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01 イロハ、決意する

 初投稿となります。至らぬ点は多々あるかと思いますが、楽しんでいただければ幸いです。

「すまないねぇ、イロハちゃん」

「いいのよ、おばあちゃん。おじいちゃんのことよろしくね」

「何かあったら、すぐに連絡するのよ」

「大丈夫だって、小さな子どもじゃないんだから」


 心配そうに何度も念を押しながら出かけていったおばあちゃんは、私と血の繋がった祖母ではない。

 当然だ。私はこの世界の人間ではない。地球の日本という国で生まれ育った。大学二年生のうら若き乙女である。

 なんの因果かわからないけれど、突然来てしまった異世界。魔法が溢れ、魔王なんてのもいて、勇気あるモノたちは魔物ひいては魔王を倒そうと冒険者として旅をしている。

 そんな生まれ育った世界とはまったく違う世界に、私は突然来てしまった。今から一年前のことだ。

 言葉が通じて読み書きが出来ることを除けば、小説や漫画でよくあるような強力な魔法が使えたり、とっても強くなるといったチート能力を与えられるわけでもなく、着の身着のまま放り出された異世界。危うく奴隷になるところを助けてくれたのが、おじいちゃんとおばあちゃんだった。

 その点は、本当に運が良かった。

 身分証明書がない異世界人が、奴隷として売られるということを知ったのも、おじいちゃんに連れてかれて住人登録した後だったし、もし、倒れていたのがおじいちゃんの道具屋の前でなかったらと思うと……ぞっとする。


 ちなみに、おじいちゃんは昨日重たい箱を持ち上げた拍子に腰をやってしまい入院中だ。おばあちゃんはその看病のためにしばらく療養所に滞在することになる。少し遠い療養所に行くことになるらしいから、一月ほど不在となるらしい。

 その間、おじいちゃんの道具屋を守るのが私の役目だ。ついでにいえば、既に……その、言っては悪いが潰れかけている店を立て直したい。

 だって、拾ってもらってよくしてもらって、恩返しくらいしたいもの!

 私、音琴(ねごと)()()()はおじいちゃんの道具屋を一か月で再建するのだ!


「っと、決意したものの……客、こねぇ……」


 なんとも、お話にならない。

 どの店も混むのは、冒険者が出発する前の準備に寄る朝と、冒険から帰ってきた冒険者が足りなくなった物を補充する夕方だ。もう夜に差しかかっているというのに、本日のお客様は両手で足りるくらいしかお見えでない。

 おじいちゃんの道具屋――ラシド道具店は、かなりこじんまりしている。

 この街――アプマーシュは魔物が群生しているダンジョンに近いらしく、冒険者相手の店が混在している。武器屋や防具屋はもちろん、道具屋も。

 そんな数多いるライバルを蹴散らし、のし上がるにはどうするべきか……まず、道具を売る客が必須だ。

 チラシを配るにしても、近くにある大型店が既にやっているし、特徴あるキャッチも思いつかない。そもそもウチの強みがわからん。

 店内を見渡して見ても、よくあるファンタジーRPGに出てくる道具屋さんだ。回復薬と食材、ロープなどの道具類、装飾品がおいてあるだけ。……古き良き道具屋? いや、中小規模の店は大体こんな感じだし……誰だよ、大型店をファンタジー世界で作ったやつ!

 いや、他人を責めても始まらない。

 うぅ、コトラー先生の本を読んでおくんだった!

 まさか、異世界に来てマーケティングが必要になるなんても思わなかった。


「あの、すみません」

「い、いらっしゃいませ!」


 き、気が付かなかった!

