猛虎の襲来
強敵、テンカウントの一人との直接対決
魔族領の首都、サータス。
魔城の会議室。
「案の定の結果だったな」
ゴーターの言葉にテンナーが頷く。
「テンカウントの一人、ヴァンデストを倒した相手に、テンカウント以外で勝てる訳が無い」
「まあ、結果的にそうだったわね。それじゃ、次は、貴方達のうちの誰かにお願いするわ」
金色眼の言葉に卓上で視線が火花が散った。
しかし、そんな牽制を無視してゴーターが手をあげる。
「俺は、今からでも出撃できるぞ」
他のテンカウント達も驚いた顔をする中、ゴーターが笑みを浮かべる。
「案の定って言っただろう。お前等は、ヴァンデストを倒した強敵と策を巡らすために、見に徹していた。俺は、そんな回りくどい真似は、しない。正面からぶつかって打ち破るのみだ!」
「これ以上の損害を出すわけには、行きません。ここは、確実な戦法を取れる者を……」
エッグの言葉の途中で金色眼が呟く。
「早いことは、良い事よ。ゴーター、任せたわ」
「よっし、任せておけ!」
そういって立ち上がると会議室を出て行くゴーター。
不満が篭った視線が場に広がろうとした時、センドが一言。
「主の決定に不満がある不届き物が居るのですか?」
押し黙り、無理矢理にも納得するテンカウントであった。
「さて、今日もお勤め頑張りましょう」
そういって金色眼も会議室を出、センドもその後に続いていく。
人気の無い廊下で金色眼が呟く。
「今の時点で、テンカウントをこれ以上失うわけには、行かないわ」
「心に留めておきます」
センドは、ただそう答えるのみだった。
元魔族領、ゲシュレスト。
「あんたも来たんだ?」
ヨシの言葉に、ヤヤ達とミータッドの首都の酒場であった若き兵士、マムスが胸を叩いて言う。
「当然だ! 魔族と戦う最前線。ここで戦ってこそ、意味があるんだ!」
「はいはい。でも援軍を出してきたって事は、ミータッドもかなり兵力が整ってきたって事?」
ヤヤの言葉にマムスが眼を輝かせて言う。
「ああ、アナコス様が復帰したって聞いた途端、それまでやる気が無かった連中まで、一気にやる気を取り戻してな、今では、魔族の襲撃なんて屁でもないさ」
「過信は、油断を産みます。常に危機意識を持つ事が大切です」
アナコスがそう告げるとマムスが慌てて頭を下げる。
「すいません! 気を引き締めて頑張ります!」
アナコスが微笑む。
「その思い、忘れず、戦い続けてください。ところでヤヤ殿、戦力が整ってきたから、新たな侵攻作戦の準備を始めようと思っているのですが」
「そうなると、そっちには、あちきが参戦する事になるんだよね?」
ヤヤの答えにアナコスが頷く。
「そうなるでしょう。しかし、相手の幹部クラスが此処を狙ってくる事は、十分に考えられる以上、短期決戦が望ましい」
「そうなると近場の魔族領になるね」
どんどんと詳細な話になっていき、付いていけなくなったヨシが緊張しまくりのマムスに声をかける。
「憧れの人に会えて嬉しいんだ」
「と、当然だ! アナコス様は、人類の希望だ!」
そういってアナコスの武勇伝を喋り続けるマムスにヨシが苦笑する。
「だったら、他の兵士に聞きなよ、ヤヤも凄い風に思われているから」
「あの娘がか?」
マムスが不思議そうな顔をしていたが、本格的な話に移行してヤヤ達が場所を変えるのに合わせて戻り、その事を話すと兵士達、特にニーデッド王国兵士が即答する。
「お前、よく白牙の英雄と普通に話せるな! 俺達は、恐れ多くてとても出来ないぞ」
「って、年下の小娘だぞ?」
マムスと赴任してきたばかりの兵士達が納得行かない顔をするとゲシュレスト侵攻作戦にも参加した兵士が告げる。
「馬鹿を言え、多くの英雄と呼ばれた人間の命を奪い続けていたヴァンデストを倒したんだぞ。その後も多くの魔族の将軍を蹴散らした。アナコス様が将軍として卓越した英雄とするなら、ヤヤ様は、前線に立つ戦士として卓越した英雄なのだ」
「そうなのか?」
