、布も切ってある。後は縫い合わせるだけだ。
ふふっ、裁縫は好きだし得意なので楽しい。
ブラウスの襟とスカーフには音符を刺繍するつもりだ。
ミシンがあれば一瞬なんだけど、流石に手縫いだから時間がかかる。こっちに来てからは、服は全ておばあちゃんと作ってきたから、かなり早くなった自信はあるけど、それでも三日くらいかかるだろう。
予備も合わせて三着欲しいから、大体十日で制服作戦は完了予定だ。
趣味と実益を兼ねた暇つぶしをしていると、ベルがなった。
ベルは昨日の偵察後、別のお店で買ってきたものだ。さっそくつけてみたけど、いい音がする。満足。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは、イロハちゃん。お洋服作ってるの?」
「はい。ちょっと考えがありまして」
「へぇ。出来たらおばさんにも見せてね」
「もちろんです!」
ブレイクタイム開け一番のお客様は常連さんのひとり、ケリーさんだった。彼女はほぼ毎日来てくれる。有り難すぎる。
「卵六つですよね。あとはどうします?」
「あとは野菜と、お肉を少し。……イロハちゃん、相談があるんだけど」
六人家族のケリーさんは、毎日家族分の卵を買っていく。あとは、その日必要な食材を適宜、といった感じだ。
いつもは、その後世間話――主に、ケリーさんの子どもたちの話やお役所勤めの旦那さんの愚痴を聞く。相談とは珍しい。
「どうかしたんですか?」
「ダニエルが冒険者になるって言い出したのよ」
「えっ!」
ダニエルとは、ケリーさんのとこの長男である。ケリーさんによく似た気の強そうな顔立ちに、この国では珍しくない茶髪に砂色の瞳を持った……確か、今年十五歳になる男の子だ。ちょっとした糞ガキ……某ガキ大将みたいな感じだったらしいのだが、最近は落ち着いてきてガキ大将から、ぶっきらぼうだが面倒見は悪くない兄貴分にジョブチェンジしたとのこと。
あの年頃の男の子は、冒険に憧れるものだし、大方友人と組んでギルドに登録するのだろう。
「それはいいんだけどね。準備も何もなってなくて……本人は大丈夫だっていうんだけど、やっぱり心配でねぇ」
それはそうだろう。
最悪、死ぬ。
死に至らなくても怪我は付き物だ。回復魔法が使える仲間がいないなら、ポーションは必需品である。
「もしかして、冒険に必要な物の相談ですか?」
「そうなの。何が必要かしら?」
「一番は判断力ですね」
と、おじいちゃんが言っていた。
生きて帰りたいなら、どこが限界か知ることから始めなければならない。己の限界を知り、どこまでなら勇気か、そして、どこからが蛮勇となるか知らない冒険者はあっという間に死ぬ。
とおじいちゃんが言っていた。
お酒を一緒に飲んでいる時、冒険者の話になり、まるで歴戦の戦士のような貫禄で語っていたおじいちゃん。何故、一介の商人がそんなことをまるで我が身のことのように語るのかは謎だったが、妙に胸に残っているのは事実だった。
「なるほど」
おじいちゃんの言葉をそのまま伝えるとケリーさんはしきりに頷いていた。
又聞きでもこの威力である。
「つまり、おっ死にたくなければ準備は慎重にとも言えますね。装備はもちろん、道具も大切ですよ」
上手くまとまっただろうか。
セールストークって実はしたことがない。
「そうよね。……午後にダニエル連れてくるから、今の話もう一度してくれる?」
「いいですけど」
そんなに、すごかったかな?
おじいちゃん凄い。
ケリーさんは、食材を受け取ると帰って行った。
その後も、常連さんが五人程訪れた。いつもより多い。いい話をしたからかな。
さて、お店も落ち着いたところで制服つくりの続きをしたいところだった。けれど、それよりもやらなければならないことがある。
せっかくケリーさんがダニエルくんを連れて来てくれるんだし、準備をせねば。
「冒険初心者セットって何かなー?」
私が冒険に出るとして、何を買うか。
まず、ポーション。
これ絶対。ないと死ぬ。あっても、戦えないから死ぬけど。
最初なら、初級でいいだろう。
怪我になれないと、痛みに驚いてポーションを上手く使えないこともあるらしい。ただぶっかけるだけなのに。だから、最初は数人でパーティを組んで、怪我してない人が治療にあたるらしい。
初級ポーションは、仲間の人数×2くらいは欲しい。10本は多いだろうか? そういえば、エクトルさんひとりみたいだったけど、大丈夫かな? 強そうではあったけど。それは、さておき。
救急セットも欲しい。大抵の傷はポーションで直せるけど、包帯やら塗り薬やらもあると心強い。
保存食も重要だ。
RPGでは特に重要じゃないけど、現実はそうもいかない。
少し行って帰ってくるつもりでも、遭難する可能性がある。その時に食料がなかったら……ぞっとする。
ああ、もちろん水もいるね。
となると、水筒も必要かな。遠出なら大小ふたつが理想かもしれない。こっちは川の水も普通に飲めるし、魔法で出した水も飲めなくはないので、最低小さいのがひとつあればいいけど。
暗闇なんかにいくことも考えればランタンも欲しい。
この世界の人は、ほとんど全員が魔法を使えて灯りは魔法で出している。コレは私にも出来るから、お店の電気代はかからない。とっても経済的! もっとも、この世界に電気代はないんだけど。
さて、話がずれた。
灯りは魔法で出せるけど、魔力を消費する。ランタンには元々魔法が掛かっていて、ランタン自体に溜めてある魔力を消費して光を出すので、使用者は魔力を消費しない。コレは、冒険では結構重要だ。
となると、魔力石もいくつか欲しいな。
魔力石は、魔法の品――魔法具の魔力を補填するのに使用する。マナポーションより安価だ。けど、人間に対しては使えない。マナポーションは魔力石を人間用にしたモノだと思ってもらえればいい。
あとは、火打石も。
やっぱり、魔法で火は起こせるといえど魔法が使えない事態も考えて必需品だろう。魔法が使えない事態を考えると普通の火を灯せるランタンも欲しいけど、かさばるから却下。松明でも作ればいいし。
ロープはあれば便利だろう。なにかと、ね。
ああ、ナイフも必要だ。
遠出するなら、野営道具も欲しい。
着替えは専門外だから、置いておくとして。
パックポーチも欲しいかな。
パックポーチは、見た目は腰に巻ける普通のポーチだ。でも、魔法が掛かっていて、重量を十分の一に、内容量も十倍になっている優れもの。冒険者はみんな持っていて、ポーションを入れておく。大体、二十個くらい入る。そして、有事の際に素早く取り出すのだ。
こんなもんかな?
初級ポーション×10
救急セット
保存食×3日分
水筒(小)
魔法のランタン
魔力石×4
火打石
ロープ
ナイフ
パックポーチ
今回は遠出することは考えないモノとして、野営道具は置いておく。
冒険したことないけど、こんなところだろうか?
マナポーションとかも、魔法使いなら必要かもしれない。
ダニエルくんが魔法使いだとは、ケリーさん言ってなかったし、必要ないだろうけど。
在庫から、書き出した物を集める。カウンターの上に広げると結構な数だった。
いつ来るかわからないけど、このまま広げておいても邪魔なのでカゴに入れてカウンターの下に仕舞った。
制服作りに戻ろう。
長くなったので、今回は前編後編となります。