 そういえば、この店ベルないもんね。おばあちゃんと店番してる時は、いつも扉開く前におばあちゃんが気が付いてたけど。

 まず、ベルつけよう。


「何をお探しですか?」

「……ポーションを」


 記念すべきお留守番中、第十号のお客様は、優しそうな風貌の美青年だった。

 金髪碧眼で、例えるなら王子様。でも、着ている物は、上質とはいえない。鎧は薄いし、中の服はところどころ擦れている。

 ……ふむ、お金はなさそうだ。

 でも、どことなく気品を感じるんだよなぁ。あれか、美青年だからか。


「おいくつ、お求めですか?」

「え、えっと……これで、買えるだけ」


 そう言って、彼が取り出したのは100Eだった。

 1E≒1円である。

 これでは、ポーションは初級の物一本しか買えない。

 ……相場なら。おじいちゃんたちなら、たぶん、おまけしちゃうんだろうけど、私はこの店を立て直すのだ。

 どんなに彼が困っていそうで、美形でも……うっ、こ、心を鬼にしなければならない。


「これだと、初級ポーションひとつになりますが」

「やっぱり、そうですか……」


 ん? 相場を知らないのか?

 やっぱり、貴族のボンボン? それとも私と同じだろうか?


「……ユーカムアース?」

「はい? 今、なんと仰ったんですか?」


 貴方は地球から来たんですか? って聞きたかったんだけど、たぶん英語間違ってる。勉強って大事。

 引っかかる所はなかったみたいなので、たぶん地球からきたわけではないと思う。たぶん。まぁ、同郷だったら、今の英語モドキ恥ずかしくて死んじゃうけど。同郷じゃなくてものた打ち回りたい。


「なんでもないです。……あの、何かお困りですか?」


 そして、つい聞いてしまった。

 だってずっと困り顔してるし……別に意志が弱いわけでも、お人好しなわけでもないけど……そ、そう! 美形だから! 彼が美形だからいけないんだ!


「……お金がないんです。強くなって、成し遂げないといけないことがあるのに……こんなところで躓いてしまって……情けない」


 そろそろ沈黙に耐え切れなくなってきた頃、ポツリポツリと彼が語ったのは、断片的で分かりにくい言葉だった。でも、重い事情があるらしいことは伝わってくる。

 ……聞かなきゃよかった。

 彼もバツが悪そうな顔をしているけれど、誰かに話したかったのだろう。胸に想いを秘めておくというのは、想像以上に辛いことだ。

 はぁ、聞いてしまった以上、なんとかしてやりたいとは思う。私だって人の子だしね。

 けど、私も余裕があるわけじゃないし、ここはおじいちゃんのお店だ。事情を話せば、絶対笑って許してくる――否、褒めてくれるけど、それじゃダメだ。……うぅ、何か利益に繋がること……


「あっ、お金がないなら身体で払えばいいじゃない」

「えっ?」

「もちろん、やましい意味じゃありませんよ?」


 思わず口を出た言葉に、彼がドン引きしていた。

 フォローしてやっても変わらない。やっぱり育ちがいいのだろう。私より年上に見えるのになぁ。

 ちなみに、私は二十歳になったばかりで、こちらにやってきた。

 それは、さておき、さっそく交渉だ。



――――



「掃除したことないの?」

「はい……」

「料理は?」

「その……」

「洗濯も、当然?」

「ないです」


 そんな会話をしたのが、一時間ほど前。

 新人アルバイトを教育している気分だったのが、三十分前。


「イロハさん、こちらの棚終わりましたよ。次は、あちらの棚でいいですか?」

「お願いします」


 すっかり独り立ちしてしまった。

 イケメンというのは、スペックも高いのか……解せぬ。世の中とは不公平に出来ている。


「掃除って楽しいですね!」

「……そう、ね」


 確かに、綺麗になっていくのを見るのは楽しい。けれど、あんなにキラキラした笑顔で掃除する人は初めて見た。

 お金がないなら、メイドになればいいのでは? あっ、男か。

 イケメンついでに、背も高い彼――エクトルさんは、普段届かない棚の上も簡単に届いてしまう。有り難い。


「終わりました!」

「ありがとう。とても助かったわ」


 お店中、見違えるほど、ピカピカである。

 交渉した結果、初級ポーション一ダースと引き換えに店中を掃除するという約束だったけど……これは報酬を上げないと釣り合わないかも。


「お金ないのよね? ついでにご飯食べてく?」

「料理も教えてくれるんですか?」


 私は、彼を一人前のメイドとして育て上げるべきなのだろうか?