多くの兵士が納得いかない顔をする中、その一端をしるマムスが言う。
「確かに強いが、やっぱり普通の子だと思うがな」
そんな話の途中で魔族の襲来を告げる鐘が鳴り響く。
「戦うぞ!」
マムスの言葉に兵士達は、動き出す。
「意外と早い襲撃だったね」
ヤヤの言葉をアナコスが否定する。
「そうでもないでしょう。前回の戦い事態、敗戦を想定されていた可能性があります。その上での襲撃」
「ありえる話だね。そうなるとこの手の奴は、正攻法を得意とする。下手な奇策は、薮蛇だよね」
ヤヤの言葉にアナコスが頷く。
「その通りだと思います。ですから今回は、正面からの戦いになります」
それを聞いてヤヤがアナコスの顔を見る。
「なんでしょうか?」
アナコスが聞き返すとヤヤが難しそうな顔で言う。
「正直、正面衝突は、避けると考えていた。貴方は、能力もあり、兵士の被害を減らそうと最善の手を選ぶ人だったから」
アナコスが苦笑する。
「それは、過大評価です。確かに、私が貴女の言うとおりに真に高い能力があれば、もっと素晴らしい作戦を思いつき、余計な被害を出さないで済むでしょう。しかし、これは、戦争で間違いは、許されないのです。完全な決断を出せない状態の指揮など出せません」
ヤヤが背を向けて言う。
「その姿勢は、正しいと思う。中途半端な優しさは、余計に命を失うことになるから。それじゃあ、あちきも出るね」
「よろしくお願いします」
頭を下げるアナコス。
部屋を出たヤヤをヨシが待っていた。
「納得いっていない?」
「理解は、してる」
ヤヤの言葉にヨシが告げる。
「あたし達は、助けたい人を全部助ける道を探し続ける。その思いだけは、捨てないで行こうよ」
ヤヤが微笑む。
「そうだね。アナコスさんの行動の方が正しい。でも、正しい事が全てじゃないもんね。とりあえず、あちきは、目の前の問題を解決してくるよ」
「頑張って!」
ヨシに送り出されてヤヤも出撃する。
魔族との攻防は、一進一退であった。
やはり、援軍の存在が大きく、戦いの行方は、まだ五里霧中の状態であったが、そんな霧を吹き飛ばす者が居た。
「邪魔だ、消えろ!」
ゴーターは、防壁をごと兵士達を吹き飛ばす。
「怯むな! 突撃を続けろ!」
ゴーターの指示に魔族達は、ゴーターが空けた穴を使って進軍を開始しようとした。
『ナーガ』
大地が捲れ上がり、穴を通り抜けようとしていた魔族を食らってそのまま穴を塞ぐ。
「現れたか、白牙に侵食されし者!」
ゴーターが防壁の上に立つヤヤを見て獰猛な笑みを浮かべる。
「あちきの名前は、白風較、ヤヤって呼ばれているよ」
ヤヤの言葉にゴーターが自らの拳を突きつけて宣言する。
「俺は、魔族のトップ、テンカウントが五、猛虎のゴーターだ! ヴァンドレスを倒したその力見せてもらおうか!」
一気に飛び掛るゴーター。
『ヘルコンドル!』
ヤヤが手のふりでカマイタチを放つ。
「この程度で止まるか!」
ゴーターは、体が傷つくことなどおかまいなく、そのままヤヤに爪を振り下ろす。
咄嗟に避けたヤヤだったが、その二の腕に血の線が生まれる。
「へー、あんたも接近戦タイプって訳だ」
次の瞬間、後ろに居た兵士達が一斉に青褪めた。
「いいぜ、その闘志! とことんやってやろうじゃないか!」
爪を揃えた両手で連続突きを放つゴーターに対して、ヤヤは、更に踏み込む。
『バハムートハンマー』
気を籠めた拳をハンマーの様に振り下ろす。
それは、尖った爪でなく、腕に命中して方向をずらす。
しかし、もう片方の爪がヤヤの左肩を捉える。
『トールアックス』
ヤヤは、その状態でも怯まず電撃を込めた肘を打ち放つ。
ゴーターは、その一撃を先にずらされた方の腕を盾にして受け止め、そのままその勢いを使っていったん距離をとる。
「接近戦でここまで燃えたのは、ひさしぶりだぜ!」
嬉しそうに叫ぶゴーターにヤヤは、左肩からの血を流しながら答える。
「いきがってないでね、今のをまともに食らって、その腕は、まともに動かないでしょうが」