 育て上げ、大きなお屋敷に送りだし、そこのご主人とのコネクションになってもらう。……悪くない。

 悪くないが、彼は男だ。


「女の子だったらよかったのに……」

「なんの話ですか?」

「こっちの話。簡単なのだけど、料理教えてあげる」

「ありがとうございます!」


 これ以上は来客が見込めそうもないのでお店も閉めてしまう。店の裏にある自宅に移動し、エクトルさんと私は台所に立った。

 知らない男を連れ込むなどとんだ尻軽女だと我ながら思うけど、彼なら大丈夫だと思う。根拠はないけど、あれだ。商人の勘、的な?


 予想通り、料理に関してもエクトルさんの飲み込みは早かった。

 今日は、ひとりなのでオムレツとサラダ、朝作ったスープとパンと言う簡単なメニューにする予定だった。変更しようにも食材がない。

 ……売れ残りで期限がヤバい食材は、タマゴと数種類の野菜くらいだ。これ以上店に出しておけないし、破棄するのにもお金がかかる。そのため、期限切れの食材が多い日は、食卓が豪華になる。嬉しいけど喜べない。

 丁度よく、タマゴがそこそこあったのでエクトルさんの練習用になった。最初から焦がすこともなかったけど、三回目くらいには形にも文句をつけようがなくなっていた。


「作りたての料理は美味しいですね」

「そ、そうですね」


 そして、私は動揺している。

 何故だ、彼の作ったオムレツの方が美味しい!

 料理には、そこそこ自信があっただけに釈然としない何かがある。


「……美味しくなかったですか?」

「いや、すごく美味しいよ」

「よかった。……すみません、こんなにいただいてしまって」

「余っていたので食べていただいて助かるわ」


 特に野菜。

 奴らの腐敗速度はヤバい。

 申し訳ないのは、年頃の男性に肉系の物が出せないことだ。だって、高いんだもん。お肉は、期限切れの物が出た時のごちそうなのだ。


「さて、約束の報酬だけど」

「はい」


 食事も終わり、食器の片付けも終わったので、店から持ってきた初級ポーション一ダースを机に並べる。


「初級ポーション一ダース。これが約束の報酬です」

「はい。……あの、本当にいいんですか? 掃除しただけですし、夕食だって」

「エクトルさんは、これだけの仕事をしてくれたと私は思っています。だから、これは妥当な報酬だと思って欲しい」

「はい!」


 わぁ! 私ちょっとかっこよくなかった!?

 なんか、商人ぽい! 一応商人だけどね。見習いと言うか、ひよっこと言うかだけど。


「で、コレは投資」

「とうし?」


 追加で机の上に置いたのは、下級ポーション二本と中級ポーション一本だ。

 この世界はファンタジーだけど、HPやMPの概念はない。

 初級ポーションを飲むもしくはかけると、軽く抉られた傷一カ所程度を直すことが出来る。下級はその倍の効果。中級は下級の倍の効果だ。

 ポーションの効果はだいたい、下位のポーションの二倍回復すると考えればいい。

 ちなみに、エリクサーという活動可能なくらい人体の部位が揃っていれば、死体でも蘇生出来るという規格外の薬品もあるけど、当然ウチにはない。ほどんど、流通することはないらしい。

 ……あー、エリクサーが定数確保できるなら、エリクサー専門店なんていいかも。……うーん、現状無理だけど。

 さて、戸惑っているエクトルさんのためにも、現実に戻ろう。


「私は、貴方がいずれ一流の冒険者になると思っています。だから、コレは、将来有望な貴方への投資です」

「僕に……」

「受け取ってくれますか?」

「……はい。大切に、大切に使わせてもらいます」


 エクトルさんは、大切そうにポーションを抱きしめた。

 命に係わるものだから――じゃないか。うん、そんな風に扱ってもらえるなら、私も嬉しい。


「あ、出世しても、おじいちゃん(うち)の店を贔屓にしてね?」


 ちゃめっけたっぷりに、付け加えるのも忘れない。

 一番の目的はそれだもの。

 エクトルさんは、何度も頷いてくれた。


この世界でのポーションの等級

 初級→下級→中級→上級→特級→最上級

コトラー先生はマーケティングで有名なあの方です。


11/09 誤字脱字修正

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