ゴーターがあっさり肯定する。
「ああ、そうだ。だが、まだこっちの爪がある!」
残った方の腕の爪で更に攻撃を開始する。
『オーディーン』
ヤヤも手刀で切りかかる。
両者の爪と手刀がお互いの体を切り裂いていく。
その攻防は、周囲を血で染め上げていく。
「これでどうだ!」
ゴーターは、まだ痺れが残る腕を無理に動かして接近していたヤヤの胸倉を掴み、もう一方の爪で体の中心を狙う。
ヤヤの背中からゴーターの手が現れる。
『バジリスク』
ヤヤは、ゴーターの両肩を掴み、衝撃波を放った。
両者が離れる。
体に出来た大穴から血をあふれ出させながらヤヤが立ち続け、ゴーターは、体を震わせながらも高笑いを上げる。
「そうだ、これが戦いだ! ヴァンデストが滅ぼされたのも納得してやる。だが、俺は、負けねえ!」
闘気を高め、突っ込む。
ヤヤは、敢えて動かず、攻撃の直前で半身にして、攻撃の到達を僅かに遅くさせる。
『フェニックスタロン』
炎を燃え上がらせたヤヤの右手がゴーターの顔を抉ろうと迫る。
仰け反りながらもゴーターの爪は、止まらない。
両者の攻撃は、共にヒットする。
左腕を抉られながらもヤヤは、更に踏み込み、肘を打ち込む。
『トールアックス』
雷撃がゴーターの体を貫く。
焼かれた顔を押さえながらもゴーターは、倒れない。
「まだだ! まだ負けんぞ!」
ヤヤは、棒立ちになりながらも闘志は、失っていない。
大きな呼吸を数度繰り返した後、ヤヤが動いた。
「きやがれ!」
眼を見開いたゴーターだったが、ヤヤの姿が消えた。
「どこに行きやがった!」
叫び左右を見るゴーターの後ろにヤヤが立っていた。
『コカトリス』
ヤヤの撃ち込んだ右手から放たれた衝撃波に遂にゴーターが片膝をつく。
しかし、ヤヤも膝を折り、右手を地面につける。
震える体で両者が立ち上がろうとするが、中々動けないで居た。
「やってくれたな! 顔面を焼いたのは、次の攻撃で高速で動きを追いつけなくする為への伏線だったわけだ! だが、無茶をし過ぎたな! これで終わりだ!」
先に動いたゴーターが爪を振り下ろした。
『トールランス』
膝をついた状態のまま、蹴り上げたヤヤの蹴りが腹に決まった。
そのまま倒れるゴーター。
ヤヤも仰向けに倒れ言う。
「こっちも止めをさすだけの力は、残っていない。そっちは?」
ゴーターが大地を抉りながら立ち上がろうとしながら叫ぶ。
「俺は、まだやれるぞ!」
「あっそう、でもこの状況で止めは、一般兵で十分じゃない?」
ヤヤがそう呟く中、人間側の兵士が近づいてくる。
「そっちは、来ないね?」
ヤヤの問い掛けにゴーターが血を吐きながら応える。
「当たり前だ! 雑魚に俺の戦いの邪魔をさせるかよ!」
迫る一般兵の刃。
だが、その刃が振り下ろされた時、兵士達の上半身が切り落とされた。
「このタイミングで来た訳だ」
苦々しい顔でヤヤが新たに現れたメイド服の魔族を見る。
「センド! どうしてお前が此処に居る!」
ゴーターに睨まれるが、まったく気にせずセンドが告げる。
「主のお言葉です。今の状況でテンカウントを失う訳には、いかないとの事です」
そのままゴーターを担ぎ上げる。
「離せ、俺は、まだ……」
「主のお言葉が最優先です」
そのままセンドは、消えていく。
「瞬間移動、あれもテンカウントって事だね。連戦にならなかった事だけを喜んでおきますか」
ゼイゼイと息をしながら自分の傷を癒すヤヤであった。
「ゴーターが敗れたみたいよ」
魔城の廊下でセックが微笑むと追随するセーエロ。
「その様で、やはり、ゴーター様では、力があっても戦いに勝てる性格では、なかったと言うことでしょう」
「ヴァンデストを破った奴相手に正面から戦うなんて馬鹿な事をするんですものね。準備は、出来てるわね?」
セックの問い掛けにセーエロがにっこりと笑う。
「全ての準備は、整っています」
こうして新たな戦いは、既に始まっていた。